第十七話 アーシャ、竜の骨退治についていく(3)
ちょっとグロいです。
「まず報告の初めにお伝えします。……被害が大きすぎますよ」
数十分後、竜の骨が現れたという村まで、偵察に行った騎士が三人とも、真っ青な顔になって戻ってきた。
気持ち悪さのあまり、吐きそうだ。吐いていないのは根性なのかもしれない。
それ位血の気が引き、ぶるぶると震えている。
結構荒っぽい事にも慣れているはずの騎士でこうなっているなんて、一体どういう事なんだっぺ。
そんなにも竜の骨の暴れっぷりがすごいのか、破壊された痕が無残なのか。
「お前たちから見ても大きいか」
ディアノン様が問いかける。この場合、先に目上の人が声をかけないと、騎士は喋る事が出来ないのが規律というものである。
出しゃばりはあまりよく思われないのだ。
王子様の問いかけに頷き、一人が口を開いた。その唇も蒼白になっている事に、おいらは気が付いた。
「はい。件の竜の骨は、毒竜であるらしく、あちこちに毒の沼が形成され、村一つが死の毒に覆われているような有様です」
「ほかに特徴は」
「植物も変質させるらしく、その近辺の植物は見たこともない色になり、花を咲かせておりました」
「ほかに特徴的な事は。お前たちは竜の骨自体は見なかったか」
「どこかに移動した模様で、足跡は確認できたのですが……本体は、見ておりません」
大きさが分からないのか、とおいらは腕を組みそうになった。
大きさが分かれば、多少は心構えが変わって来るのだが……それにしても毒竜か。
毒竜は血が毒なのは当たり前で、牙にも爪にも毒腺を持っているからそれに掠ったら毒に侵されてしまうのだ。
その毒がどの程度のものかによっても、対策は変わる。
そして今回の毒竜の毒は、かなり強い気がするのは、気のせいではないだろう。
報告している人たちの顔色からも、それは明らかだ。
「死者の状態はどうなっている。竜の骨が暴れて死者が出たと領主が言っていたが」
これは言外に、死者が恨みのあまり、生ける死体になっていないかという確認である。
無念な殺され方をした人が、何らかの魔力に反応し、生ける死体という魔物になる事は、割とある事で、別に珍しい事じゃない。
ただ普通は、死んでから魔力に反応しないから、生ける死体も滅多に現れない、というだけの話だ。
「……毒にとかされた模様で、亡骸は一つも見つかりませんでした」
「衣類など身に着けていた物もか」
ディアノン様がこういうのは、時と場合によっては、形見の品を渡さなければならないからだ。
領主の兵士たちにだって、滅ぼされた村の住人にだって、遠く離れた家族という物はいるものだ。
とくに領主の兵士たちは、遠くから来ている人も多いだろう。
いきなり、死んだと聞かされる時、形見の品が何もない、なんていうのは、死んだことを納得できない理由になる。
せめて遺族が縋るものがあるほうがいい、というのは当たり前だ。
そう言った物の捜索をしなければならない時もあるため、ディアノン様がそれらの有無を聞くのも、また当たり前の事である。
「衣類などは見つかったのですが、死者の骨は一つも……」
無かったらしい。騎士たちの報告を、そこまで聞いたディアノン様がぼそりと言う。
「厄介だな。毒竜の竜の骨か……解毒の術の心得があるものはいるか?」
後半は騎士たちへの問いかけだ。数名が挙手し、十人ほどの騎士が、解毒の術に心得がある事が分かった。
「心得があるものは後ろにいてもらう。前衛で毒を受けられてはたまらない」
この言葉に否やはないのだろう。確かに、そういう物だ。
最初からできるとわかっている人が後ろにいた方が、戦う人は心強いのだし。
「毒竜の竜の骨、というのはなかなか厄介だ。すぐに出るぞ」
「はっ」
「被害がこれ以上拡大すると、復興も難しくなる」
それは毒液に侵された大地に、人間の食べる作物が育たなくなるからだろう。
植物も変質する毒だという事が、報告からわかったから、彼はすぐに問題の竜の骨を退治にしに行くと、決めたのだろう事がおいらにもわかったくらいだった。
問題の村に到着する前に、おいらたちは皆口元を覆った。
それは周囲から漂ってくる、強烈な毒の悪臭によるものだ。
融かす毒は揮発性の成分を持っている事が多く、激臭になりやすい。
時としてその成分によって、鼻の粘膜をやられてしまう事もある。
そのため全員、口元や鼻を覆ったのだ。自衛手段である。
そして村に到着した時、おいらたちは全員、目を疑った。
