第13話
この声だ! と思った清四郎は、必死になって無線機に向って叫んだ。
「誰だ? なぜアメリカ軍の味方をする?」
「アメリカの味方をしているのではない。未来を変えないために、君と話しているんだ」
「未来を変えないため!? 何を言っているんだ」
驚き戸惑う清四郎の叫び声に対して、中年男性の声は今も落ち着いていて静かに清四郎に告げた。
「清四郎。君は生き延びて、アメリカ軍に加わり、捕虜になった日本兵の命を、一人でも多く助けなければならない。日本兵を自決させてはいけない」
「僕がアメリカ軍に。僕は誇り高き日本男児だ。何があってもアメリカ軍に加わったりはしない。お前はアメリカ兵だろ。騙されるものか!」
清四郎の叫びのあとに、突然無線機から別の声がした。
「お願い。生きて。死んだらダメなんだって!」
「今度は誰なんだ? お前もアメリカ兵なのか?」
逃げながら混乱する清四郎。
なぜ無線機から別の声がするのか?
「いかん。過去と未来の時波のバランスが悪い。君と話せる時間がもうないようだ。いいか。未来のために必ず守ってくれ。君は自決してはいけない。投降するんだ。アメリカ軍に加わり、捕虜になった日本兵を助け、一人でも多くの日本兵を祖国日本へ帰すんだ。必ず実行してくれ。村上二等兵。これは一人でも多くの日本人を助けるための極秘任務である。命令だ!」
この言葉を最後に、無線機から聞こえる言葉は英語に変った。
清四郎は、走っていた足を止めた。無線機を見ながらゆっくりと歩く。
「僕は、騙されているのか。それとも、本当に極秘任務なのか」
困惑して銃と無線機を持って歩く清四郎を、追いついたアメリカ兵が取り囲んだ。アメリカ兵たちは清四郎に銃口を向けた。
張り詰めた空気。しんと静まり返る闇夜。動かなくなった清四郎とアメリカ兵。
アメリカ兵たちを目の前にした清四郎に殺気が漲る。
山猫部隊と呼ばれるアメリカ兵たちが清四郎の殺気に気付かない訳がない。
清四郎の脳に、後藤少佐の「一人一殺」の声が響く。こっそりと干し米を食べさせてくれた佐山軍曹の痩せてツクシのようになってしまった姿も思い出す。両足を失った留吉の寝顔も。
清四郎は銃を持ち上げた。
「ダメ! 生きて!!」
また無線機から日本語の声が響いた。それはたまに聞こえてくる別の声。
もう一人の声は誰なのか?
清四郎は、持ち上げた銃を地面に投げた。無線機も地面に投げた。
アメリカ兵は、無防備になった清四郎を取り押さえた。容赦なく清四郎の腕を掴むアメリカ兵。
清四郎の右胸に激痛が走り、清四郎は表情を歪めて呻いたが、瞳はずっと無線機を見ていた。そして泣きながら叫んだ。
「日本は負けるのか? どうあっても、勝てないのか?」
英語しか聞こえなくなった地面の上の無線機を睨みつけながら。