表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/85

第四話 アーシャ、勇者を休業する(4)

一晩のうちに、おいらは自分の身の上話をする事になった。

実は西の魔王と一騎打ちした勇者なんです、なんていう冗談みたいな事実を、お医者様は笑い飛ばしたりしなかった。


「どうりで体が頑丈なわけだ。君が西の勇者ならそれも納得だ……だがこの国まで届いている話だと、西の勇者は第三王子アンドリュー殿下だというじゃないか。……なるほど、功績を横取りされたわけか」


「おいらが勇者になっちゃいけない、みたいな事を、おいらに毒を吸わせた人は言っていました」


「貴族や王族は、ぽっとでの実力者を嫌うものだからか? それにしても、君は無事でいたいなら、その話を黙っている方がいいだろう」


「お医者様だから話しているんだっぺよ。おいら恩人に嘘つきたくねえんだ」


「なるほど。だがほかの誰にも話しちゃいけないだろうね、その話がどこでどう流れて、君がまだ生きていると西の国に知られたら、君にとってとても厄介な事になるだろう」


おいらはそれに深く同意した。

また殺されかけてはたまらない。

今度こそ、確実に殺すために、という理由で、首を落されるかもしれないのだ。


「たぶん、君を殺したい人たちの誤算は……君がおどろくほど頑丈であった、というところだろうね」


「おいらも、自分がここまで頑丈だなんて思わなかった」


「そうだろうね。いくら西の魔王と引き分けになるまで戦えたとは言え、普通の人間のはずだからね……毒に対する耐性は、人間である以上どうしたって限界があるものなんだが……ん?」


