第四十六話 アーシャ、魔女と約束する
「そんな顔色で大丈夫だなんて言って、信じるわけねえっぺよ!」
「大丈夫だと言ったら大丈夫だ。……そうでしょう、海辺の魔女殿」
「確かにね、大丈夫だと言ったら大丈夫だろうよ」
海辺の魔女様まで何で笑うんだっぺか。
意味が分からず、口を開閉させたおいらに、ディアノン様がこう言った。
「これの鍵は、城に置いてきた箱の中に入っているからだ、魔女殿が呪いを抑えてくれているのだから、もうこれをつけている必要性はない。つまり今日城に戻り、鍵を使ってこれを外せばいいだけなのだ」
鍵。おいらはおうむ返しに繰り返した。鍵が城にある。
「……本当だっぺな?」
「こんな物で嘘をつくわけがないだろう」
そう言って、ディアノン様がおいらを安心させるかのように、笑った。
その顔は嘘なんかついていませんって顔で、それでおいらは肩の力を抜いた。
「じゃあ早く、お城に帰って鍵を使って外すっぺよ、ディアノン様、自分の顔色が滅茶苦茶悪くて、ここに来るまでもおいらにおんぶされてた事実を忘れちゃだめだっぺ」
真顔で言うと、ディアノン様も真面目に頷いた。
「肝に銘じておく」
「さて、話はこれでおしまいだね? あんたたち、そろそろ帰らないと、港に戻る海流が変わってしまうよ」
「そうじゃったそうじゃった」
そこで、今まで部屋の隅で、娘さんとお茶を飲んでいたおじいちゃんが立ち上がる。
「いろいろな事が起きていて、帰りの事をすっかり忘れておったわい。さて、アーシャ、手伝ってくれ。そっちの若い人は、大人しく船の上で寝ている事だの。船から落ちて救助、なんて事はしたくないぞい」
立ち上がり、靴を履き、おじいちゃんが娘さんの開けた扉から出て行く。
「おいらたちも行くっぺよ」
「忘れちゃあだめだからね。ぼくくんが美の女神の泉の水をとってきて、私に渡すまでの間、呪いを抑えているだけで、根本的に何も解決していないという事を」
魔女様が念を押すから、おいらは頷いた。
「わかってるっぺ。西の国の北の魔の山にあるんだっぺな?」
「そうだよ、ちゃんと覚えておくように」
魔女との約束を破ると、もっとひどい目に合うからね、と海辺の魔女様が意味ありげに笑ったから、おいらは断言した。
「ちゃんと持って来るに決まってるっぺよ!」
「それでは、失礼する。……いいや、待ってくれ、アーシャ」
おいらが先に出て、ディアノン様が後から外に出ようとした時だ。
ディアノン様が制止の声をかけてきたため、おいらは立ち止まった。
なんだろう、と思った時だ。
王子様は、おじいちゃんと楽しくおしゃべりをしていた、魔女の娘さんに深く、頭を下げたのだ。
「魔女殿の娘君、私は先に、あなたに謝るべきだったのだろう。招待をされず、のけものにされたのはあなただったのだから。魔女殿以上に、あなたに謝らなければならなかったのだ」
「まあ、……そんな、私全然気にしていないわ、それに、王妃様が酷い事を言ったのはお母さんに対してなんだから、お母さんに謝るものでしょう?」
「悲しい思いをしたのはあなただったはずだ。……出て行く間際にこのような謝罪は、軽いかもしれないが、……申し訳なかった」
ディアノン様が娘さんにも謝っていた。確かに、招待されなかったのは娘さんだから、哀しい思いをしたのは娘さんであるのだが……おいらはこちらにも謝るべきだったとは、気付かなかった。
王妃様が酷い事を言ったのは、海辺の魔女様に対してだったのだから。
しかし、謝ったディアノン様を見て、娘さんは少しだけ考えてから、こう言った。
「じゃあ、今度は私も正式に招待してください。綺麗なドレスを着て、お城の見物がしたいわ
「できる限り期待に添えるように、努力しよう」
「じゃあ、この話はこれでおしまい! もともと、私はあなたにこれっぽっちも恨みを持っていないんだから!」
「うちの娘が優しくていい子で感激だよ」
海辺の魔女様が自慢げに言う。確かに、このさっぱりした性格は、いい物のように思われた。
しかし、何度も頭を上げ下げしていたディアノン様は、結構消耗しているようで、もう一度きちんと姿勢を正した途端、ぐらりと大きくよろめいた。
「わあ!」
だからおいらは慌ててそれを支え、問いかけた。
「おんぶいるっぺか」
「……わるいが、頼む。この足で歩く自信がない……」
「だから無理しちゃだめだっぺよ!」
おいらはぐったりと体重をかけて来るディアノン様をおんぶして、魔女様と娘さんに頭を下げた。
「今日は色々ありがとうございました。必ず、美の女神の泉の水をとってくるっぺ」
「ああ、期待して待っているよ」
魔女様はそれ以上言わなかったけれど、娘さんがにっこりと笑った。
「今度はぼくくんだけでいいから、遊びに来てね! ああ、それよりも港町を案内してほしいかも!」
いい笑顔の魔女様の娘さんだった。
おいらは頭を下げて、よいしょと王子様を背負いなおして、魔女様の家から出た。
中に入ってから、結構な時間がたっていたらしく、家の外で出来る影の大きさとか方向がかなり違う。
これは早めに戻らないと、日が暮れてしまうっぺよ。
「ディアノン様、ちょっと駆け足になるから我慢してくれ」
「転ぶなよ」
「そんなへまはしないっぺよ」
おいらはそう言って、おじいちゃんと船を置いた場所まで、一気に走って行った。
そこにつくと、どうやら潮の満ち引きの関係があったんだろう。浜辺はかなり海に飲まれていた。
船も、結構すぐに海に戻せそうだ。
「おじいちゃん、遅れてごめん」
「気にするでないよ」
おじいちゃんはそう言って、おいらはディアノン様を船の上におろしてから、出発の準備を手伝った。




