第6話
辺りは静まり返っている。銃声も聞こえない。
清四郎は、満腹感を感じて焼身した仲間のそばで仮眠をとろうとした時に、微かだが人の声を聞いた。
「アンガウル島、ほぼ制圧。生き残りの日本兵の捜索を開始せよ」
言葉は英語だったが、華族の血を引く清四郎は多少の英語も分かるように育てられている。
「なんだって!」
清四郎は声がした方に走った。
声はまだ聞こえる。
「この調子でいけば、ペリリュー島も、直に制圧できる模様」
ペリリュー島は、水戸の精鋭である歩兵第二連隊が防衛にあたっている島だ。
「日本は、負けているのか?」
清四郎は、声がした所に駆け寄った。
声は、先ほど倒したアメリカ兵が所持していた無線機から聞こえたものだった。
清四郎は無線機を拾い、ほかのアメリカ兵に見つからないようにボリュームを下げてから、スピーカーの部分を耳につけた。
清四郎の耳に入ってきたのは、日本軍劣勢の事実だった。
「そんな……。四月に、大和が撃沈されていたなんて……」
四月は、清四郎たちの兵士がアンガウル島に配備された月。清四郎たちは四月末近くにアンガウル島に来たが、戦艦大和は四月七日に撃沈されていた。
旧日本軍は、最後の最後まで日本国民に戦いの劣勢の事実を知らせる事はしなかった。
そのため、当時の日本敗退のニュースに驚き涙した日本人は多い。
清四郎も驚いた一人で、戦艦大和が撃沈された事実は、先ほどまで果敢に戦っていた清四郎を地面に崩れ落とすほどの威力があった。
「日本が負けるなんて……。今まで僕は、なんのために戦ってきたんだ」
ゲシュタルト崩壊。
清四郎が疑う事なく信じてきた偉大なる大日本帝国の虚像が崩れた瞬間であった。最初の一人を殺した時から枯れてしまっていた涙が頬を伝う。
「日本が負ける。負けてしまう」
地面に平伏す。今の清四郎に、声を押し殺して辺りを警戒する冷静さはなかった。
何人ものアメリカ兵とやり合った村上水軍の血を引く勇敢な剣士は、親離れして間もない少年に戻ってしまっていた。
泣きじゃくる清四郎の目の前にブーツが映った。日本軍が配給した軍靴ではない。はっと気付いて清四郎が見上げると、清四郎が予想したとおり、アメリカ兵が立っていた。人数は二人。泣いている清四郎を無表情で見下ろしている。
向って右のアメリカ兵は中年の男性だった。左のアメリカ兵はまだ若く噛んでいるガムを小さく膨らましては割るという行動を繰り返していた。