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使者団、羅国へ

 雲一つない、蒼穹(そうきゅう)が眩しい。

 合流を終え、大群となった光威国兵と使者団は、列をなして草原を進んだ。

 北砂州を出るとびっしりと青い草に覆われた草原が続いた。高く澄んだ空の下で、吹き渡る風が緑の絨毯を大海原のように揺らす。

 青と緑が交わる地平線を遥かに臨み、万里に乗って走ると大地に抱かれているような気がした。

 だがやがて乾燥した地が目立つようになり、見渡せば一面が緑色に見える草原も、近づけば土や岩の地肌に薄っすらと草が生える程度の、侘しい平地に変わった。

 緑地を揺らす風も次第に乾いたものへと変わり、皇宮を出た時に頬を濡らした湿度が今や恋しいほどだった。

 草の影が濃い草原と、薄い荒野。そして小さな砂漠。


(思っていた「草原」と、全然違う。それに、緩衝地帯が広過ぎる――!)


 そこは目まぐるしく表情の変わる広大な地だった。

 時折、布の移動式の住居がポツポツと見え、山羊や牛、羊といった家畜が放牧されているのが見えた。

 緩衝地帯とはいえ、無人ではなく既に羅国の遊牧民が一時的に居を構えているようだ。

 草を追ってやってきたのだろう。小さな子どもが背丈ほどある長い木の棒片手に、山羊の群れを連れていた。山羊が草を食べるのを見張っているらしい。

 場所が違えば微笑ましくさえあるかもしれないその光景だが、光威国兵達は眉を釣り上げて不快そうにその山羊番の少年を見ていた。

 彼はここにいるべきではないのだ。


 移動しながらも腕に覚えのある兵達は、狩りをした。

 草原に入ってからは、食事は粟粥ばかりになった。米より長期保存ができ、扱いやすいのだ。

 粟と豆、そして獲物の肉をかき込み、ひたすら草原を進む。

 途中で草原を流れる大河、黄龍川の橋を渡る。

 やがて地平線の向こうにたくさんの移動式住居が見え始めた頃、私達は二手に分かれた。一緒にやって来た将軍率いる部隊は、緩衝地帯から先に行くことはない。

 皇太子である怜王の親書を携えた郎中と私が中心となった和平の使節団は、護衛兵を入れても五十人程度という小さな隊列となり、馬列を組んで羅国へ足を踏み入れた。


 羅国の領土に入ると私達使節団を出迎えたのは、羅国王の腹心である(らん)という名の大将だった。草原の日差しを浴び、移動が多いせいか羅国民は光威国より肌の色が濃く、また体格もがっしりとしていた。

 羅国の装束は基本的な形こそ光威国のそれと変わらないものの、光威国のそれより丈が短く、細部は趣が異なっていた。袖や裾に色とりどりの組紐が縫い付けられ、より派手だ。 

 また衣のあちこちに毛皮を豊富に使っていた。


 私達は蘭大将に先導され、羅国南端にある砦に連れて行かれた。

 北に目を向ければ、砂の舞う濁った風の中に山が霞んで見え、更に目を凝らせば山中に宮殿が見える。


「ご覧下さい。羅国の王が住んでいるのは、あのように小さな宮殿ですよ。我らが本気を出せば、敵などではありません」


 瑞玲はその細い顎先で、遠くそびえる北の山を指した。

 光威国の皇宮には遠く及ばない、と言いたいのだろう。




 連れて行かれた砦は白い外壁を持つ、円柱状の三層から成る塔だった。小さな四角い窓がポツポツとあり、防御力を上げる為か、大きさに比べて開口部が少ない。

 灰色の瓦が葺かれた屋根が乗る丸い塔はまるで、小さく傘を開いたきのこに見えた。

 といってもやはり遊牧国家である羅国では、ほとんどの建物は移動式の作りなのか、巨大きのこの周辺にあるのも、細い木を組み立てた骨格に分厚い布を被せてできた建物ばかりだった。

 構造の安定を追求した結果と思われるが、円形の建物が多い。


 馬を降りた私達は、砦の中に案内された。

 床には鮮やかな色使いの絨毯が敷き詰められていた。

 砦は純白の外壁とは裏腹に、内部が薄暗かった。窓が小さい上に少ないからだろう。

 光威国とは違い、過度な装飾はなく、代わりに一輪挿しの花瓶が白い壁に一定の間隔で掛けられていた。


「華やかさには欠けますが、かえって一輪の花が持つ美しさが際立ちますね」


 若い副使が、少し感心したように瑞玲に呟く。

 通された奥の広間らしき部屋には、二人の男女が椅子に座り、私達を待っていた。

 男はその頭上に円錐形の冠を被っていて、教えられずともその男が羅国王なのだと分かった。羅国人の中では細身だったが、一国の主らしく堂々とした雰囲気を纏っている。鼻の下に髭をはやし、それが少し年齢より彼を歳上にみせているが、実際の年齢は二十代後半、といったところだろう。


(隣に座っている女性は、王妃様……?)


