第八話 アーシャ、イカ釣り漁の手伝いをする(2)
イカ釣りも無事に済みそうだ。おいらは皆が浮かれている時、なんだか不意に波の動きが変わったように感じられた。
「なあ、なんだかおかしいっぺよ」
「あ?」
おいらの言葉を聞いて、周囲のおいらよりはるかに海に詳しい人達が、波を見るように暗闇に目を凝らす。
「こいつは、そろそろこのあたりに来るってわけか、おいお前ら、王子様の船が通るぞ! 錨をあげろ、進路を譲れ!」
どうやらおいらが感じ取ったのは、このあたりに漁船よりずっと大きな船が来るため起きた、波だったようだ。
それにすぐに気が付いた漁師さんたちが、手際よく動き出す。
「アーシャ、このあたりまで王子様の船が来たって事は、このあたりから花火が上がるぞ、楽しみにしてろよ」
「そうなんだっぺか? へえ……」
おいらも片付けの手伝いをし、船から転がり落ちない場所に座る。
船をこぐ際においらは邪魔だ。何でも馬鹿力がひどすぎて、他の舟をこぐ人たちと合せられないから、一歩間違えれば転覆させてしまうらしい。
だから力任せな事が必要な事とか、周りの迷惑にならない仕事は進んで行うのだ。
「さあいよいよだ!」
王子様の船が十分通れるところまで、下がった様子だ。漁師のおじさんが指さす方角から、本当にきらきらと輝く明かりに包まれた、漁船とは二回りも違いそうな船が、しずしずと現れたのだ。
「大きい……」
「そりゃあ王子様の船だからな! 大きいものさ!」
「ただ小回りが利かないから、細かい動きは苦手だな」
「それにしても甲板がものすごい明かりだっぺ……」
おいらはそこそこの距離があるのに、煌々と輝いて見える甲板に目がちかちかしそうだった。
こんな明るい船見たことないっぺ……
「あそこでは港の皆が作った美味しいご馳走が、一杯並んでるんだっぺな……」
ご馳走は食べたいけれども、おいらはあの船に乗るための許可とかはないからあきらめるしかない。
海風に乗ってなんだか楽しそうな音楽まで聞こえて来る。
「音楽が聞こえてくっけど、あれ楽器船に持ち込んでるんだっぺか?」
「持ち込んでるな。何でも国一番の楽団を手配したとか」
「へえ……」
楽団の楽器って、海風に強いんだろうか。
故郷では、海風によって調子を悪くする楽器もあったから、そんな事が気になった。
「とりあえず、あの船が通り過ぎるまでここに待機だ」
「おー」
船長がそう告げて、おいらたちはその船が通り過ぎるのを待とうとした。
その時だった。
甲板の方から、誰かが縁に近付いてきて、そして。
いきなりの強い海風に、王子様の大きな船が傾いた時、弾みがついたのか何なのか、ぽんっと、落ちてしまったのだ。
「おい、落ちたぞ!!」
その誰かが落ちた事はすぐに分かったらしい。甲板は大騒ぎになり、おいらはその誰かが落ちたと同時に漁船の端から、その人に一番近い場所まで走りぬけ、海に飛び込んだ。
「アーシャ、無茶だ、この暗闇だ!」
船長たちが叫ぶのも何のその、おいらは海流にあわせて体を進めていき、沈んでいく誰かの体を目を凝らして探した。
海の水で目が痛い。でも不思議とその誰かの姿はくっきりと映る。
これもなんだかわからないけれども、その誰かの姿はぼんやりと赤色に輝いている気がした。
おいらはその体を掴む。
ひらひらした服の飾りとか、貴金属が死ぬほど重い。
くっそ、こんなびらびらつけてるから落ちても上がれないんだっぺよ!!
しかし何とか脇を抱え、一気に水面まで海の流れに合わせて、その誰かを引き上げた。
「アーシャ、こいつやりやがった!」
「なんていう豪運だ!」
おいらが飛び込んだのを見るや否や、皆一斉に漁船を近寄せてくれたから、おいらは漁船にその誰かの体を放り込み、自分は縁に手をかけてぐいっと体を持ち上げた。
「ったく! こんなひらひらびらびらした飾り布が多けりゃ、そりゃあ沈んで上がれないに決まってんだろうが! ああ重かった!」
おいらはそう言いつつ、その誰かをひっくり返して、胸を押して水をはかせている漁師さんを見た。
「大丈夫そうだっぺ?」
「ああ、アーシャが死に物狂いですぐに引き上げてくれたから、大事には至らないだろう」
「よかったっぺ」
おいらが頷くと、同時に、その誰かは水を吐き出しせき込み、そのまま気を失ってしまった。
「このあたりか!」
「漁船があるぞ!」
「おおい!! そちらで人を救助しなかったかー!」
王子様の船から、小型の船が出て来て、灯りを片手に数隻が、こちらに近寄ってきた。
「おおい! 一人救助したぞ! これで全部か!」
船長が明かりの信号を使ってその船たちに問いかける。
「そうだ! ああ、ご無事で何より!」
「水は吐かせた、呼吸はある!」
それを聞いて、その小型の船の人たちはほっとした様子でこちらに近付いてきた。
「俺たちは専門じゃねえから、あとは船のお医者様がやってくれるだろう」
近付いてきた彼らは、お礼も急ぎ足で、彼を担架に乗せて自分たちの船に乗せ、頭を下げながら、あの王子様の船に戻って行った。
「あいつら、アーシャにちゃんとお礼を言わずに帰っちまった」
「まあまあ。おいらはお礼欲しさにやったわけじゃないから、気にすんな」
「アーシャがいいならいいんだが……失礼だろう! この暗闇で人を人が探すのは難儀なんだぞ」
「んなこと知ってるっぺ」
おいらは海に落ちた人を見た時に、とっさに体が動いてしまっただけなのだ。
無茶だったけれど、出来ると思ったからやったわけで、色々言われても困る。
「……ありゃ、あの船の人、落とし物していったっぺ」
おいらは一つの繊細な首飾りを拾い上げた。どう見ても貴金属。
この船の誰も持っていない物に違いない、高価そうな物だ。
「これおいらが預かっとくから、何か言われたらおいらにつなげてほしい」
「わかった」
助けたのはおいらなのだから、おいらが持っているのが一番わかりやすいし、漁船の人たちだと子供たちが悪戯しそうだ、なんて思ったのは、口に避けても言わなかった。事実だけど。