第2話
後藤少佐は、一目できるほどに減ってしまった自分の大隊を、右から順に一人一人見た。
日本軍からの補給物資が途絶えて数ヶ月。兵士の顔は頬骨が浮き始めている。既に体調を崩して死んだ兵士もいる。生き残っている百三十名の兵士では、次の戦いが最後になるだろう。
後藤少佐は、陽が西に傾いている空を見上げた。日本の夏空にもある入道雲が見える。自分が生まれ育った土地を懐かしみ、同時に感じる切なさと悔しさで、目蓋を熱くしながら、だけど目下の兵士には気取られないように、ピンと張った声をあげた。
「全員気付いていると思うが、次の戦いが最後になる。我々は命を懸けて、次に戦う日本軍ために、できるだけ多くの敵を倒しておかなければならない。十九日の今夜、我々は総攻撃を敢行する。必ず「一人一殺」を貫け。時刻は追って知らせる。それまで、各自、心残りの無いように、過ごせ。以上だ!」
清四郎を含めた約百三十人の兵士は、後藤少佐に敬礼をしたあとに解散した。
解散といっても、アメリカ軍に囲まれている今、自由に行動できる範囲は限られている。栄養失調で体がだるい者は横になって眠り、銃器の整備を行う者もいたり、気の合う者と故郷の話に花を咲かせている者もいる。
清四郎はというと、日本がある北東に向って両手を合わせていた。
「天国のお父さん。今夜、僕は、天皇様のために、一人でも多くのアメリカ兵士を倒し、日本男子として恥ずかしくないように、名誉ある死を遂げたいと思います。どうかお力をお貸し下さい。故郷のお母さん。兄。姉。弟。妹。お婆ちゃん。兵隊になった僕の友人たち。スルメが大好きなタマ。僕の分まで長生きして下さい」
長い祈りを終え、清四郎は瞳を開けた。日本を出国する前日に母親に刈ってもらった頭髪は、前髪ができるほど伸びて、アンガウル島に吹く風で揺れている。まつ毛が長い凛とした表情は、日に焼けて浅黒くなっていても育ちのよさをうかがわせ、祈りを終えて立ち上がる行動も高貴な雰囲気を漂わせていた。
村上清四郎の村上の姓は、母親の姓である。
母親の先祖は、戦国時代に活躍した村上水軍の一人。母親は知人の紹介で見合いをして栃木県の華族に嫁入りしたが、習慣の違いから姑と意見が合わず、逃げ腰の気の弱い夫にも嫌気が差して、清四郎が十歳の時に離婚していた。
清四郎は母親の籍に入れられたため、現在の村上の姓をなのるようになったのである。