お医者様はおいらの額を見て、何か怪訝そうな顔になった。


「君、前髪をあげてくれないか」


「……?」


おいらは素直に前髪を持ち上げた。露になったおでこを見て、お医者様が納得したように言った。


「なるほど、西の魔王は君をお気に入りにしたのだろう。どうりで毒に対する異常なまでの耐性があるわけだ。……鏡を見てごらん」


言われた通りに、おいらは自分の顔を鏡で映した。

そうすると、今まで誰も指摘しなかったものが、額に存在していたのだ。

その模様は、細かくて、額飾りのような模様だった。それもとても精密な。


「これなんだっぺ」


「これは魔王の加護と呼ばれるものだ。魔王が気に入った存在を祝福した印でもある。一説によれば、あらゆる病をはね返す強力なものだという」


「だから即死の毒も軽減されたってことだっぺか」


「そうなるだろうね。しかしまあ、生きているうちに、魔王の加護を目にする日が来るとは。人生に何が起きるかわかったものじゃないね」


「これ、誰が見てもそうだって分かるものだっぺか?」


「いいや。普通は見えないようになっているはずだ。ほら、鏡を見てごらん、どんどん薄くなっているだろう」


「あ……」


お医者様の言う通りで、額の模様は、どんどん薄くなっていった。

そして全く見えなくなる。


「魔王の加護は人間にとって謎の多いものだが……君の場合は、毒に抵抗していた時間が長かったから、模様が浮かび上がっている時間が長かったんだろうね」


ふうん、そんなものなのか。

しかし、そうだとしたら、おいらは西の魔王に感謝しなきゃならねえな。


「それに、治癒神の力を増幅させたのかもしれないな……」


お医者様は一人でぶつぶつ言っていたけれども、どれが正解かわからなかった。

とにかく、おいらは今後どうするか、考えなくちゃいけないだろう。


「あの、解毒の術の代金を、直ぐには支払えないんだけども……」


「お代はいいよ、定期的に術を行わないと、私も腕が鈍ってしまうから、私の都合で使ったようなものだから」


「でもそれじゃあ」


おいらだけ特別扱いはおかしいと思った時だ。何やら考えたお医者様が、こう問いかけてきた。


「じゃあ君、私の頼みを引き受けてくれるかい」


「できる事だったらやります」


その返事で満足したのだろう。お医者様は、明日その中身を話す、と言って、おいらに寝るように促した。

数日の間寝てばかりだな、と思いながらも、おいらは素直に寝台に横になった。

船の上のハンモックもそこそこの寝心地だったが、揺れない寝台はもっと素敵なものだった。




翌朝、おいらはご飯を食べた後、一軒のぼろやに案内された。


「簡単な手伝いをしてもらいたいんだ。とある偏屈の家のお手伝いをね」


お手伝いとはどんなものだろうと思いつつ、お医者様の後を歩いていると、一軒の、建っている事が奇跡のようなおんぼろな建物の前についた。

余りにもぼろすぎて、どこが出入口なのかさえわからない。

隙間風とかすごそうだ、と思ってしまう建物だった。

しかしここが目的地で、偏屈のおうちらしい。


「生きているか、ジュゴンド」


お医者様はぼろ屋に声をかける。そうすると、がたがたという音共に、額に角がある……つまり魔族だ……男性が、のっそりと現れた。


「なんだ、お医者様。仕事はまだ始めてないぞ」


「君のお手伝いを紹介したいんだ」


「お医者様が紹介した手伝いが、それで何人辞めたと思ってんだよ」


「この子は根性がある」


お医者様が、おいらをその魔族の前に引き出す。魔族は目を丸くして、それから訳の分からない言語でひとしきり喋るものの、その意味が分かっているらしいお医者様はまったくひかなかった。

この魔族の人何喋ってんだっぺよ、とおいらが思っている時に、その人が言った。


「確かに、根性はありそうだが……」


「君はいい加減に住まいをまともにするべきだ。何回うちに苦情が回ってきたと思っているんだい」


「お医者様に苦情を回すなんて卑怯だ……で、その子を俺の所の手伝いとして紹介して何になるんだ」


「君との連絡が取りやすくなるだろう? 私は君の薬草の選別する基準を、とても高く評価しているんだ。君以外の薬草売りから、薬草をここ十年購入した事がないくらいに」


お医者様にそう評価されるって、この人の薬草採取の腕前は相当に高い。

普通、目利きの商人とかから、買う事が多いのだ。

郷里でも、手に入らない薬草は、そう言った商人から仕入れたものだ。

すごい足元を見られたけれども。


「確かに、家に誰かいた方が、お医者様と連絡がつきやすいが……その子は納得しているのか」


なんとか断りたいらしい。その人がおいらに話を持っていく。

おいらはそこで胸を張った。


「お手伝いをする、という事は聞いてます」


おいらは出来るだけ丁寧に喋った。気をつけないと田舎の方言にしかならないのだ。おいら。

そして、助けてくれたお医者様の紹介だから、そんなに怪しい仕事ではないと判断したのだ。

助けてくれた船員さんたちが信頼している、お医者様でもあるのだから。

ろくでもない大人とは違う、と思ったわけである。

それに、建物こそぼろいが、この魔族の人の腕前は、物凄く確かそうだし。

ただ、おいらの返答を聞いたその人が、腕を組んで考え込みだす。


「……この建物の見た目を見て、まだ手伝いをしようと思っているだけ、根性があるが、しかし……」


「この子は納得している。私はこの子ならできると思っている。あとは君の了承だけだ」


お医者様も譲らない。


「……ああ、わかった。わかった! 手伝いとしておいてやる!」


魔族の人は結構渋っていたけれど、お医者様になにか恩でもあるのか、最終的にはおいらがお手伝いをすることを、了承した。かなりやけっぱちな声だったけれども。


「これからよろしくお願いします!」


「元気のいい手伝いだな……」


こうしておいらは、薬草採取の達人の、何でも屋の魔族の人の所で、手伝いをすることが決まった。

そして細かい手続きはお医者様がやってくれて、おいらは晴れてこの街の住人になった。

それが大体、一年と半年ほど前の事である。

それはつまり、おいらが勇者を休業してから、一年と半年くらいって事でもあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