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元宵節①

本日、二話目の更新です。ご注意下さい。

 元宵節は新年を祝う締めくくりの日で、この日ばかりは宮門が夜中も開かれ、皇宮で働く者達も街中の祭りに繰り出すことが許された。


 この日の乗馬訓練が終わると、将軍はいつもと違う行動をとった。

 珍しく禁軍の詰所には行かず、いそいそと宮門の方角へ向かったのだ。おまけに見慣れない大きな籠を背負っている。

 なんだあれ。

 皇宮の石畳の上に一面に積もった白い雪道に、将軍の足跡が点々と残されていく。試しに上から踏んでみると、私の足は笑ってしまうほど、中にすっぽりと入ってしまう。それに歩幅が大きすぎて、飛び跳ねないと足跡を辿れない。

 宮門に向かっているということは、将軍はもしや祭りに行くのだろうか? 誰かと待ち合わせをしているのかもしれない。


(もしかして恋人がいるのかな? この二か月、遊んでいる様子は皆無だったけど)


 不死身将軍と付き合う女性とは、どんな人なのだろう。

 しかもあの籠はなんだろう。


(まさか一人でお祭りに行くとか? ちょっとつけてやろうじゃないの)


 既に乗馬訓練でへとへとなので、この後は部屋でゆっくりしようと思っていたが、予定変更だ。

 将軍は早足で宮門から出た。

 街中はたくさんの赤い灯籠が飾られ、遠くの通りまで星のように無数に輝いている。

 通りに沿って屋台が軒を連ね、辻では楽器が打ち鳴らされて、揃いの衣装に身を包んだ子ども達が、音楽に合わせて踊っていて微笑ましい。

 家の中に籠もっている人は誰もいないのではないか。そう思えるほど、通りには人々が溢れていた。

 雑踏の中をずんずんと進んでいく将軍をなんとか見失うまいと、懸命に追う。

 やがて将軍は細い路地に入ると、背負った籠を下ろした。中から何やら取り出し、路地裏を歩いては時折出会う子ども達に手渡していく。

 彼は道端に座り込んでいる子どもを探し出しては、声を掛けていた。


(あれは、飴細工? なんでそんなものを配ってるんだろう?)


 将軍は薄汚い服の子――おそらくは浮浪児だけに声かけをしているようだった。串に刺さった色とりどりの動物の形をした飴を、一つずつ配って歩いている。

 その意外すぎる姿に、驚きながらも尾行をやめられない。人出で雪が解けた大通りとは違い、まだ雪深い脇道を進む。

 そこかしこで銅羅の音が響き、屋台の売り子達が呼び込みの声を上げている。食べ物を手に頬張りながら歩く若者の集団が、大笑いしながらすぐ傍を通り過ぎる。周囲の音は次第に、私の耳に入ってこなくなった。私はただ、明らかに普段と違う将軍の背中を追うのに必死だった。