 光威国では皇后とはいえ皇帝と並んで座ることはなく、後宮にいつもいて外朝に現れることも滅多にない。思わず珍しく感じてしまい、王妃に注目してしまう。

 王妃は国王とは対照的に小柄だがふくよかで、頬骨が高く、羅国人にありがちな細いつり目をしており、こちらも隣に座る男に負けず劣らず、堂々としていた。

 もしかしたら、国王より歳上かもしれない。


(王妃様がここにいるなら、好都合だな。こちらから会いに行く手間が、省けるから)


 私達のここでの行動は、ある程度羅国に監視されている。この状況で彼らを出し抜くには、内部に何か火種を投下しなければ、動きにくい。

 その投下先に私は王妃を選んでいた。

 使者団長の郎中は顔の前で拳を作り、それを顔の左右に一回ずつ持ち上げた。これが羅国の挨拶らしい。


「羅国王陛下ならびに王妃殿下にお目もじ仕ります。本日は光威国皇太子より、和平会談実現の為の種々の取り決めを仰せつかっております」


 すると羅国王が顎髭を指先で撫でつけながら、口を開いた。


「貴国の皇帝は身罷られたと聞いている。ご冥福をお祈りする」


 郎中の頬が微かに強張る。訃報はやはり既にこの地まで届いていたらしい。

 羅国の言葉は訛りが激しく、少し聞き取りづらかった。単語全部に、濁音をつけているように聞こえる。

 郎中と国王の間で一頻りの挨拶が終わると、王妃が私に興味を示した。


「そちらにいらっしゃるのが、昨年貴国に降臨されたという、軍神様かしら?」


 私は詐欺師になりきり、大きく首を縦に振る。


「はい。どうぞ衛明とお呼び下さい。私がその軍神です」


 国王と王妃の視線はほぼ同時に私の白雷刀に向かった。そして冷や水でも浴びせられたかのように、一瞬で笑みが掻き消える。


「軍神様……。その刀飾りは――?」


 羅国王は太い眉を潜めつつ、私の刀の柄の根本に取りつけられた、青と緑色の羽飾りを凝視している。腕相撲をした時に、勝ったのになぜか将軍が私にくれた物だ。

 将軍の説明によれば、羅国とは長年敵対している、西の烏楼国の将校が刀につける、伝統的な飾りらしい。

 普段はつけていなかったが、この日のためにわざわざ皇宮から持参し、今朝柄に取りつけたのだ。

 これは、火種その一だ。

 私は二人にわざとよく見えるように、羽を掌に乗せ上に向けた。そうして敢えて顔を曇らせ、声の調子を下げる。


「ああ、これですか? 実はここまでの道中、途中で武装した集団に襲われたのですよ」


 隣に控える郎中が息を止めたのが分かる。私が唐突に話し始めた嘘に、虚を突かれたに違いない。だが彼は一応表情は変えず、平静を装ってくれた。交渉を任される立場に抜擢されただけあって、不測の事態や嘘八百には慣れているのだろう。

 郎中の様子を確認してから、作り話を進める。


「彼らが何者なのか皆目見当がつきませんでしたが、幸い追い払うことに成功しました。この羽飾りは倒した男の一人が刀につけておりまして。それを記念に頂戴したのです」


 親指で髭に忙しなく触れながら、羅国王は眉根を寄せた。羽飾りに食いついてくれたのは嬉しいが、これ以上話題にしたくはない。意図的に羽飾りに気づかせたと、ばれたくないからだ。

 私はこの話題を終わらせるために、笑顔で一礼をした。


「妙な妨害には遭いましたが、こうして無事お会いすることができました」


 いまだに息を止めてしまっている状態の郎中は、ここでやっと呼吸を再開した。彼は思い出したかのように、携えていた親書を広げた。

 郎中が怜王の親書を読み上げる。

 初老のしわがれた郎中の声が響き渡る中、怜王が提案した内容に羅国の王と王妃はゆっくりと口角を上げていった。

 その内容は酷く羅国に有利なもので、緩衝地帯の草原の一部を羅国に割譲し、その上光威国が毎年絹や米、酒などを贈り、代わりに羅国は黒豹や熊の毛皮を贈り、互いの資源を交換するというものだった。勿論まだただの叩き台に過ぎず、怜王は正式に締結する気もない。

 親書の終わりには、羅国に対して光威国の公主を定期的に嫁がせ、両国は友好の証として縁戚関係を結びたい、と提案されて締め括られていた。

 これには羅国王も大満足したらしく、謁見はすぐに親書交換の場へと移った。

 親書の交換とは、国家間の考え方の表明をし合う作業に過ぎないが、和平条約締結への前向きな第一歩にあたる。

 和平会談の日取りが三月後と合意に至ると、羅国王は何の悪びれも見せず、笑顔を私達使者団に向けた。


「両国の末長い友好を祝して、今宵の宴にご参加下さい。謙王殿下もお招きしておりますので、殿下も喜ばれましょう」


 いけしゃあしゃあと謙王を賓客呼ばわりする羅国王を前に、私達は怒りを笑って誤魔化すしかなかった。その顔はかなり引きつっていたに違いない。


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