決死の逃亡『魔獣の群』
--決死の逃亡『魔獣の群』--
あらすじ:ジジイに村の外に叩き落された。
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村を護る石垣から落とされたオレを見つめる、無数の魔獣たちの目。荒れた畑を埋め尽くすような、おびただしい数の魔獣の群れ。百や二百じゃ済まないような数がいやがる。
森の大氾濫。
理由も解らず数百年に1度起こるらしいが、こんな辺境の小さな村にもたくさんの数が集まっている。結界と石垣が突破されればオレの小さな村なんて一瞬で壊滅するだろう。
対してオレの装備は村人のシャツに英雄のパンツ六角形の荒縄。
「チクショウ!荒縄くらい解いておいてくれよ!」
脚は自由だから逃げる事はできる。だが上半身は不自由なままだから普段と同じ速さで逃げる事はできない。
「もっと前に出て、できるだけ魔獣を集めて『爆宴の彷徨者』を使うんだ!」
オレを石垣から蹴り落した張本人が叫ぶ。
「知るか!オレに何ができるって言うんだよ!?」
オレの背の倍ほどもある石垣の上に、村長のジジイをはじめ村人たちが立っていて、安全な場所から面白い余興でも見るかのように見下ろしていやがる。シャツに女物のパンツの下半身丸出しで荒縄で縛られていれば当然か。
心配していそうなヤツは1人も居ない。いや、嗤っているヤツは見える。
「手も使えないで、どうやって魔獣を集めろって言うんだよ!」
怒鳴り返すが、このまま逃げても、すぐに魔獣に追いつかれて喰われてしまう。せめて何か武器や防具があれば…いや、使い方なんて知らんけど。
突然落ちてきたオレにびっくりしていた魔獣たちも、落ち着きを取り戻して舌なめずりを始めている。どう考えたって、オレが美味しそうな餌にしか見えてないだろうな。
じりじりと魔獣たちは近寄って来る。
背後には突き落とされたばかりの石垣がある。村の門までは行くにはちょっとばかり遠いから、辿り着くのはキツそうだ。もっとも逃げ回って門までたどり着けたとしても魔獣に追われているオレを村に迎い入れてくれそうな優しい奴はいないかも知れない。
オレが突き落とされるのを嗤って見物しているようなヤツ等だ。門まで辿り着けたとしても入れてくれるワケがねぇ。
万事休すだ。
1匹の魔獣がオレに向かって駆け始めると、2匹3匹と続いてくる。ヤツ等の後ろには数えきれないほどの魔獣が居るはずだ。
「チンタラしてんなよ!しっかり魔獣を集めろ!」
「集めてどうするって言うんだよ!?」
右からも左からも魔獣が迫っている。
「石垣から離れるんだ!お前の『爆宴の彷徨者』で村を巻き込むんじゃないぞ!」
「勝手な事を言うなよ!」
石垣から離れれば後ろからも魔獣が飛びついて来てしまう。
だが、逃げる算段なんて考える暇もなく魔獣が目前に迫り、最初の魔獣がオレに飛び掛かって来た。反射的に魔獣の居ない方へと体を滑り込ませるが、続く魔獣の第2陣、後ろから第3陣と続々と押し寄せてきやがる。
反射的に空いている方を見つけて走る。
逃げ場を探している暇はない。選択をしている暇なんてない。次の事なんて考えずに走るしかないんだ。
とびかかって来る魔獣を身をねじって躱し、大地が見える方へ空が見える方へ空白がある方へと無我夢中で走る。
「右だ!右へ行け!」
「いや、左の方が魔獣が多いぞ!」
「死ねばいいのに。」
村からヤジが飛ぶ。右だ左だと言われても飛び掛かって来る魔獣で何も見えない。地面が見えたかと思えば空が見える。ちゃんと前を向いているかさえ怪しい。
あるいは、ヤツ等は魔獣を応援して指示しているのかもしれない。魔獣に指示してオレを食わせようとしているに違いない。
惜しいと叫ばれた声は、魔獣を避け切れなかったオレに対して言われた言葉なのか、オレが魔獣に喰われなかったことが惜しかったのか。
せめて前者だったと思いたい。
息が上がる。
魔獣の牙がオレを食いそこなって荒縄を切り裂く。オレの右腕から血が流れる。だが、体を縛り付けていた縄が緩んで体が解放されたのだ。もう少し逃げ続けられそうだ。
魔獣の頭を押さえ付けてて、蹴り飛ばして逃げる。
背中を踏み台にして上に逃げる事も有れば、股の間を転がって逃げる事もある。
とにかく、生き延びれるように必死に逃げる。
動きを止めずに走り回っていると次第に村の方からの野次が遠くなっている。今は村のヤツ等の声なんて聞こえない方が良い。飛んでくるヤジはオレを殺したがっている様に良しか聞こえない。
魔獣の爪がオレの足を引き裂いてオレの肩をえぐり取って行く。オレを切り裂いて服がどんどん剥ぎ取られていく。
おかしなことにパンツは無事だ。
食いつかれても切り裂かれても、破れる気配がない。さすが英雄のパンツだ。使われることが無かったJrだけは安全に守ることができている。
荒縄が解かれ、血まみれの服が剥ぎ取られて、女物のパンツ一丁で血まみれになりながら暴走する魔獣の群れの中を走り抜ける。
村を追い出され戻る事も出来ない。こうなったら魔獣の群れを越えて森の木の上にでも逃げるしかない。
覚悟を決めて次の魔獣を避けるために右足に力を込める。
ガブリ。
背後から追いかけてきた魔獣がオレが力を込めた右足に噛みつく。
ドサリ。
力を込めていた右足を失ってオレの体が大地に落ちる。
右から来ていた魔獣が右腕を、左から来ていた魔獣が左腕を、それぞれ喰いちぎる。
次から次へと魔獣がオレの体にのしかかる。
魔獣の体が重なって空が見えなくなる。
チクショウ!
こんな場所で、嫁とイチャラブもすることも無く死ぬのは嫌だ!
チクショウ!
村から追い出されて、独りぼっちで死ぬのは嫌だ!
チクショウ!チクショウ!チクショウ!
体が食いちぎられ頭が真っ白になった時、やっと『ギフト』の事を思い出した。
今まで首輪のせいで使えなかった『ギフト』。
オレを苦しめてきた『ギフト』。
英雄の『爆宴の彷徨者』
最後の力を振り絞って『爆宴の彷徨者』を発動させる。
簡単だった。
願うだけだった。
願っただけで『爆宴の彷徨者』が発動されたのが判った。
周りの魔獣を巻き込んで、憎たらしい魔獣を巻き込んで、オレの体も全部ぜんぶ巻き込んで。
全てが白く消えて行った。
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次回:黄色い『悲鳴』