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元宵節②

 香ばしい匂いに釣られて、麻花を買う。縄のように撚った、かりんとうに似た菓子だ。ポリポリと音を立てて齧りつつ、他の屋台も物色する。


「――将軍のお勧め屋台はなんですか?」

「お勧めというわけではありませんが、元宵節では湯圓(タンエン)を食べるのが習わしです」


 将軍がそう言いながら指し示したのは、白玉団子のような物を売る屋台だった。なるほど、同じ物を売る屋台がたくさんあった。


「じゃあ、それを食べましょう」


 私は将軍の返事を待たず、袖を引いて勝手に一緒に並ばせた。

 小ぶりな丼に入った湯圓を受け取ると、屋台の脇で頬張る。柔らかな餅の中には、激熱の餡が入っていた。

 熱くてなかなか食べ進められない私を、とうに完食した将軍は酒を飲みながら黙って待ってくれていた。

 日が沈み始めると、更に冷えた。寒さをどうにかしようと、目についた布の量り売りの屋台に向かう。適度な長さで買い、肩に羽織れば暖かいかもしれない。

 一枚買おうと商品を肩に当て、確かめてみる。


「どうですか? どっちがいいと思いますか?」


 青色のものと、緑色のものを肩に巻きつけて意見を聞いてみる。

 将軍は首を傾けてしばしじっと私を観察した。


「そうですね……、どちらもお似合いですが、こちらの方がお顔色に映えるかと」


 そう言って将軍が差し出してきたのは、薄紅色の布だった。

 助言を受けて羽織ってみると、将軍は満足そうな笑みを見せて大きく頷いた。そしてしばらくすると、一転して不可思議そうに瞬きをし、言った。


「明様はそのような色の衣装を纏うと、何だか女性にも見えますね」


 それは何気なく発せられた一言だったが、心臓が跳ねるほど驚いた。私に向けられる将軍の視線にあせらされる。はしゃぎ過ぎて素の私を出し過ぎてしまったのかもしれない。

 ずっと私が衛明であると騙していたのに、今更女だとバレれば大惨事が待ち受けている。

 薄紅色に適当に難癖をつけ、あえて青色を購入しその場を離れる。


 元宵節の屋台を楽しむ人々は、非日常を味わいたいからか、お面をつけている人々もいた。厳つい男風の物だったり、狐や猫といった動物だったり。ここでは大人も抵抗なくつけるらしく、老若男女の別なくお面を買っているようだった。

 ふと連れを見ると、相変わらずお堅い形相で祭りを眺めている。屋台巡りをしている人の表情として、どうなのだろう。


(将軍も、お面を掛けたらちょっとは弾けてくれるのかな? というか、お面の将軍ってどんな感じになるんだろう)


 これは、見ものかもしれない。

 道ゆく人々のお面姿を見ていると、将軍にもお面をつけてみて欲しくて堪らなくなった。

 私は祭りの高揚感そのままに、お面を一つ購入すると将軍に手渡した。しかも愛らしい白黒の熊猫(パンダ)のお面だ。


「お付き合い下さったお礼に、差し上げます」 


 将軍は少しの間固まったが、ぎこちなく微笑を浮かべると受け取ってくれた。

 私の強烈な期待に満ちた眼差しに気圧されたのか、気乗りしないのか複雑な表情ながらも、お面を顔に当て、紐を頭の後ろで結び始める。


(なんてこと――。将軍が、熊猫(パンダ)に……‼)


 皇宮の兵達を率いる、この国の驃騎将軍が愛くるしい熊猫のお面を被った姿は、破壊力抜群だった。申しわけないけれど、かなり滑稽で間抜けだ。

 その様子がおかしくて耐えきれず、袖で口を隠すが、笑い声がどうしても漏れてしまう。


「将軍――。普段と違い過ぎて、斬新過ぎて。逆に、凄くお似合いで素敵です!」


 将軍は笑われながらも微動だにせず、その恥辱に耐えていた。

 すると突然、私の真横に大きな張りぼての派手な獅子舞が現れ、その大きな口が開いたと思うと、私の頭が食われた。


「ぎゃー、何、いやだ! 何だこれ」


 視界は真っ暗。首回りに獅子の前歯が来ており、まるで動けない。どうやら獅子舞の標的にされてしまったらしい。

 通りすがりの人を誰彼構わず口に入れているようで、まわりの人々は縦笛を吹き鳴らし、食われた私を見て盛り上がっている。

 ようやく獅子が再び口を開けると、私の頭を解放した。その足で踊りながら次なる獲物を探して、雑踏の中へと消えていく。

 急に襲われた私は髪も乱れ、茫然としてしまう。さまよう視線が将軍と合うと、今度は彼が腹を抱えて大笑いしていた。お面は既に外している。


「な、何をそんなに笑ってるんですか!」

「すみません。ですが軍神が魔除けに合うとは、いかがなものかと思いまして」


 しばらく笑いこけてから、やっと真顔になると、将軍はこれで福がつきましたね、などとわざとらしく私を宥める。この将軍は絶対に、不意打ちを食らった私の慌てぶりを笑っただけだと思う。

 むっとしていると将軍はご機嫌とりのつもりなのか、腰を折って少し先の屋台を恭しく指差した。


「それでは私からもお礼を。先ほどから、お金を手巾に包んで持ち歩かれていますが、それではご不便でしょう。巾着を贈らせて下さい」


 将軍は布製品を売る屋台に急ぎ、紺色の巾着を購入した。白い糸で、二羽の舞う鳥の姿が刺繍されている。光威国の人々が、腰帯からぶら下げている巾着だ。

 私も現地の人になじんだ気がして、嬉しくなってしまう。早速腰から下げ、将軍の前でくるりと一周してみる。


「どうです? いい感じですか?」

「よくお似合いです。お可愛らしい」

(か、可愛い……?)


 それは男に対して、言うことだろうか。普通は女に使う形容詞だと思う。

 胸騒ぎがする。将軍に深い意図はないと思いたい。


「――これで私も立派な開京っ子に見えますか?」

「見えますとも。瀛州(えいしゅう)からいらしたことを、忘れます」


 将軍は目を細めて私を見ていた。気のせいか、なんとなく私を見るその目つきに、今までと違う柔らかさを感じる。私が無邪気に振る舞い過ぎて、軍神っぽく見えなくなったのかもしれない。それは良くない。少々焦りながら頭を掻き、かしこまった礼をする。

 手を胸の前で組み、頭を下げる。


「便利なものをありがとうございます。いい思い出になります」


 私が顔を上げると、将軍は至極満足そうに頷いてくれた。


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