第五十九話 アーシャ、作戦を決行する
「いくらなんでも、博打にすぎませんか?」
常識的なスーズさんが、おいらたちの計画を止めるべきか、悩んでいる顔でそう言った。
ディアノン様はしかしこう反論する。
「だったら他に、明日の結婚式を中止させるいい方法を思いつくか、スーズ。単なる病だのなんだのと言った誤魔化しは、ろくに時間を稼げないぞ」
そうなのだ。急な病を患った、という言い訳では、延期にはなってもそんなに長い事時間を稼げないのだ。
そしてそれは、ディアノン様の女嫌いが、緩和されるほどの時間じゃない。
スーズさんは悩める顔をして続ける。
「そうなんですが、そうだとは思いますが、もしですよ、仮に、ですよ? すべてが明るみになった時、アーシャは罪を全て被る事になるではありませんか」
ああ、気付かれたっぺ。ディアノン様が気付かなかった事だ。
そう、この作戦が失敗して、おいらが王子様を連れ去ったなんて事が知られたら、おいらの人生はあまり良い方向にはならないのだ。
そうだと気付かれないように、会話を進めていたのに、第三者のスーズさんは、ディアノン様ほど追い詰められていないから、気付いてしまったのだ。
「アーシャがあなたを丸め込み、誘い出して連れ去ったとなったら、まず間違いなく、縛り頸にされますよ。王族の誘拐は、かなりの重罪になるでしょう?」
「そんなものはありえない」
どうしてだろう、ディアノン様が力強く断言した。
おいらは、もしも追手に見つかってしまって、そしてディアノン様が戻ると決めたその時には、おいらだけで行方をくらまそうと思っていた。
死にたくないから。
でもディアノン様は、おいらが死ぬという未来はありえない、と言い切ったのだ。どうしてだろう……?
「絶対にそんな事にはさせない。その時はおれが、アーシャを守ればいいだけだ。アーシャ一人にすべての責任をかぶせる事はしない」
「ディアノン様……」
こんなにはっきり言われるなんて、とおいらはちょっと感動した。だってお貴族様という物は、自分の使用人とか護衛とかを、ないがしろにしがちなのだ。
しかし、こうして明確に、守ってくれると言われると、それはそれで心強い。
「もともとはおれが結婚をしたくないのが始まりだ。アーシャはおれの望みを優先するだけであり、王家を裏切るというわけではない。なに、いざとなったら覚悟を決めるために、姿をくらましたとでもいうさ。大体それで納得されるだろう」
「……それは、あまりにも急な結婚を進められているから、でしょうか」
「そうだ。面白いだろう。女嫌いの王子に、明日結婚式だと命じた王など。どう考えても逃げ出してくださいと言っているようなものだ」
「……陛下はこの行動を、予測されていると、ディアノン様はお考えなのでしょうか」
「父上は、一つの可能性としてあり得るだろう、とは思っているはずだ。なにせあれだけいやだいやだと言っている息子に、明日結婚式だ、などと無茶を言うのだからな」
聞いていて、王様は、結構息子の事をわかっていそうなのだな、と思った。王妃様よりはわかっていそうな気がする。
それは王妃様が女の人で、玉の輿に乗った結婚成功者だという事が理由のような気がする。
婚約者にひどく中傷されたディアノン様と、誰からも祝福される結婚をした王妃様とでは、感じ方が大きく違いそうだった。
「……おいらが、逃げ出す事を勧めるって、思われてるって事だっぺか?」
王様が、王子様の行動を予想しているのなら、おいらがそう提案する事も、予測済みというわけなのだろうか。
そんな疑問を口に出すと、ディアノン様は首を横に振った。
「一つの可能性として、おれが逃げ出すとは思われているだけだ。誰もお前が、おれをさらって行方をくらませる、などとは思わないだろう。普通どんな神経の奴が、わざわざ王子をさらうんだ?」
ディアノン様の声は少し笑っていた。それはおいらを馬鹿にしている笑いではなさそうだった。
「父上を欺くには、普通考えない事を、やってみた方がいいだろう。誰も樽の中におれが入るなど、思わないだろうからな」
スーズ、とディアノン様が呼びかけたため、スーズさんは背中を伸ばした。
「はい、……私は起きたら、殿下がいなくなっていた、という事にしましょう。その方が、あなたが突然いなくなったとして、皆慌てふためきますからね」
スーズさんも、この脱走に協力してくれる事にした様子だ。
彼もディアノン様の急な結婚に怒っていた人だから、手を貸してくれるのだろう。
「作戦はこうだっぺ……」
おいらはいかに樽の中に隠れるか、といった事の中身を打ち明け、それを聞いたディアノン様は、何とも言い難い声で言った。
「その樽の中身を、検める兵士は、まずいないからな……よくまあそんな事まで思いつくものだ、どこかでやった事があるのか?」
「その樽の中身を考えるに、一層殿下がそこに隠れたと思われませんね……普通は変装とかですからね……」
聞いたスーズさんも、何とも言えない声で同意したけれど、二人とも嫌だと言ったりしなかったため、おいらはその作戦のために、動き出す事にした。
決行は明日の早朝、それ以外にあり得なかった。
早朝。
荷車に揺られて、いくつもの樽が、港町を出て行き、農村に向っていく。
誰もその樽の中に、王子が隠れているなど、予測しなかった。
そして、その前日に、一人の騎士が、職を辞し、王宮を去って行った事もまた、誰も気に留めない、まあありふれた事の一つ、であった……




