忍者に優しくしたら懐かれました。
大学の講義が終わって、時刻は午後の3時ちょっと過ぎ。コンビニで缶のお茶とおにぎりを買った帰り道。
私は彼と出会った。
「う、うぅ…っ」
「……………、」
もうすぐ家に着くぞ!さて、家に着いたら何をしようかな?と考えながら歩いていると、歩道の真ん中に誰かが倒れているのを発見。
うつ伏せで倒れているその人(男)は何処かで見たことあるような可笑しな格好をしていて、何やら苦しそうに唸っていた。
少し離れた位置で立ち止まって、私はしばらくその人を見てどうしようかと悩む。
うーむ。見なかった事にしてスルーしていくか、親切心を働かせて声を掛けるか。
「うぅ、…うぅ…っ」
「……………」
結論。
声を掛ける事にした。
見つけてしまったからには流石にスルーは出来ない。
何せ私は良い子に育ったから!
「…あ、あのー。大丈夫ですか?」
「!」
恐る恐る近付いて声を掛ける。
するとその人は、バッと光の速さくらいのスピードで此方を向き、私の顔を見た。
あらま、結構なイケメン。
ちょっと顔がやつれてるけど。
「え、えと…」
「………ぁ、」
いきなり此方を向かれて思わず吃驚する。声を掛けたはいいが、次に何て言えばいいのか。
うーん、と頭の中をフル回転させながら考える。と、今度は倒れていた人の方から声を掛けられた。
「……み、」
「み?」
「…み、水…、水は、持ってないか…?」
随分と小声で掠れてはいるが、聞き取れない事はない。
その言葉を聞いて首を傾げ、私は手に持っているおにぎりとお茶が入った鞄を見た。
「水はないけど、お茶なら…」
「構わない。早く…、早くそれを…っ」
手を伸ばして懇願してくる。
家に着いてから飲もうと思っていたお茶の為、人にあげるのは忍びないが、この場合は声を掛けてしまった手前仕方ないのかもしれない。
そう思って、私は鞄からお茶を取り出し、彼に差し出した。
すると彼は、私が手にしたお茶を見た瞬間目にも止まらぬ速さで私からお茶を奪い取って、グビグビと一気に流し込む。
ぷはっと口を離した頃にはお茶は全部なくなっていて、彼の手にしているそれはただの缶となった。
水をほんの数秒で飲む芸人さんをテレビで見たことあるけど、お茶を数秒で飲む人は初めて見た。
「かーっ!生き返ったー!危うく死ぬかと思った!」
「そ、それは良かった…」
一気に飲んだせいか、口端に水滴が付いている。それを服の袖で拭って、彼は軽快に立ち上がった。
立ち上がった瞬間、今度はグーと大きな音が聞こえる。その音を聞いて、彼は肩を落として眉を下げた。
「あー、そうだ。腹も減っていたのを忘れていた」
「……………」
喉が渇いていてお腹も空いていたのかこの人。典型的な行き倒れの人だった。
………ふむ。
「…あの、」
「?」
「もし良かったら、おにぎりもありますけど…」
「何!?いいのか!?」
凄い食い付き。
手に取って差し出すと、彼はお茶の時と同じくそれもあっという間に平らげてしまった。
うわー、一口で食べた。
口の中今凄い事になってそう。
「も、もごもごもご…!」
「…?。ごめん、何て?」
「ん、…んぐっ。…は。えと、ありがとな。おかげで助かった。アンタは命の恩人だ」
そう言って、彼は私の両手を握ってニッと笑顔を見せる。どういたしまして。と言って、私は眉を下げた。
命の恩人って大袈裟だな。
「そ、それじゃあ私はこれで」
「ぬ。何処へ行くんだ?」
「え?あぁ、と…。家に帰るんだけど…」
「家…、家か、そうか!なら俺が送って行こう!」
「は?」
腰に手を当てて、親指を自分の方に向けて彼は大声で言う。
よくわからない発言に"?"を浮かべて、私は眉をひそめた。
「…送ってく?」
「ああ。アンタの家って何処にあるんだ?ここから近いのか?」
「すぐそこ、だけど…」
「!、すぐそこ!?…なんだ。じゃあ送る必要はないのか。残念だ」
わかりやすく肩を落として眉を下げる。本当に残念そうだ。すぐそこじゃあなかったら送ってく気満々だったんだな…。
すぐそこで良かった。
「…えと、貴方の家は何処なの?」
「ん?」
「貴方の家だよ。あるんでしょ?」
「…………、俺の家」
聞くと、彼の表情が少しだけ強張る。あれ、聞いちゃいけなかったかな。
少しの間黙ったままの彼を見続ける。すると、彼は首を傾げて額に人差し指を置いた。
「…家はない、な。たぶん」
「え?」
「俺、つい一週間前に山から降りてきたんだ。師匠を捜しに」
「ん、……ん?」
彼の言葉を聞いて、再び眉をひそめる。
ちょっと待って。今おかしな事が。
"山から降りてきた" ?
