第六話 アーシャ、町の住人の手伝いをする
子供たちを見送った後、おいらを待っているのは、子供たちのための弁当を作る店での手伝いである。
おいらは坂道を転がる勢いで走り抜け、その店の裏口から入って声をかけた。
「今日もよろしくお願いします!」
「おお、間に合ったな」
弁当屋のおじさんとおばさんが、笑顔で声をかけてくれる。おいらは三角巾という物で髪の毛を覆って手を良く洗い、それから仕事用の滑らない靴に履き替えて、仕事場に入るのだ。
そこでは子供たちの人数分の容器と、それからそこに詰めるためのおかずやお米が入っている。
このあたりの地域では、おいらの暮らしていた故郷と違って、パンはあまり食べないのだ。
その代わりに、お米のご飯が食べられる。
そしてこのあたりではお米もやや高い値段がついてしまうためか、香ばしく炒めた雑穀が混ざったご飯だ。
おいらは一年と半年で培った経験から、もう秤を使わなくても、ごはんを均等に詰める事が出来るようになった。
そしておかずをきちんと詰める作業も、すっかり慣れたものだ。
「アーシャちゃんすっかり慣れたわね」
「一年と半年だったか? 月日が経つのは早いもんだ」
「ありがとうございますだよ」
おいらは照れ臭くなったものの、手だけはきちんと動かして、今日もお弁当を詰めて、全部詰めおわったら、それを台車に乗せて、運搬用の牛をひいて、また学校に引き返すのだ。
そしてそこで弁当を、学校の事務員さんに渡し、牛とともに弁当屋に帰る。
そこで遅めの昼ご飯を食べさせてもらって……というのが、日常である。
おいらは学校に通う歳でもないし、弁当の代金がいくら安くても、毎日支払えるほどお金を稼いでいないから、こうして弁当屋のお手伝いをして、余りものや残り物を食べさせてもらうだけでも恵まれている。
堅くなった昨日のご飯を蒸籠で蒸し直したもの、お魚の煮たのの欠片、焼いた卵の端っこ、野菜の屑を炒めたもの。
そんなものでも、毎日食べていても純粋においしいと思う。
ああ。
「しあわせ……」
「アーシャちゃんは大げさに言い過ぎよ」
おばちゃんが笑うが、おいらからすれば大真面目なものだ。
「おいら、こんなにたくさんのものを、毎日食べさせてもらった事ないんだよ」
「アーシャちゃんの故郷って、聞くだけでも厳しい環境だものね……」
おいらがたまに話す故郷の話を聞いて、おじさんもおばさんも、あそこがかなり厳しい環境だったのだろうと思っている。
確かに、おいらの休めない毎日の話って、このあたりの人が聞くと異常なものだからな。
そう思われるのもしょうがないっぺ。
「日が落ちても仕事、夜が更けても仕事、アーシャちゃんがいくら働き者でも、あんまりな扱いだな」
おじさんがおいらと同じように、残り物を、ふかしたご飯で食べながら言う。
「毎日これだけ食べさせてもらえるって、ありがたいっぺよ」
真面目な声で言うと、二人は笑って
「アーシャちゃんが働き者のいいこだからよ」
「休日以外の毎日、よく働いていると思う」
と言ってくれるのだ。
おいらは働いても、がんばっても、仲間だった皆からは
「当たり前でしょう?」
「もっと上手にならなきゃね」
「休んでいいわけないでしょう」
なんて言われていたからな。やっぱりああいう事を言うって事は、皆おいらの事、仲間と思ってなかった証拠だったんだっぺなあ……
いけない、ちょっと感傷に浸ってしまった。
この後弁当箱の回収をしたら、おいらが毎日している仕事はなく、その代わりに日雇い仕事をする事になっている。
今日は魚取り網の修復のため、港のあたりのおばちゃん達の所に行く事になっていた。
「平和って素敵だっぺ……」
弁当箱を回収して戻る道道、おいらはその当たり前の幸せをかみしめた。
さてはて、港のあたりの皆様は、おいらが来るのを待ち構えていたらしかった。
「やあきたきた! アーちゃん、こっち縫うのがあなたのお手伝いよ」
「どう見ても衣類の修復っぺな……」
「網は私でも直せるけれど、私はすっかり細い糸を通せなくなってね……」
おいらはたくさんの衣服を前にして、おばあちゃんが申し訳なさそうに言うから、こっちが仕事でもいいか、と思う事にした。
気にしないのも大事だ。きちんとお代がもらえるならば。
というわけで、おいらはおしゃべりしながらも、てきぱきと網を修理するおばちゃんやおばあちゃんの話を聞きながら、服の穴を直す。
時々、明らかに魔物の切り裂いた痕にしか見えない破れ方もあるが、こう言った破れ方ならおいら、直すの得意なのだ。
何しろ勇者だったから。自分の服を直す事だって、おいらには必要な技術だったわけだ。
「で、三日後の王子様の誕生日パーティは、定例通りお城の船の上で行うのでしょう」
「キャシーの所が、お料理作るって張り切ってたもの」
「いろいろなお誕生日の贈り物の運搬で、うちの人も忙しいわ」
「でも、その日はイカ釣りに最適な夜だって占いに出ているらしいわよ」
「子供たちは王族のお誕生日には、お休みさせなくちゃ可哀想だし……」
「おいら、おいら!」
仕事の匂いを嗅ぎつけたおいらは、手をあげた。ぶんぶんと勢い良く振ると、イカ釣りの船を持っているおばさんが、笑ってくれた。
「おいら手伝うっぺ!」
「ありがとうアーちゃん! あなたがいるだけで十分に助かるわ!」
「海の魔物に負けないのは、かなり大事な要素だからね」
「アーちゃんみたいな働き者がいてくれて、本当に助かるわ」
皆がうれしくておいらも財布的にうれしいのだから、これはちっともおかしな事ではない。
おいらは三日後の仕事を手に入れる事が出来たのであった。