第五章:もしも、主人公が奴隷商人に会わなかったら。
--第五章:もしも、主人公が奴隷商人に会わなかったら。--
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オレはパンツ1枚で荒野をさ迷い歩いていた。
ぺんぺん草も生えねぇ大地を太陽が焼いて行く。魔法を使っても水がちょろっとしか生成されないんだ。地面に染みているハズの地下水脈さえ枯れているらしい。
『爆宴の彷徨者』を使って移動しても良いのだが、海も広かったし森も広かった人間が住んでいる場所なんて所詮、一握りしかないのだ。限界まで歩いてみてからでも良いだろう。
どうせオレには目的地なんて無いからな。
べ、別に間違って魔女の森に転移したくないからじゃねぇぞ!
森でも、そして海でも死にそうになったんだ。間違って空の上になんか出て見ろ、死んでしまうに決まっている。
他に考えられるのは魔獣の鼻先に転移してしまうとかな。森で目覚めたらイッサラに襲われそうになっていた事もあるんだ。気が付かないうちに喰われていたら死んでいたかもしれない。
いくら『爆宴の彷徨者』だって万能ってわけじゃなさそうだ。
今までだってオレが意識するまでは発動していない。寝ていたり、気を失っている間に死んでしまえば『爆宴の彷徨者』を発動させる前にオレは死ぬだろう。
英雄のようにリスポーンのマクラが手に入って、安全な場所に転移できると確信するまでは『爆宴の彷徨者』は最後の手段だ。
それにしても喉が渇いた。
50歩ほど歩くたびに水の魔法を使うが、ぜんぜん喉が潤わない。
ああ、意識が少し朦朧として来たのか向こうに陽炎のような街が見える。行商人が言っていた蜃気楼というやつなのかな。信じて歩いていても全然街にたどり着けないって言っていたっけ。
だが、オレにはどこへ行く当てもないから、もう少し歩いて、ダメだったら『爆宴の彷徨者』を使えば良いんじゃないか。『爆宴の彷徨者』を使えば喉の渇きも癒えるだろう。
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なんて事を、種を植える前の季節に考えていた事があったっけ。
あの後、すぐに村が見つかりオレは助けを求めた。
最初はパンツと首輪しか付けていないオレを訝しがっていた荒野の村の連中も「狂騒の魔女に捕まって命からがら逃げてきたんだ。」と言うオレの言葉を信じて受け入れてくれた。
いや、嘘じゃねぇだろ?森で出会った魔女の畑で死にそうな目に遭ったんだ。
オレのリアリティ溢れる魔女の拷問と、パンツと首輪がタマシイでできている事を語ったら、ヤツらはコロッと信じてくれた。まぁ、本当にあった話を少々改竄しているがな。だって、Jrを鳥の羽でいじめられて、あげくに漏らしたなんて、絶対に知られたくないんだからしょうがない。
ありがたいことに嘘を吐いても魔女の首輪もパンツの男も静かなままだった。オレに興味を無くしたのかもしれない。あるいは他の考えがあったのかもしれないが、まぁ、魔女の考える事なんて想像するだけ無駄ってモノだ。
街を壊滅させるヤツの心なんて解かる訳がない。
荒野の村のヤツ等も、手放しでオレを受け入れてくれたわけじゃない。この土地は水が少ないから畑の実りが少ない。少し前に逃げ出した家族が居て、そいつらの畑が荒れる前に人手が欲しかったのだそうだ。
少しでも手入れを怠ると、もう一度実らせることができるようになるまで数年かかってしまうんだそうだ。
畑を死なせてしまうくらいなら、誰かに管理して欲しかったそうだ。
オレにとっても渡りに船だ。家も畑もありがたく頂戴して、村のヤツ等にアドバイスを受けながら畑を耕した。オレは魔女に着けられた首輪のせいで『ギフト』が使えなくなっているって設定だから、村のヤツ等も憐れんで助けてくれた。オレの居た村よりも、ぜんぜん優しいぜ。
なにより、オレの事を手伝いに来てくれる女の子が居るんだ。名前はシニル。オレの事を気にかけてくれて、ちょいちょい差し入れなんかを持ってきてくれる11歳の女の子だ。
コピットよりも年上なのに、オレを嫌がらずに相手をしてくれる。天使様が居るならシニルこそ天子様だろう。ああ、コピットは女神様な。
今日はオレの畑で初めての収穫があった。いつも世話になっているシニルにもおすそ分けを持って行ってやるのだ。
自分が育てたモノを食べてもらうのって良いよな。苦労した分、自分が作った野菜が一番うまい。シニルが居てくれたからオレも頑張れたし、おすそ分けは普段のお礼であって下心があるワケじゃねぇんだぜ。まぁ、シニルがどうしてもって言うなら考えてやらなくも無いんだが。
