第七話 アーシャ、イカ釣り漁の手伝いをする (1)
そしてやってきた三日目、おいらは朝も早くから近くの山に、薬草を摘みに入っていた。
先生が今日はお休みだというけれども、おいらは知っている。頼まれていた薬草の量の半分しか、まだ摘めて居なことを。
なんでも屋の仕事は信頼が大事なので、おいらは先生に、知っているもの以外絶対に摘んではいけないと約束させられ、山に入っていた。
山の中のすがすがしい空気は、いつ入っても心が穏やかになる。
おいらは崖っぷちにしか生えない、貴重な薬草を摘むため、その辺の根っこがしっかりした太い木に縄を括り付けて、自分とつなぎ、慎重に降りて行く。
この薬草を摘みに来たと言っても過言ではないものだ。
それ位この薬草は大事な品物である。
朝一番に、崖を見たら咲いていたから、これだけは絶対に取って帰ろうと決めていた。
慎重にそろそろと降りて行き、おいらは次来た時も生えてくるのを考えて、少なめに薬草を摘んだ。
先生が言っていたのだ、絶対に根こそぎつんじゃいけないって。
何でかって言ったら、根こそぎ摘んだら次来た時に生えていないから、結果的に新しい場所を探さなければならず、探しても同じ品質の物が見つかるとは限らないから、だそうだ。
おいらはそれを故郷の畑で当てはめてみた。
確かに、根こそぎとったら、次の日収穫するものなくなっちまうよな……それは大変だったよな、と。
農作物は種をまいたり、種もみをまいたりしなければ、育たない。
そして一度に収穫してしまったら、新しくとれるものはなくなってしまう。
先生は正しいのだ。
おいらはそれなりの量を摘んで、さて帰ろう、とまた縄を登って、帰路についた。
途中で出くわした猪は美味しそうだったから、一発で首の骨を折り、担ぐ事にした。
猪を背中にかつぎ、何度も猪にたかっていたノミだかダニだかに食われつつ、おいらは町に戻った。
町はお祭り騒ぎで、確かに子供たちが言っていたように、どんな家にも国旗がかけられている。
この海の国の国旗は、三又槍に大クジラという、海にちなんだ紋章を持っている。
おいらは色々な人が、今日は大騒ぎだ、と楽しく騒いでいる中、一人猪を背負っている。
ちょっと悪目立ちかな、と思うが、猪は譲らない。
そしてこれがあれば、一週間は食べ物に困らないのだ。それってとても大事な事である。
「おお、アーシャ! なんだ、また山に入ったのか」
近所の猟師さんが声をかけて来る。彼はお酒を飲むのが大好きだから、今日みたいなお祭りの日はさっそく飲みたいんだろう。
荷物袋いっぱいに、葡萄酒の瓶が詰まっている。
「ちょっと納品に足りない薬草があったっぺ。んだから、摘みにいったんだけど、そうしたら美味しそうに太った猪も見つけたんだ」
「確かにいい猪だ! なあアーシャ、捌くのは俺がやるから、その分分け前くれないか」
「ええと、あばらの所は譲らない」
「アーシャは脂っぽいあばらの部分がお気に入りだもんな! じゃあ肩肉のあたりをくれないか。うちの奥さんが今日のご馳走の献立に悩んでるんだ」
「いつも捌くのお世話になってるから、いいっぺ」
おいらは実は、上手にさばけない。捌くのにも熟練の技術が必要で、おいらはまだ修行中なのだ。
この猟師さんには、しょっちゅう解体のお手伝いをしてもらっているのも事実だ。
そしてこの人がやってくれたら間違いはない。
おいらは猪を背負ったまま、彼の解体小屋に入り、猪を預けた。
「今日は先生もお休みだから、先生に渡してくれればいっぺ」
「おう! ああ、脂ののったいい猪肉だ……!」
猟師さんは舌なめずりしそうな勢いで、葡萄酒の瓶をいったん自宅に置いてから、さっそく作業に取り掛かる様子だった。
おいらは蚤取粉を借りて体に振りかけ、あらかたの吸血虫を退治してから、どろや枯葉その他もろもろで汚れた体を洗うべく、一度家に戻った。
「猪肉はどうした」
家に入ると、先生が薬草の選別をしながら話しかけてきた。
お帰り、という言葉はないものの、先生が嫌なわけじゃないから答える。
「いつも捌くの手伝ってくれる猟師さんに預けた」
「そうか、あそこは上手に捌くからな」
「先生は仕事しないって言ってたっぺよ、なんでしてる?」
「ついついより分けを始めたら、止まらなくなってしまったんだ。アーシャ、早くその泥まみれの格好を着替えて来い」
「はいはい」
おいらは猪も担いでいたから、相当に汚れている。だからこそ急いで風呂に入り、衣類も洗い桶につけて、洗ってある衣類に着替えた。
