第三十四話 アーシャ、顔合わせを見守るはずが
結果どうなったのかと言えば、実は簡単なわけで、ディアノン様は押し負けた。
そして目を覚ましてから三日後である本日、婚約者になる伯爵家の令嬢と、正式に顔合わせをする事になっている。
どれだけ嫌だと言っても聞いてもらえず、呪いの作用がどうなるかわからないから危ないと言っても、そんなものはかかっていないと言われ、最終的には、断ったら伯爵家令嬢の名前に傷がつく、とまで言われて、ディアノン様は朝からとても機嫌が悪い状態で、顔合わせに臨む事になっていた。
スーズさんもはらはらするほど機嫌が悪いのだが、それを顔に出さないあたりが、王族って感じだっぺな、何で機嫌が悪いかわかるのは、部屋を出るまで眉間にしわを寄せて、それは厳しいお顔だったからである。
おいら、あんな顔されたくないっぺ。と思うと、王妃様側について、裏切ったりしなくって正解だったっぺな。助言はしたけど。
そして顔合わせの席は、小規模なお茶会のような形式らしい。
そこでお茶を飲みながら、会話をして、何となく相手の事を知ってから、婚約の契約を結ぶのだそうな。
そんなお茶会の席では、護衛も無論控えているし、従者も控えているわけだから、おいらたちは誰はばかる事なく、お茶会を見守っていた。
「殿下とこうして婚約できるなんて、夢のよう……」
頬を赤く染めて、見た目からして、私はディアノン様が大好きなの、と示している伯爵家令嬢は、結構華やかな外見の人なのに、質素な衣装を身にまとっている。
「お好きな色は赤色だと伺っていたのですが、こう言った質素な仕立てが、殿下のお好みだと知ったので、用意したんですよ」
好きな人には良く見られたい。誰だって思う事を、伯爵家令嬢は話している。
「殿下を思う女性はとても多いので、こうして選ばれた事が、本当に晴れがましいですわ」
「そうですか」
「殿下はどこを見てわたくしを選んでくださったのでしょうか?」
「王妃様が選別したので、これからあなたを知っていければ、と思いますよ」
顔、顔! 怖いっぺよ!
おいらはそうやって、にこやかに見えるけれども、実際には怒りの炎が荒れ狂って、皿に不愉快の極みみたいな心情の表情が、とっても恐ろしかった。
人間ってこんな顔作れたんだっぺな……というわけだ。
しかし、おいらが気付くような感情の表情も、殿下に恋する乙女の前では、緊張しているという風にとらえられているらしい。
「殿下はどのような観劇を好みますの? 観劇にも音楽界にも美術鑑賞にも、あまり出かけないと伺っていますの」
さりげない会話だが、これはそう言った場所に自分とお出かけしてほしいという誘いだっぺな。村でもよくある誘い方だ。村の方がもっと規模が小さいけれども。
そんな感想を抱きながら、ディアノン様の顔色を見て、具合を確認しつつ、お茶会のおやつがおいしそうだな、と思っていると、表面上は和やかな会話の結果、彼等は庭園を散歩する事になったらしい。
いったいどこの会話で、そんな流れになったのか、おいら全く分からねえ……
「こういう時、護衛は後ろで、目に見えない範囲から護衛するものですよ」
さて、庭園にもついていこうとしたおいらに、スーズさんがありがたい忠告をくれる。
その忠告にあわせて、席を立ったディアノン様と、伯爵家令嬢の後ろから、音を立てないように注意して進んでいると、伯爵家令嬢がディアノン様に声をかけている。
「殿下はお花はお好きではないのかしら。あまり庭園にも顔を出さないと、皆がいうものですから」
「仕事が多いと、どうしても、城の中の執務室に入ったきりになってしまうだけですよ」
「まあ、では、時々お伺いしてもよろしいでしょうか。休憩にちょうどいい、軽食などを用意させますわ」
「お気遣いありがとうございます、でも結構ですよ、休憩の時間も決まっていますから」
「では、その休憩のお時間を教えていただけませんか? 婚約者とゆっくり休憩しませんか?」
おお、伯爵家令嬢は結構ぐいぐい来る人だな……それだけ好きなんだな……
その熱量に感心する、そこまで好きだと思う事に敬意を表したい。
人を好きになるのってそれ位難しい事なのだから。
おいらが内心で拍手を送っていたその時だ。
「あっ……」
庭園の石か何かに、伯爵家令嬢がつまずいたらしい。彼女がよろめき、ディアノン様にしがみついたのだ。
その時、おいらは見てしまった。彼女が作戦通り、と言いたげな顔で、ディアノン様の腕に、豊満な胸を押し当てたのを……
おお、肉食系だ、次は何を予定しているんだろう、と思ったのもつかの間だった。
じゅうううう……
「え、え、きゃああああああ!!!」
水蒸気が吹きあがるような音とともに、それは起こったのだ
「な、なんだ!?」
「伯爵家令嬢の腕が、怪物の腕に!?」
護衛達がひっくり返った声で叫ぶ中、おいらは見てしまったのだ。
ディアノン様に触れている場所から、どんどん、伯爵家令嬢の肌の色が変わり、濃い体毛が生えていき、びきびきと、ドレスを破るほど膨張していくのを。
とっさの事だったが、おいらは走り出て、彼女とディアノン様を引きはがした。
多分これは、ディアノン様に触ったから起きたのだ、と第六感が告げたからだ。
そして実際、ディアノン様から彼女を引きはがすと……恐怖のあまりディアノン様にしがみつきすぎていて剥すの大変だったが……彼女の異変は止まった。
だが消えるわけではない。彼女は自分の変わり果てた腕を見て、くらりとよろめき、おいらは慌てて、倒れ込む彼女を受け止める事になった。
「なにが、おきたんだ……?」
何が起きたのか、誰も、全く分からないなか、ディアノン様が信じられない、と言いたそうにつぶやく声だけは、おいらの耳にはっきりと届いていた。




