第8話
夜という事もあって洞窟内は真っ暗だ。象牙色の美しい鍾乳石も今は見えない。
清四郎は、まだ落ち着かない息を整えながら地面に座り込んだ。当然、日本兵の焼かれた死体に囲まれている。座ってすぐにひんやりした感触が尻に伝わる。地面は、鍾乳石から滴り落ちる水で濡れているが、今の清四郎は全く気にせず、無線機のスイッチを入れるとスピーカーに耳をつけた。
聞こえてくる声が小さい。
ここまで電波が届かないのかと思った清四郎は、出口近くまで移動して、またスピーカーに耳をつけた。
今度はちゃんと聞こえてくる。悲しい日本軍の劣勢の事実が。
清四郎は、分かる英単語を拾いながら、刻々と知らされる情報に、静かに涙を流した。
だが、突然内容が一変する。
聞こえていた英語が、なんの前触れも無く日本語に変ったのだ。
『聞こえるか? 死んではいけない。生き延びるんだ。村上清四郎!』
「え!」
清四郎は自分の耳を疑った。
聞こえたのは男性の声だった。しかも訛りのない綺麗な発音の日本語。一瞬父親かと思ったが、父親の声は、どちらかというと高い。
アメリカ軍の人間が、日本語を真似して言っているのだろうか。では、なぜ清四郎の名前を知っているのか?
「なぜ僕の名前を知っているんだ!?」
無線機で返事をするべきか。しかし、相手がアメリカ軍の人間だとしたら、清四郎の生存が相手に分かってしまう。それに銃刀でアメリカ兵を殺し回っている日本兵が誰なのか探しているかもしれない。
疑心暗鬼になっている清四郎に、また無線機から声が届く。
『清四郎。我が友人よ。私を信じて欲しい。君はいずれ逃げ場を失い、アメリカ兵に囲まれる。だが、どんな事があっても、死を選んではいけない』
清四郎は、また聞こえてきた声に耳を傾ける。
中年男性のとても落ち着いた口調。訛りのない標準語。聞き取りやすい発音。訓練されたアナウンサーのように、一言一句丁寧に話している。