そう思って、シニルの家の前に着た。
「ところで、あのヨソモノの様子はどうなんだ?」
「たまにシニルに見に行かせているが、今のところ真面目に働いているようだな。」
シニルの家の中から声が聞こえた。たぶん、この村の村長とシニルの父親だろう。まだオレの事をヨソモノと言っているのを聞いてオレは少し寂しく思った。
「あの話、本当だと思うか?」
「魔女にさらわれたって話だろ?嘘に決まっている。狂想の魔女にさらわれて生きていられるわけが無いだろ。大方、どこかの奴隷が逃げ出して嘘を言っているに違いない。」
「まぁな、首輪がタマシイでできているって言われても本物かどうか確かめようも無いよな。」
「まぁ、魔女に狙われているなら丁度良いだろう。収穫が終わったら奴隷商に売って、もっと働けそうなヤツを入れよう。『ギフト』が使えないヤツを養っていても意味はあるまい。」
「そうだな。本当に魔女と繋がりがあるなら、オレ達の本業の方にも支障が出そうだしな。」
「早く売っちゃってよ、あんなヤツ。私の事をいやらしい目で見るのよ。気持ち悪いったらありゃしない。」
突然、男たちの声の中に女の子の声が混じる。
「シニルをか?おいおい、まだ子供だろう?ロリコンか!?」
「子供じゃないわよ!失礼ね!それだけ私に魅力があるって事だろうけど、『ギフト』も使えない男に好まれたって嬉しくもなんともないのよ。」
バサリ。
シニルの言葉にオレは呆然として収穫したばかりの野菜を取り落してしまった。
「誰かいるのか!?」
シニルの父親が叫ぶと同時にドアを開ける。
「フン。ヨソモノか。どこから聞いていたが知らねぇが、ちょうどいい。オマエの畑はオレ達がしっかりと収穫しておいてやるぜ。」
「やっちゃえ!パパ!!」
大きな曲刀がオレを襲う。間一髪で避ける事が出来たが動きが素人のモノじゃない。
「まぁ、聞いていたとは思うが、この村は盗賊の村なんでね。旅人は身ぐるみ剥いで奴隷商に売るんだよ。オマエは高く売れそうにないのが残念だ。」
シニルの父親が曲刀を舐めながら、あざ笑うかのようにオレを見下す。
その時になってやっと、オレは状況を飲み込むことができた。この村は盗賊団の村で、オレは良いように使われて、そして、使い終わったらゴミを捨てるかのようにオレを奴隷商に売るのだという事を。
チクショウ!シニルが優しくしてくれていたのも、オレに気があるんじゃなくて、単に奴隷が働いているか見張っているだけだったんだ。奴隷が逃げないように見張っているだけだったんだ。
チクショウ!オレの、オレの嫁になるんだと、ずっと思っていたのに!!!
ピー!
村長が笛を鳴らすと、周りの家から村人が出てくる。その手にはシニルの父親が持つのと同じような曲刀を持っている。
絶体絶命。
普通のヤツならそうだが、オレには切り札がある。
シニルが嫁にならないなら、こんな村には用がない。オレの命を奪うというならオレはオレで対抗させてもらうだけだ。
アバヨ。オレの小さな恋心。
オレは涙と共に『爆宴の彷徨者』を使った。
その後、オレは人間の村に近づくことは無かった。
アバヨ。小さな恋心 END
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アバヨ、オレの小さな恋心
「だ~!マネするんじゃねぇ!!」
いや、カッコイイよ。うん。
「当たり前だろ、元が良いんだから。」
いや、元が良ければ、もう少しシニルとイチャイチャできていたと思うんだけど(名推理)
「なんだよ、オレのせいだって言うのかよ?」
いや、本当はもっとイチャイチャさせるつもりだったんだけど、シニルが嫌がったからね。残念だね。シニルとイチャイチャしている所を、パパンにコロコロされる予定だったのに。
「イチャイチャすると殺されるのかよ!?」
盗賊の村だから当たり前だよ。ちなみにシニルのパパンが本当の盗賊の親玉で、村長はカモフラージュだったりする。親分の娘を誑かそうとすれば当然、死に至る。
「誑かすなんて人聞きが悪い。オレはちゃんと一歩ずつ手順を踏むつもりだったんだぞ!」
年齢をすっぽかしてか?ロリコン。
「オレはロリコンじゃねぇ!」
もうひとつ裏設定を言えば、本編の奴隷商以外の商人をコロコロして、奴隷商が商売を独占できるようにしていたとか、元々犯罪者の集団で勝手に住み着いているとかあったんだけど、さすがに乗せられなかった。
…ずいぶん物騒な村だったんだな。
『ギフト』があるのに実りの少ない場所に住んでいる連中だよ。それくらいのエピソードが無いと、こんな場所に住むワケないじゃん。
…寝首をかかれなくて本当に良かった…。




