めんへらのせかい
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坂下知美はメンヘラである。
幼少期よりその愛らしい容姿で周囲の人を惹きつけた知美は、三人兄妹の中で歳の離れた末っ子という事もあってとにかく周りの大人に可愛がられたのだ。
周囲の愛情を一身に受けた知美はそのまま、小学校ではみんなのアイドルの様な立ち位置に収まる。
下駄箱にはラブレターがひっきりなしに届き、誰が一緒に下校するかでクラス内で揉め事が絶えない有様であった。
そして中学、高校を経ていくにつれ知美の美しさにはますます磨きがかかり、その時々の一番人気の男子の横には常に知美の姿があるのであった。
この頃になると知美もすっかり自身の容姿に自覚的で、甘え上手なその性格もあり自分にとって男というものは、さながらせっせとミツを運んでくる働き蜂の様な物だと理解していた。
そんな風に自意識を肥大化させていった知美が目指したのは芸能界だった。当時の花形職業と言えば女子アナであり知美は特に深く考える事もなく、誰よりもちやほやされたいという欲求のままに進路を決めたのであった。
そうして知美は入社式でスピーチもして、同期の中で一番に現場に参加させてもらえたのだった。周りの人間は皆自分より劣っていたし、プロデューサーに一番ウケか良いのも、番組のコーナーを任されるのも、知美であった。
そしてこれからも、いつもの様に周りから甘やかされ続けるであろう事を確信していた知美は、入社してから年々変化していく周囲の人間に愕然とした。
それもその筈、地元ではどれだけ可愛かろうと都会に出れば知美程度の美貌は掃いて捨てるほどおり、
入社一年目や二年目こそ新鮮味がある物の、男に媚びる以外に特に取り柄の無い新人アナなどそれこそ賞味期限の短い商品でしか無かった。
知美が輝いた時間はあまりにも短い時間であり、周りの人間はどんどん離れていった。
チヤホヤされているのはいつの間にか現れた自分よりも四歳若く肌ツヤも良い新人達であり、自分より劣っていた筈の同期達がそれぞれ違う種類の特色を活かして小さいながらもコンスタントに番組に出ているのだ。
そうして取り残された時に、入社当時より自分の事を気に入ってくれて、マンションの部屋の合鍵をくれたはずのプロデューサーが、知美の名前を全く覚えていない、という事を知った時には知美は既に新人アナと呼べる年齢では無くなっていた。
そうして鬱屈していく気持ちに毎日ストレスを溜めて爆発寸前だった知美は、満たされない承認欲求と肥大化した自己愛の解消に最高の場所を見つける。
ホストクラブだ。
そこではお金さえあれば全てが肯定される。
知美の事を誰もがチヤホヤし、愛してくれるのだ。
知美は、あの楽しかった中学、高校時代にタイムスリップしたかの様な気持ちになりさえした。
自分のお気に入りのキャストを三人も四人も席に並べてみるとどうだろう、うまくいかない仕事が嘘の様に晴れやかな気持ちになるではないか。
知美はやはり自分は世界に愛されているのだと確信し、どんどんホストクラブにのめり込んで行くのであった。
しかし、世界は知美を愛してなどいなかった。
いくらアナウンサーの稼ぎが有っても毎晩毎晩お気に入りの為に注ぎ込んでいては、限界があり、破滅はすぐ目の前である。
そうしてある日、自分の収入だけではお気に入りをNO1にさせられなかった時に、知美は今までに感じた事の無い恐怖を味わった。いや、これは一度感じたことのあるものだろうか?
知美はよくわからない感情に突き動かされながら人生で初めて金で自分を売った。
そうして知美は水商売を始めることになり、それが明るみにでるとまもなく、会社からもクビを宣告される事になるのだった。
その後、会社勤めで無くなった知美に対してランクの高いホスト達はもう見向きもせず、知美はホストクラブを転々としていく。
店が変わる度に、キャストの質は落ち、知美の求める愛情や、ちやほやからはかけ離れていってしまうのだが、知美はもうそれに気づく事も出来ないのであった。
そうして段々と知美の美貌は失われていき、顔には凶相が浮かび、体には火傷や青あざが増えていくのであった。
そんな知美の現在の彼氏は最近では一番のお気に入りだ。
少なくとも煙草を吸わない人なので火を使わない
今の知美にはもうそれが最高の愛情に思えてならないのであった。
そうしていつものある日、笑い方が気持ちの悪い油症の常連の足の間で
知美は、
自分というものは、さながらせっせとミツを運んでくる働き蜂の様な物だなァ、と
可笑しそうな笑みをこぼした。
書いてて気分が悪くなります