第9話
この日本語は、誰の声なのか?
清四郎は、記憶の底までも探すが、該当する者はなく、全く分からなかった。
捕虜になった日本兵が拷問に耐えかねて、戦っている日本兵に投降を呼びかけているのだろうか?
「生き恥を晒すくらいなら、自決したほうが増しだ」
しかし、銃は転んだ時に落としてしまったので、自分自身を撃ち抜く事はできない。
清四郎は、懐にある短刀を確認する。自宅を出る時に、もしもの場合を考えて母親から渡された短刀。刃の短い短刀に、相手を殺すほどの殺傷力はない。首の急所を斬って自決するためだけの短刀である。
頑なに旧日本軍の教えを守る清四郎に、謎の声は今も語り続けていた。
『清四郎。多分、君は、鍾乳洞に隠れているはずだ。外はもうアメリカ兵でいっぱいだ。今、外に出れば、確実に火炎放射器で焼き殺されるであろう。今はまだ見つからない。まだその時ではない。だから、安心して眠るがいい。おやすみ。清四郎。また明日にでも。我が友人よ』
短いハウリングのあと、言葉は急に英語に変った。また、日本軍の劣勢の会話になっている。
清四郎は、耳につけていた無線機を耳から外して、じっと見た。スイッチをオフにする。
「なぜ僕が鍾乳洞に隠れている事を知っているんだ。どうしてアメリカ兵が外にいる事まで知っているんだ。今の声は誰なんだ?」
清四郎を友人と呼ぶ声は、まるで未来を知っているかのような口調だった。
外でアメリカ兵が行き来しているのは、先ほどアメリカ兵から逃げてきた清四郎でも想像がつく。しかし、声の主はそれを見ていないはず。少なくとも清四郎の周りには、二人のアメリカ兵のほかは誰もいなかったはず。
「まさかご先祖様?」
父方の? 母方の? 死期の近い清四郎のために出てきて下さったのか?
考え悩む清四郎と共に、夜はどっぷりと更けていく。
もう銃声は聞こえない。虫の声が聞こえるだけ。
清四郎は瞳を閉じた。秋になると日本でも聞こえる虫の声。
「きっと日本は、今、秋なんだろうな」
無線機を持っていた手がゆっくりと落ちて腿の上に載った。清四郎の口が徐々に開いていく。
清四郎はいつの間にか眠っていた。十人以上も白兵戦でアメリカ兵を殺した清四郎の十五歳の体は消耗しきっていたのだ。
もう水も食料も無い。ただひたすらに眠るだけ。
明日はどうなるのか?
今の清四郎は、もう二度と感じる事はないかもしれない安らぎの中で眠り続けるのであった。
焼け死んだ日本兵の死体たちと共に。