「ちょっと待って。山からって何?」
「そのままの意味だ。俺、忍者だし。身を隠して暮らさないとだから必然的に居場所が山しかない」
「……………」
さも不思議な事はなく淡々と告げる。
ま、またわからない言葉が…。
忍者?忍者って、あの手裏剣とか投げて、刀とか持って戦う…?
…そういえば、彼の着ている服もなんとなく忍者っぽい。
「…もしかして、貴方…厨二と呼ばれてる方ですか?」
「は?ちゅう、…何だ?」
「あ、いや…。気にしないで」
うーん。どうやらこの人は"あっち系のイタい人"ではなさそうだ。…だとしたら彼は、本当に自分の事を忍者だと言っているのか。
………。
だとしても結構イタいんだけど…。
「うーん、…だが、とりあえずアンタは俺の恩人だ。すぐそこでも送らせてくれ。恩人は命を賭けてでも大切にしろって師匠に言われてるしな」
「命をって、…そんな、命を賭けるようなものじゃ」
「そんな事はない。アンタは今この瞬間、俺の大切な奴になった。大切な奴の役に立つ事なら俺はなんでもするぞ。命だって賭けられる」
「……………」
何の恥ずかしげもなく言ってのける彼を見て、なんだかこっちが恥ずかしくなってくる。
ただの親切心でやった事が、凄く大変な事態を招いてしまった。穴があったら入りたいくらいだ。
「…ん、…わかった。そこまで言うなら、送ってもらおうかな」
「!、いいのか?」
「う、うん…」
今までの会話から考えて、これは絶対に断れない雰囲気だし、それにもし断れたとしてもその後がちょっとめんどくさい展開になりそうだから。
そこまで思って、私は眉を下げて笑う。
そして彼は、私に家のある場所を聞いて先に歩き始めた。歩き方がちょっと独特なのは忍者だからか。
「…そういえば、貴方、家がないんだよね?私を送ったあとは、どうするの?」
「決めてはいない。…とりあえずは、何処か寝泊まり出来る場所を探そうかと思ってはいるが」
歩きながら質問すると、返ってきたのはそんな言葉。
まぁ、そうか。家がないって言っていたし、その選択肢しかないよね。
………んー。
「…なら、このまま私の家に泊まる?」
「ん?」
「い、一日だけなら大丈夫だし…これからどうするか考えるなら安心出来る場所で考えた方がいいでしょ?」
そう言って、私は彼に提案する。
またも親切心が働いてしまった。
良い子に育つってこれだからヤダよ。悪い子よりは全然マシだけども。
「別にそこまでしてくれなくても構わない。恩人に迷惑は掛けられないし…」
「迷惑なんて思ってないよ。目の前に困ってる人が居たら放っておけないんだ、私」
そのせいで、大学では一部の人たちに"聖女"なんて呼ばれてるし。
一度"聖女"の意味を調べてきて欲しい、と言いたい。
「…、アンタ、マジでいい奴だな」
「よく言われる。…それに私、一人暮らしだから、一人増えた所で問題はないよ。寧ろ一人増えて嬉しいくらい」
ホームシックではないが、最近は少しだけ一人は寂しいと思っていた。
だからこの提案は、私にとっても良いのかもしれない。一日だけでも誰かが一緒に居てくれるなら気持ちも紛れるだろう。
「どうかな?」
「………、アンタが構わないのなら、俺としては有難いが…」
「うん。じゃあ決まりね」
言いながら、口元を緩まして笑う。
それを見て彼は、一瞬だけ目を見開いて視線を逸らした。少しだけ顔が赤いのが見えるが気にしないでおこう。
「そういえば、貴方名前は?」
「名前?…そんなものはだいぶ前に捨てた。必要ないからな」
「え、」
それは困る。
うーん、これは家に帰ったら要相談だ。
そして、この出会いがきっかけとなり彼は現在私の夫です。
………なんて、漫画じゃあるまいしそんな事は有り得ないよね。
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