第五十三話 アーシャ、あきれ果てる
王妃様って暇なんだろうか。おいらは今日も押しかけてきたお方に対して、そんな疑問を抱いてしまった。
彼女は先触れもなく現れたと思ったら、ディアノン様にまくしたて始めたのだ。
「ディア、考え直してちょうだい、あなたが自ら、危険な場所に行くなんておかしいわ、それに魔女を殺したのだから、呪いは解けているのでしょう」
「海辺の魔女を殺したりしていませんし、呪いを抑えてもらっているだけです。これは根本的な解決になっていませんので、魔女殿の希望するものを、持って来るのですよ、母上」
持って行くもののリストを確認していたディアノン様が、うんざりとした声を隠しもしないで言う。
その態度ってどうなんだっぺ、と思うのはおいらだけではないし、そばに控えて沈黙を保つスーズさんが、おいらに視線で
「いい子だから黙ってじっとしていてください」
と訴えかけて来ているので、おいらはちゃんと黙っている。
そして、魔女殿を殺していないと聞いた王妃様が、体をのけぞらせた。
それから、優しいお母さんの顔をして、言い始めた。
「まあ、魔女を殺しに行ったのに、殺せなかったのですか! ディア、あなたはなんて弱虫なのでしょう。でも大丈夫ですよ、魔女を殺せない弱虫なあなたでも、愛してくれる素晴らしい令嬢がいるのですから! 彼女に支えられれば今度こそ、魔女をやっつける事が出来ますわよ」
「私は魔女殿を殺すつもりなど毛頭ありませんので」
「愛するものとなら、いかなる困難だって乗り越えられますわ。すっかり臆病になったあなただって、愛するものとの未来のためなら、魔女だって殺せますとも。北の魔の山という前代未聞の危険地帯に行くよりも、ずっと勇気ある行動だわ」
おいおい言っていること滅茶苦茶だっぺよ。魔女という物をそう簡単にやっつけられるわけがないっぺよ、それ以前に、この問題の大本はあんたの非常識だ。
それに、北の魔の山の方が、魔女殺しよりもましである。魔女を殺す事が、いかなる災厄を手招くかなんて、予測できないのだから。
おいらは視線が厳しくなる事だけは、抑えられなかった。
そして呆れた視線を隠しもしないおいらに、今度は矛先が向くなんて、考えもつかなかったのだ。
「あら、おかしいわ、このものは解雇にしたはずでしょう。どうしてディアの所に当たり前の顔でいるの、この恥知らず!」
彼女はおいらを見つけると、信じ難いと言わんばかりの視線を向けて、おいらの横っ面を、持っていた扇子で張り飛ばしたのだ。
過激な振る舞いだ。だが扇子は結構華奢だったので、この場合負けたのはおいらの頬っぺたではなくて扇子だった。
扇子はばきりという音とともに壊れたのだ。
そしてそれは、癇癪のネタになったのだろう。
「なんて頑丈なの! それだけの頑丈さがあれば、魔女だって殺せたはずなのに! それを拒否して、解雇にされたというのに、ここにいて、なんて役立たずなのかしら!」
王妃様が声を荒げる。おいらは自分の頬っぺたを指でこすった。折れた扇子の先で切れていないか心配したのだが、おいらの頬っぺたは頑丈だったのか運が良かったのか、切れていないらしい。
赤色は付着しなかった。
「母上、このものは父上から直々に騎士の位を賜った者です。そして騎士の位とともに、私の護衛である権利、部屋付きの特権、城を歩き回る許可をもらった者ですよ、母上が解雇だと言ったから解雇になる、母上の傍付ではありません」
「それだけの特権を与えられておきながら、いざという時何の役にも立たないのなら、役立たずと追い出すべきでしょう! ディア、あなたにはもっと相応しい護衛がいるはずですよ、私の甥はどうかしら」
「失礼ながら。母上。この決定権は父上にあります。父上がこの者を私の護衛だと認めているのですから、そうやすやすと変えられるわけがありませんでしょう」
ディアノン様はいい加減にしろ、と言わないだけ大人である。おいらはいい加減にしろと言いたい。
この場にいない人が決定権を持っている、というのを、王妃様もそこまで言われて理解したらしい。
「ではあなたが西の王国に行く際には、私がもっと相応しい護衛を選び抜きますからね」
「母上、この者の功績をお忘れですか? この者は単独で、竜の生ける死体を川に突き落とした、確かな実力を持つ者です。母上のお知り合いよりも、ずっと強いですよ。私の従兄よりはるかに」
「そんなわけないでしょう。こんな子供なのですから、何か運が良かっただけです」
王妃様はよっぽどおいらが気に入らないらしい。
そして気に入らないおいらを、ディアノン様の所から排除したいのだろう。
もしかしたら、昨晩の出来事も、もう耳に入っていて、おいらが伯爵家令嬢を追い出したという話も、聞いているのかもしれない。
いう事を聞かないってのはそれだけ、気に食わないんだっぺなあ……
「それにそんな子供よりも、ディア、公爵家のスカーレット嬢の方が、あなたを大切に思い、支えてくれますわ。危険な場所でも、愛するものとともに乗り越えれば、愛はますます深まるでしょう」
夢見がちだ……とおいらは真剣に思った。話の矛先がそちらに逸れたのはいいが、ディアノン様はうんざりした声も態度も、もう隠さないらしい。
深くため息をついて、王妃様に言ったのだ。
「歴戦練磨の頼りになる猛者よりも、か弱い令嬢が役に立つとは思えません。母上、忙しいのでもうこれ以上邪魔をしないでください」
王妃様はきっとディアノン様を睨んだ後、高らかにこう言った。
「西の国に行く際には、スカーレット嬢もつけさせますからね! あなたの婚約者なのですから」
「母上、婚約者は決まっていないでしょう」
ディアノン様はもういい加減にしてくれ、という態度である。
王妃様の勝手な振る舞いが、もう、呆れるほどあからさまだからだろう。
おいらはとても、ディアノン様に同情した……
王妃様は言いたい事を山ほど言った後さって言った。
「一度陛下に、申し上げた方がよいのでは?」
「スーズのいう事ももっともだが、母上に対して父上はあまり強く出られない。祖父上が見出した王妃だからな。祖父上の事を考えると、あまりきつい態度をとれないのだ。……全く、伯爵家のヴィリア嬢が拒否されたから、次は公爵家のスカーレット嬢をあてがおうとは」
「ディアノン様、おいらよく分かんねえんだけど、呪われたのは伯爵家のヴィリアさんで、王妃様が婚約者だって言ったのは公爵家のスカーレットさんだっぺか?」
「ああ」
「ディアノン様女の人にモテモテだっぺなあ」
「よせ、気持ちが悪い。おれはどちらとも結婚するつもりはない」
「……」
「女の顔を見るとその顔を殴りたくなる衝動がなくなるまでは、どんな女も近寄せないと決めているんだ」
「殴りたくなるんだっぺか、前は不愉快だって言ってたけど」
「不愉快が極まって排除したくなるんだ」
おいら女なんだけどな、と思った物の、取りあえず言わなかった。
多分おいらは女として見られていないのだ、きっと子供枠なのだろう。
そうでないと、おいらを近くに寄せる理由が分からなくなってしまうのだから。
「スーズさん、もうすぐお茶の時間だっぺ、おいらお茶の支度持って来るっぺよ」
「ああ、いい所に気付きましたね。殿下、今日はどんな甘いものがよろしいですか」
「思い切り甘いのにしろ、母上が来たせいでどっと疲れた」
「はあい」
おいらはそう言って、部屋をでて、厨房に歩き出した。




