第12話
アメリカ軍の医療テントは、夜中になっても静かにはならない。
重傷で昏睡状態の負傷兵は、呻いたり叫んだりして、時には口や鼻の穴から異臭のする吐寫物を垂れ流している。
見張りのアメリカ兵はテントの中や外を歩き回り、装備は金属音をたてていて、眼を閉じていても居場所が分かるくらいにうるさい。
ベッドに横になっていた清四郎は眼を開けた。寝起きの眠そうな表情はなく、瞳が血を欲しがる野性の猛獣のように辺りを見回している。
隣のベッドの留吉は、静かな寝息をたてている。
清四郎は、留吉に無言で別れを告げると、寝返りを打って、そのままベッドから落ちるようにして、足から地面に着地した。同時に、撃たれて骨にヒビが入っている右胸に激痛が走る。息を飲んで痛みに耐える清四郎。ゆっくりと息を吐いて、体を痛みに慣らしてから、清四郎は第一匍匐前進で静かにベッドの間を移動した。
テントのシートに見張りのアメリカ兵の影が映る。
まだ気付かれてはいない。
清四郎は、見張りの兵の間をぬって、たどり着いたテントのシートを捲って外に出た。しゃがんだまま見上げれば先ほどの影の主であるアメリカ兵の背中が見える。
勝てる。そう思った清四郎は、静かに近づいてアメリカ兵を後ろから襲った。体格は十五歳の清四郎の方が明らかに小柄だったが、柔術を使いあっさりと大柄なアメリカ兵を倒した。
銃を奪った清四郎を見て、アメリカ兵は地面に横たわって声をあげながら命乞いをしている。アメリカ兵はまだ若く、戦いの訓練を受けていないのかと思うほど情けない姿を晒していた。
清四郎は銃口をアメリカ兵に向けた。
このアメリカ兵は何人の日本兵を殺してきたのか。
思えば思うほど怒りが込み上げてきて、清四郎は鬼の表情でアメリカ兵を睨んだ。
その時、アメリカ兵が装備していた無線機から声がした。
「いけない。清四郎。君が、しなければならない事は、人殺しじゃない!」
洞窟で聞いた中年男性の声。
「誰だ? 日本人なのか? なぜアメリカの味方をする?」
条件反射で声を出した清四郎だったが、通話ボタンを押さないと会話できない事に気付いて、清四郎は銃を構えたままアメリカ兵に近づき、アメリカ兵の腰にあった無線機を毟り取った。
同時に周りから英語が聞こえる。
ほかのアメリカ兵が異常に気付いて集まってきたのだ。
清四郎は、アメリカ兵から奪った銃と無線機を持って逃げ出した。走りながら無線機の通話ボタンを押す。
「こちらは、第十四師団配下宇都宮歩兵第五十九、村上二等兵であります。誰でもいい。応答して下さい」
「という事は、今は、アメリカ兵から奪った銃と無線機を持って、逃げてる途中だな」
中年男性の声で返事が返ってきた。