第1話
この物語は、実話を基にして作られたフィクションであり、実在する人物・地名・団体とは一切関係ありません。
韜晦
1 自分の本心や才能・地位などをつつみ隠すこと。
2 身を隠すこと。姿をくらますこと。
アンガウル島。
パラオ環礁の外にあり、激しい波が打ち寄せる。一見すると近寄りがたい島である。
平成の現在の人口は約百五十人。現在も人口は減少しつつある。
島民の足となっている不定期で出向する船か、民間の小型飛行機をチャーターするしかないアンガウル島は、世界から切り離された楽園と思うほどの青緑色の海が広がり、起伏の無い平坦な陸地は足に優しく、富豪が隠れるには絶好のバカンスの地となっている。
ただ残念な事は、アンガウル島は日本にとって、とても関係が深い島でありながら、多くの日本人が知らない島だという事だ。
第十四師団配下宇都宮歩兵第五十九連隊。
明治に編成されたこの連隊は、戦争になると出動し、いくつもの成果をあげてきた。明治時代からこの連隊は常に栄誉に包まれ、五十九連隊に入隊した兵士の誇りでもあった。
第二次世界大戦のあの時までは。
時は、一九四四年。
日本領土であるアンガウル島の防衛のため、歩兵第五十九連隊第一大隊が派遣された。
最初は日本軍有利と思われた戦争も次第に劣勢になり、日本の領土になっていた島はアメリカ軍に占領されていき、当然日本からの物資の補給が来なくなり、餓死者が出る中で、ついにアンガウル島も九月にアメリカ軍の知る人ぞ知る山猫部隊と呼ばれる八十一歩兵師団が上陸し、想像を絶する激戦が繰り広げられていた。
同年十月。
歩兵第五十九連隊第一大隊をまとめていた後藤少佐は、日本の領土となっているアンガウル島を死守する意志を兵士たちに伝え、
「一人一殺」
日本人が得意とする銃についている刀で相手を刺し殺すといった白兵戦の指示を出した。
村上清四郎。十五歳。今年の十月末に十六歳になる彼は、肩の縫い目が下がり気味の大きいサイズの軍服を着て連隊の列に並んでいた。今年入隊したばかりの彼は、幼い事もあって階級は二等兵。
最初、千三百人以上いた大隊の兵士は、上陸したアメリカ軍との戦いにより激減し、現在は約百三十人。
先月の九月から戦い続けている日本兵士は、島の至る所にある鍾乳洞に潜んで待ち伏せして幾度もアメリカ兵士を銃刀で刺し殺し、清四郎の軍服もアメリカ兵士の返り血で赤黒く変色していた。