第五話 アーシャ、子供の引率をする
本当に一年と半年くらいは、あっという間だった気がする。
その一年半の間に、変わった事もいろいろある。その中の一つとして、あのぼろ屋がなくなった事があげられるだろう。
何でなくなったかって? おいらと先生……先生ってのは魔族の人の事だ、薬草つみの先生だから先生って呼んでるんだ……がしょうもないとしか言われない喧嘩をして、家を潰してしまったのである。
まさかぼろ屋も、目玉焼きに塩をかけるか砂糖をかけるか、なんていう、当人たちにとっては大事でも、まさか家を潰すほどの喧嘩になるとは思わない中身の喧嘩で、潰されるとは思わなかっただろう。
実際に、おいらはつぶれた家からかろうじて脱出したし、先生は無傷で何事もなかったかのように、皿の食事を片手に外に出ていた。
先生の優しさは、おいらの分の食事も救出してくれていたところである。
そしてぼろ屋が壊れた、もとい壊した以上、新たな場所を確保せねばならず、騒ぎを聞きつけた近所の大工さんたちが、簡単な造りの家を建ててくれた。
本音を丸出しにして言えば、ぼろ屋よりもずっとまともな建物だった。
「自分一人でくみ上げたから、思い入れがあったのだがな。壊してしまった以上仕方がない」
というのが、新たな家を見た先生の感想だった。そうか、あのぼろさは一人でくみ上げたからなのか、とおいらは妙な所で納得した。
おいらは、時に先生と一緒に薬草採取に出かけ、時に近所の子守をし、時に海に出る魔物を叩きのめし、といかにも何でも屋といった具合の仕事をしている。
なんでも屋だからだ何でも屋なのだ。とにかく、依頼された仕事をきちんとこなすのが一人前の何でも屋である。
しかし、おいらは見た目がこの一年、ちっとも成長しなかったため、いまだ年齢を三つほど間違われてしまう毎日だ。
おいらがこの見た目で、実は十七歳なんだ、と言っても、あほみたいな冗談にしか受け取ってもらえない。
実は魔王の加護が、何か悪さしてるんじゃないか、とおいらは睨んでいる物の、お医者様に相談しても
「魔王の加護は謎が多いから、私にもお手上げよ」
一応調べてみるけれどね、と言われてしまった。
そしてそのことにいちいちショックを受けていたら、仕事も何もできないため、おいらは気にしない事にして、毎日を送っている。
今日は朝から学校に行く子供たちに付添う仕事だ。
前に学校に行く子供を狙った悪質な誘拐犯がいたから、この街では学校に行く子供たちに、引率の護衛をつける事になっている。
護衛じゃなくても、保護者でもいいのだが、おいらはそれを仕事の一つにしている。
事実として、数回怪しい奴をぼこぼこにして、警邏に引き渡したところ、そいつらがすごい悪い奴らの手先だった、という事も判明した。
そしておいらがいる以上、子供たちを狙うのは得策ではない、とその拠点の分からない悪い奴らは判断したらしく、犯罪数がぐっと減ったという事で、おいらは町長さんから感謝された。
さすが先生の所のお弟子さんだ、と言われるけれども、おいらはお弟子さんじゃなくってお手伝いさんなんだな。
その微妙な違いを、誰も突っ込まないだめ、放っておいているのである。
「おはよう!」
「おはよう、アーシャちゃん!」
子供たちの待ち合わせ場所に行くと、子供たちの数人はもう集まっていて、他の子を待ちながら、影ふみをしていた。
「今日もいい天気だっぺ」
「アーシャちゃんって変な言葉を使うよね、いつも」
「おいらの出身地はここからうんと遠い田舎なんだ」
「へえ……大変な所?」
「見渡す限り畑畑畑って感じだっぺな。面白いものなんて、町と比べちゃいけないくらい少ないな」
影ふみをする子供たちを見守っている間に、他の子たちもやってきて、さて学校に行くためにぞろぞろと歩き出す。
子供たちは歩きながら、色々なお喋りに花を咲かせている。それを見ながら、おいらは周囲に気を配る。
何回か怪しいのをぼこぼこにしているからか、ここ何か月も怪しい奴らを見かけていない。
いい事である。
「ねえ聞いた? 今度海の国の王子様の、お誕生日でしょう? 国旗を皆家の軒先に飾るんだから知っているだろうけれど」
「ん、そんな事やってるんだ」
「アーシャちゃんだめだよ、王族の記念日には国旗を軒先に飾らなくちゃいけないのよ!」
「おいら去年はやった覚えがないんだけんども」
「まああのあばら家だもんね……」
近所の子供たちにすら認識されている、先生の家があばら家だった事実。
時々、家が変わった、って驚くお客さんもいるくらいだから、もしかしたらなにか目印になっていたのかもしれない。あのぼろ屋。
「国旗が家の中にあるかどうかも怪しいけど、頼めばそこら辺の人が、買える店を教えてくれるよ」
ダニエルという、年齢の割にしっかりした男の子が教えてくれる。
おいらの腕にくっつきながら、リジーがはっきりとした声出言う。
「私の家でも買えるよ!」
「皆ありがとう。それで、お誕生日だから何かあるのけ?」
「王子様の成人の一つ前のお誕生日は、どの王子様も王女様も、お船の上でパーティするの! 海に花火が上がってとってもきれいなんだから!」
「へえ……花火」
花火って、この街に来て初めて見たけれども、綺麗なんだよな。花火が上がっている日は、お仕事もお休みだから、じっくり屋根の上で花火を見られるし。
楽しみだなあ。おいらは他の子も加わりだしたおしゃべりに、耳を傾ける。
「記念のお菓子を作るんでしょ、ジョンの家」
「うん。サニアの家では、仕出し料理を作るって言ってたでしょう」
「港の一番おいしい料理を、船に乗せるんだって、母ちゃん張り切ってたぜ」
「町じゅうお祝いで一杯になるしね!」
そんなにぎやかな会話をしていると、学校の門が見えて来る。
「ほら、もうつくから、手を離して」
おいらは腕にしがみつく数人に声をかけ、彼ら彼女らが腕から離れて、学校の門をくぐるのを見送る。
「じゃあねー!」
「じゃあね!」
「うん、また明日!」
子供たちの声を聞きながら、おいらは踵を返し、次の仕事場に向かうのであった。