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ショートショート8月2回目

ウナギ嫌い

作者: たかさば

「今度土用の丑の日にウナギが出るんだ。俺はウナギが嫌いだでな、悪いけど弁当持たせてくれんか。」


デイサービスから帰った父が、何やらお願いごとをしてきた。

寡黙な父が私にお願いをするなんて……ずいぶん、珍しい。

聞いてあげたい気持ちはあるが、デイに食べ物の持ち込みは…基本禁止されているからなあ。


「うん?何、お父さんはウナギ嫌いなの。初めて聞いた。」


いつももくもくとご飯を食べていた父に、嫌いな食べ物があったとは。

母親は相当のメシマズなのに、文句ひとつ言わずに完食していた人だぞ……違和感がハンパないんですけど。


「子供の時から、いっぺんも口に入れたことがない。お前はウナギが嫌いだと言われ続けておったんだわ。」


父の実家は、ウナギの名産地からほど近い場所にあった。

たまに食卓にウナギが登場していても、おかしくは、ない。

だが、それを、一度も口にしたことがないとなると…普通は、マズくて吐き出したとか、こういう味が嫌だとか、そういう言葉が出てきそうなもんなんだけどな。

……ちょっと、ひっかかる。


「食べたことがないなら、食べたらおいしいと思うかもしれないじゃん。」

「嫌いになった原因はわからんが、食ったことがないでなあ……。」


お前はウナギが嫌いだと言われる程度には、言われたことを覚えている程度には、食卓にウナギが出たってことだよね?


「まあ、とりあえず食べてみれば?マズかったら残してもいいんだし。」

「そうかあ?俺は食べ物を残すのは嫌いだでなあ。」



……そんなやり取りがあったのが、先週の話だ。

本日丑の日、父がニコニコしながらデイサービスから帰ってきたぞ……。


「俺初めてウナギ食ったけど、あれは何だ、うまいなあ!二切れしかなかったんだけどさあ……」


どうやら、嫌いだと思っていたウナギは相当おいしかったらしい。

思いのほか食べ足りなかったようで、やけに饒舌にウナギのおいしさを語っているじゃありませんか。


「なに、本当に嫌いだったのかな、ウナギ。実は食べさせてもらえなかったパターンじゃないの。誰かの好物でさ、横取りされてたみたいな。」


父親は五人兄弟だった。

うどん屋を営んでいた父の実家は、食べる事には困らなかったが、高級食材にはなかなかお目にかかれなかったと聞いた事がある。

肉なんか就職して初めて食べたとか言ってたな……。


「……兄貴がウナギが好きでさ、いつも食べてもらってたんだわ。あれは今にして思うと、取られとったのかなあ!そういえば弟も妹もウナギは食べなかった、ううむ……。」


父は三男坊だったから、長男に取り上げられていた可能性は、ある。

貧しい時代だ、おなかいっぱいおいしいものを食べたいと願う子供の、悪知恵のようなものが働いていたのかもしれない。

そういえば、幼い頃見かけたおじは…細くてひょろひょろしている父親とはまるで似ておらず、ずいぶんふくよかな体形だった。


……。


そういえば、自分も、長らく好き嫌いが多かった時代が、あったのだなあ。


子供の頃は、エビが嫌いだったんだよね。


婆さんがいっつも、あんたはエビが嫌いだからわしが食べてやるって言ってさあ。


友達の結婚式で出たエビの塩焼きを食べて、おいしくてびっくりしたんだよなあ……。

食卓に上るエビは、ぜんぶ婆さんが食べてたんだよなあ……。

数の子もふぐ刺しもぜんぶ婆さんが食べてたなあ……。


食欲とは、本当にこう、意地汚いというか、みっともないというか、さもしいなあ……。


「またウナギ食いたいなあ。来年が楽しみだわ!」


人の分のウナギまで食らいつくす人が存在した一方で、来年までウナギを欲しがろうとしない人がいる。


「ちょ、そんなまたなくても、欲しいなら買ってくるけど!!!」

「そおかい?」


目を輝かせて……、素晴らしい笑顔を披露している!


こんな表情、はじめて見ましたけど!?

……めっちゃレアじゃん!


ニコニコ笑っている父の顔を見た私は、自分のへそくりを出して……、ちょっと良いウナギを買いに行く事を、決めたのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 考えることは皆同じだったんですね。エビにウナギ……どちらも好きなので、独り占めしたくなる気持ち、分かります。 ウナギがまた食べられると聞いてテンションが上がってしまったお父さん、かわいい…
[一言] ハーゲンダッツとか果物が好きなのですが、食べようとすると取られることを危惧した父が「その果物は不味かったよ」などと言ってくるので結構よくあることなのかもしれないなと思いました笑
[一言] これは……。 嫌いだと思い込まされていたパターンですね。 うなぎ嫌い。メロン嫌い。イクラ嫌い……。色々、身に覚えがあります。
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