 寒いので私が途中で酒を買い、ちびちびと飲んで体を内側から温める一方で、将軍は一切飲み食いしなかった。

 ただ何本もの通りをそうして歩き、ひたすら子どもに飴を配り続けた。


 半刻は経っただろうか。後を追う私の指先や耳が、すっかり冷えて久しい。やがて将軍が最後の飴を配り終え、籠を軽そうに背負い直した頃。

 私は彼の前に歩いて行き、屋台で買った梅酒を無言で差し出した。


「お疲れ様です。一杯、いかがですか?」


 将軍が目をいっぱいまで見開き、動揺を露わに口を開く。その声は掠れていた。


「なぜこちらに? まさか……厩舎からずっと私の後をつけてこられたのですか?」


 すみません、と詫びると将軍はそれ以上何も言わなかった。代わりに梅酒の竹杯を受け取り、歩きながら飲みだす。

 しばらく言葉なく一緒に歩いていたが、やがて私は切り出した。


「貧しい子ども達に、どうして飴細工を配り歩いていたんですか?」


 将軍はすぐには答えなかった。やがて残りの梅酒を飲み干すと、重そうな口を開いた。


「私の家は、名門と言われていたのですが、父が横領の罪を問われて収監された時期がありました」


 思わぬ話になり、目を瞬く。聞いてはいけない話だっただろうか。

 隣を歩く将軍を見上げると、彼は続けた。

 将軍の父は濡れ衣を着せられたのだが、一家は財産を没収され困窮した。


「最悪だったのは、落雷で屋敷が炎上し、焼失したことです」


 将軍は投げやりに笑い、私に問いかけた。どこか険のあるその双眸に、身構える。


「白雷刀の所有者なら、お分かりになりますか? 雷はなぜ我が家を狙い撃ちに?」


 答えようもないが、将軍自身も答えを期待していなかった。自嘲気味に笑うと、続ける。

 将軍の母は生きる為に屋台で(ちまき)を売り始めた。

 ある元宵節の夜。将軍は母と飴細工を売っていた。

 その屋台に偶然立ち寄ったのが、お忍びで来ていた当時の皇太子――現在の皇帝だった。

 皇太子は宇文家の現状を知らなかった。そして擦り切れた衣を纏い、屋台で飴を売る将軍と彼の母の荒れた手を見て、少しの間その場に立ち尽くしていた。

 皇太子は飴細工を買わなかった。だがその代わり、将軍と母に事件の再捜査を約束した。そして皇帝の座につくと、約束通り横領事件の再捜査を自ら指揮をとって開始した。


「父の無罪は証明され、宇文家に名誉と財産が戻ったのです。――皇帝陛下は私にとって、恩人なのです」

「そんなことがあったんですね……。では飴細工は大恩を忘れないために?」

「それもありますが、このめでたい日に何も手に入れられないというのは、本当に辛いのです。私も屋台の食べ物を指をくわえて見ていましたから」 


 将軍は善意から元宵節に飴細工を施しているのだ。でも皮肉にもそれは大晦日に謙王が行っている、炊き出しに似ている。

 私がそれを伝えると、将軍はただ小さく首を左右に振った。


「最近あの殿下と親しくされているようですね。ですが、私にとっては陛下が怜王を皇太子にと望まれるのなら、謙王は敵でしかないのです」


 棒で支える長い龍の紙模型を、数人がかりの男達が銅羅の音に合わせて動かしながらすぐ先を通り過ぎていく。反対側からは、楽器隊を引き連れた獅子舞が練り歩いてくる。近くにいる人の頭を誰彼構わず大きく開いた口に入れ、そのたび周囲の観客達が盛り上がる。

 皆が賑やかに祭りを満喫しているにも関わらず、私達の気持ちはとてもしんみりとして、沈んでしまった。

 将軍は心境とは恐らくまるで別世界の祭りの様子を目で追いつつ、私に話しかけた。


「皇宮に戻りましょうか」


 私はその場を動かず、屋台の明かりに目を奪われていた。

 この光威国に来てから二ヶ月が過ぎた。毎日が必死過ぎて、気づけばこの世界で年が明けたのだ。とてもお祝いどころではなかったのは、私も同じだ。 


「明様。戻りましょう」


 再度呼びかけられ、やっと将軍と目を合わせる。


「将軍、もう少しここにいませんか? さっき、お祝いを体験できないのは辛いことだと仰ったではないですか。――だったら私達もお祝いを味わいましょう!」


 将軍は自分が楽しむことは露ほども考えていなかったのか、呆気に取られている。そしてそれは私も同じで、部屋に帰るなんて、勿体ないと気づかされる。


「私もせっかくの元宵節ですから、楽しみたいです!」


 引きつけられるように食べ物を売る屋台へ向かう。

 将軍はここに不慣れな私を置いて帰るのはできないと思ったのか、渋々といった様子ながらしっかりと私から視線を離さず、ついてきてくれた。


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