村は元々、そこそこの大きさの村だったのだろう。
それらの建物が、見るも無残に押しつぶされていたり、毒液によってか、融かされて煙を上げていた。
あちこちの地面に、毒液らしき濁った液体が溜まり、それらは熱を持っているのか、水蒸気をあげている。
そして村の周囲の草木や、村で育てていたのだろう植物などは、緑とは言えない色に変色し、咲いている花さえもただならぬ色のものになり果てていた。
数日前に襲われた事を考えると、毒が長時間作用する毒であるのだろう。
厄介だ。
「全員、気を緩めるな。……これはひどい。お前たち、複数人で固まれ。単独行動を起こすな」
ディアノン様がそう言い、おいらは彼の馬の近くに控えた。
「足跡など、竜の骨に関する情報がないか、調べろ」
毒竜である事以外、あまり情報がない状態である。体高などを調べるために、足跡を探したり、竜の痕跡を探すのは珍しくない。
そして村にその竜の骨がいないのだから、ここからまた捜索をするためにも、竜の特徴を探すのである。
ディアノン様の命令を聞き、騎士たちが複数の組に分かれて、捜索を始めようとした時だ。
おいらは、自分の耳に、がしゃがしゃという重たいものがこすれ合う音と、ずるずると何か重たいものを引きずる音が、同時に届いた事に気付いた。
おいらは何か来る、とディアノン様に言おうと口を開き……
「何か来ます!」
同じ音を耳にしたのだろう騎士が叫び、そして。
重量感溢れる音とともに、それが姿を現した。
姿を現した物を見て、誰もが引きつる。そして思考が停止しかける騎士も多かったらしく、動けなくなる騎士がちらほら見受けられた。
その竜の骨と思われていた物は、体に鱗があった。鱗があり、気持ち悪い腐った色の肉を体にまとわせて、体からだらだらと体液を垂れ流し、目玉は片方がずり落ちていた。それも目の筋の一部が、かろうじてつなぎとめている。
そしてそれは、だらりと口からこぼれている舌からも、どろっとした粘液みたいなものをたらし、その粘液が地面に落ちると、しゅうしゅうという音を立てて、その地面の一部が溶けていった。
竜の骨なんてとんでもない。
「りゅ、竜の……」
騎士の一人が喚くように酒む。
「竜の骨じゃないだろう! い、生ける死体だ!!!!」
「逃げろ!!!」
「この数じゃ勝ち目がない!」
そう。
領主が竜の骨だと勘違いしたそれは、まぎれもなく竜の生ける死体だったのだ。
動揺から騎士たちが、我先に逃げ出す。ディアノン様が怒鳴った。
「やみくもに逃げるな! 死ぬぞ!」
ディアノン様は体勢を立て直そうと声をあげる物の、生存本能には勝てない。
騎士たちの大部分が散り散りに逃げ出し、ディアノン様を守るようにはせ参じるものも多数いる。
「殿下、お逃げください!」
「これを街にぶつける気か! 街には戻れないぞ!」
ディアノン様や騎士たちがもめ、逃げ出す騎士たちが転んだり鎧をがしゃがしゃと言わせているその時。
まるでそれらの喧噪など聞えていなかったかのような、竜の生ける死体が、こちらに焦点を合わせてきたのが、おいらにはわかった。
そして、竜の生ける死体が、大音量で吼えたのだ。
あまりにも大きな音だったため、馬たちが、一斉に暴れだし、我先に森の中に駆け出していく。
そしてそれは、ディアノン様の乗っている馬も同じで、周りを固めていた騎士たちを蹴飛ばし、その馬が全速力で逃げ出した。
ディアノン様が何とかそれを止めようとしても、混乱し怖がっている馬がそれを聞くわけがなく、ディアノン様ごと、馬の姿は森に消えてしまった。
「殿下を追うぞ!」
ディアノン様を追いかえるべく、騎士たちはその後に続く。
そして、馬に乗っていないおいらは、何とか馬に蹴飛ばされる事を避けている間に、そこに一人取り残されてしまったのであった。
竜の死体は、一人残ってしまったおいらを見て、せせら笑うように鼻を鳴らした。
鳴らした音とともに、腐った肉が地面に落ちる。
おいらは、それをじっと見て、口を覆っていた布を剥した。
それから、口に指を突っ込み、思いっきり甲高く吹き鳴らしたのである。
おいらがこうするのには訳がある。
これは魔物の注意を、自分だけに向ける指笛なのだ。
生ける死体を誘導するにはもってこいの音が響き渡り、竜の生ける死体は、先ほどまでは、ディアノン様を追いかけようと視線を向けていたのに、はっきりとわかるほど、おいらを見定めた。
それを確認し、おいらは全力で走り出した。




