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第10話

 清四郎は、頬を軽く突かれて眼を覚ました。

 陽は既に昇っていて、鍾乳洞の中にまで光が入り込んでいる。

 目の前にいたのは、昨夜追いかけてきた二人のアメリカ兵だった。 

 アメリカ兵の後ろには、暗闇では見えなかった象牙色の鍾乳石が、天井からは垂れ下がり、地面では石柱として見えている。その石柱の鍾乳石を隠し囲むように焼死した日本兵が散乱し、赤く見える人肉にはウジが湧いていて互いの体を擦り合わせながら蠢いている。清四郎が逃げ込んだ洞窟は、身の毛もよだつ地獄絵巻の背景が広がっていた。

 中年のアメリカ兵が白い歯を見せて英語で言った。

「ボーイの足跡は、大人より小さいから、とても分かりやすかったぞ」

 現在の硬いアスファルトではない土の地面は足跡が残る。

 二人のアメリカ兵は冷静に判断をして、夜に清四郎を追うのをやめ、夜が明けるまで休息してから、地面にある清四郎の足跡を見ながら追って来たのだ。

 清四郎は後悔した。無線機で聞いた日本劣勢の事で頭がいっぱいで、足跡を消しながら移動するのを忘れていた事を。何のために先輩兵士から学んだのか。

「くっ」

 清四郎は悔しさで奥歯を噛み締めた。奥歯がギリギリと鳴る。

「生き恥を晒すつもりはない!」

 そう叫んでから、清四郎は胸の装備を触った。胸には手榴弾が二つある。両手に持って同時に使えば、目の前にいる二人のアメリカ兵を道連れにして自決する事ができる。

 しかし、清四郎の胸に手榴弾は無かった。

 二人のアメリカ兵は、清四郎が眠っている間に、清四郎の装備を取り去っていたのだ。無線機も無い。

「はっ。手榴弾が無い。そんな……」

「カミカゼ。サムライ。死ンデハ、イケナイ」

 若いアメリカ兵の片言の日本語。

 しかし、今の清四郎に、笑顔で話すアメリカ兵の思いは通じなかった。

 内ポケットに母親から渡された短刀がある。アメリカ兵は短刀には気付かなかったようで、清四郎が軍服の奥に手を入れると、体温で生暖かくなった短刀が指先に触れた。

 清四郎は、素早く短刀を取り出し、鞘を抜いて刃を首に当てた。

「日本万歳!」

「ノォォーー!」

 清四郎の叫びと同時に聞こえる二人のアメリカ兵の叫び声。

 そして、次に響いた銃声。

 清四郎は、目を見開いた。胸を押された感触。そのあとの激痛。清四郎は、短刀を落として胸を押さえた。目眩で立っていられず、地面に両膝をつけた。

 清四郎は、撃たれたのだ。

 撃ったのは若いアメリカ兵だった。

 中年の兵士が止めようとしたようで、若い兵士の前に手を出した状態で立っていた。

「なぜ撃った?」

 低く呟くように聞いた中年の兵士に対して、若い兵士は震えながら答えた。

「攻撃してくるかと思って……」

 若い兵士が人を撃ったのは初めてのようだ。 

 強く言う中年の兵士。

「ボーイ。しっかりしろ!」

「死んじゃダメ! 生きて!」

 アメリカ兵が持っていた無線機から、日本語が聞こえた。それは昨夜聞いた声とは違う声だった。

 その声を聞いたあと、清四郎は意識を失った。

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