「確か今日の夜は、イカ釣りの手伝いだとか言っていたな」
「よく覚えてたっぺな」
「ある程度は覚えている。夕飯の支度を考えなければならないからな。で、お前は知らないかもしれないが、イカ釣りの絶好の場所は、王族の誕生日パーティで通る航路と重なる場所がある」
「だから?」
「船が沈まないように十分に注意を払え。まあ、このあたりの漁師が、それが分からないわけがないが」
少し仮眠をとってから行くといいだろう。イカ釣りは真夜中だ。
そう言っておいらを寝台に追いやる先生は、なんだかんだ言って優しかった。
そしてイカ釣り漁の船に乗るわけである。おいらの仕事は単純で、イカ釣りのために必要な灯りが、消えないように燃料を補充したり、明るさを調整したりするという仕事である。
これがなかなか大変な仕事で、漁師さんたちも網を引き揚げながらやれる仕事じゃない。
だからそれ専用に手伝いが欲しかったわけだ。
しかし、船で見る星空は、陸で見るものと違って不思議だ。
確かにこの星を見て、色々な物を考え、方角を予測し、航路を決めるってのはあながち間違いじゃないんだろうな、と思う。
「今日はイカ釣り絶好の日だと占いに出ていたが、うちの息子に怒られちまったよ」
「うちもだ、何で休みじゃないんだ! ってな」
「でもこの時期のイカは一番おいしいだろう」
「言えてらあ!」
漁師さんたちがそう言いながら網を投げ入れていく。おいらは燃料を補充し、真昼間くらいぴかぴかの灯りにする。
そうすると、それだけで、光りに集まる魚とかが寄って来るんが分かる。
「アーシャ、船酔いしてないか」
「おいら船酔いはしないんだ」
「頼もしい!」
そんな会話の中で、網を入れたら少し待つ。イカたちがやってくるように、灯りは点けっぱなしだ。
「しかし、珍しい事もあるものだ」
「珍しいっちゃ珍しいよな」
「何が?」
おいらの問いかけに、漁師さんたちが答える。
「王族のお祝いの日と、漁の絶好の日が重なる事がだ。滅多にないんだ。今まで一回か二回しかなかったことだな」
「おっちゃんの人生で二回あったら、そんな珍しくないっぺよ」
「アーシャ、意外に手厳しいな」
「でも、あんまり聞かない話なんだ。そんな何度も起きる事じゃないし」
「ふうん……」
確かに、王族の成人前のお誕生日のお祝いの日という、船を出す日に、イカ釣り漁が重なるなんて珍しいかもしれないな、とおいらはそこでそんな風に思った。
ちょっと話している間に、網を引き揚げる時間が来ている。
「よし、引き上げるぞ!!」
「おう!」
漁師さんたちが一斉に網を引き揚げる。こうなったらおいらもお手伝いに回るのは決まっているから、網の紐を巻き取る手動式の機械を、おいらは力いっぱいにぐるぐると回しだす。
「そこに気付いてくれてよかった! 頼もうと思ってたんだ」
「いいっぺよ!」
そして皆で力を合わせて、網を引き揚げると……いかにもおいしそうなイカがいっぱい、網にかかっていた。
ここからは漁師さんたちが熟練の手つきで仕訳けていく。
船の下の部分は、鮮度を保つために、魔法の冷却機能が付いたところになっていて、そこに冷たい海水がいっぱい入っている。
そこにイカを入れていくんだ。
イカは小さ過ぎたら、海に投げ入れられていく。まだ息のあるイカだから、海を泳いで逃げていく。
イカじゃないものもかかっていたが、それらも船の下の部分に入れられていく。
おいらはその間に網を回収してたたんで、誰の迷惑にもならないようにしていく。
そうして数十分後、甲板の上は、何事もなかったように何もなくなっていた。
「やっぱり手慣れたのがいると違うな、ありがとう」
「かあちゃんが、アーちゃん手伝わせるって言って、最初は山育ちのをどうするんだって思ったけどな」
「実際はすごくありがたかったな!」
「そうだアーシャ、イカ食うか?」
「食う!」
取り立てのイカは抜群においしい。と先生が断言していたから、おいらは食い気味に答えた。
それを聞いて、漁師さんたちも、イカを数杯とって、綺麗にばらして、まだうぞうぞと動いているイカに調味料をかけて渡してくれた。
おいらはそれを口いっぱいにほおばった。
うん、めっちゃくちゃおいしい。甘くて歯ごたえがあってそれでいて、臭みがなくて。
ご飯で食べたい、と思ったが、ここではご飯を積んでいないから食べられない。
それがちょっと残念だった。