第11話
清四郎は気が付いた。同時に聞こえる日本語と英語。違和感を感じて眼を開けた。
そこは、アンガウル島のアメリカ軍の医療テントだった。
清四郎の周りには負傷して運ばれた日本兵がいて、元気な者や意識がなくて呻いている者がいる。
ベッドに横たわる兵士の痛々しい姿は、激戦だった事を物語っているが、何回も戦いを経験してきた清四郎にとっては、もう嘆き悲しみを感じない見慣れた光景だった。
離れた先では、負傷したアメリカ兵がいて、手当てのために救護のアメリカ兵が行き来していた。
清四郎は体を起こした。胸に痛みを感じる。痛みは右乳の上辺りからだった。包帯で巻かれているため痛い場所がどうなっているかは見えないので分からない。
清四郎が痛みに堪えながらゆっくりと起き上がると、隣にいた日本兵が声を掛けてきた。
「あんたは運がいい。撃たれはしたが、弾があたったのが装備の金具の上だったとかで、胸の骨にヒビが入った程度ですんだそうだ」
そう言った隣の日本兵はベッドに横になっていて、両足は膝から下が無かった。爆撃を受けたか地雷を踏んだかで両足を失ったのだろう。足に巻かれた包帯は血が滲み赤く染まっていて、数匹のハエが包帯の血を舐めたがってたかっている。
清四郎はベッドから足を下ろした。右手を動かすと右胸に痛みが走る。かなりの激痛だが動けない事はない。清四郎は地面に足をつけて立ち上がった。ゆっくりと視線を動かして周囲を確認する。
医療テントの周りには、銃を持ったアメリカ兵がいて、負傷した日本兵を見張っていた。
清四郎は静かに歩いてベッドから離れた。
すぐにアメリカ兵がやってくる。清四郎に銃を突きつけて、ベッドへ誘導する。
清四郎は誘導にしたがって歩きながらアメリカ兵の装備を確認した。
アメリカ兵は、銃も手榴弾も短剣も持っている。
村上水軍の兵法に、敵の船に乗り込んだ場合、敵の装備を奪い敵の装備で戦う戦法がある。
胸の痛みはどうって事はない。今から戦うべきか?
清四郎の体に力が入るものの、空腹と今の体力、周りにいるアメリカ兵の人数を考えて、不利な戦いになると判断した清四郎は、大人しく自分のベッドへ戻った。
先ほどの両足の無い日本兵が優しく迎える。
「戦うつもりだったのか? 無駄だ。何人かの日本兵はここで戦ったが、誰も殺せずに撃たれたり自決したりして死んでいったよ」
清四郎はベッドに腰掛けた。
「僕は、村上清四郎。二等兵です。あなたは?」
「僕は、吉村留吉。通信兵です」
留吉は二十歳くらいの青年だった。左目の下には、戦いで負傷して横一文字に五針縫って治療した古い傷痕がある。
留吉は、笑顔になって続けて言った。
「少ないけど、食事もでます。何もしなければ、最低限の治療もしてくれる。大人しくしていた方が身のためですよ」
清四郎は、返事をしなかった。首を縦にも横にも振らずにいる。じっと留吉を見据え、静かな口調で聞いた。
「日本が負けてもいいんですか?」
留吉は急に顔色を変えた。
「その話はしないでくれ。見つかって君に協力したと思われたら、どんな酷い目にあうか」
うろたえる留吉を見て清四郎はゆっくりと溜め息を吐いた。無言で体の向きを変えて、ベッドに横になった。寝返りを打って留吉に背を向けた。「日本の恥。情けない」清四郎は留吉に対して思った。
食事は朝昼晩と三回出た。パン一切れと水のみだったが、今の清四郎にとっては充分な量だった。
アメリカ兵の会話によると、アンガウル島は既にアメリカ軍が占領したようだ。清四郎が医療テントに来て二日経った今も負傷した日本兵が運ばれてくる。
彼らの情報によると、生き残ってまだ戦い続けている日本兵がいるらしい。
清四郎は、決心をした。今夜、ここから脱出し、生き残っている日本兵と合流して、また戦おう。と。