第四章:もしも、主人公が木の実を諦めていたら。
--第四章:もしも、主人公が木の実を諦めていたら。--
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狂想の魔女に目を付けられてしまった。
もう終わりだ。
昔話で聞いたことが無いヤツなんて居ないだろう。
その魔女がねり歩くと魔獣、魔物の人形が狂喜乱舞して街を何個か潰して歩いたと言う。
その魔女の人形に男どもが弄ばれて、村がまるごと男と女に分かれての戦争が起こったと聞く。
その魔女が通った村から人間が居なくなったなんて話は両の手で数えきれない。
その悪名は高く、子供の頃に悪さをすれば必ず『狂想の魔女が来る』と言われて育った。
オレなんて小さな存在はあの魔女にかかれば一ひねりで塵になるだろう。
幸いなことにここは海で、魔女は声と…首輪でしか干渉できないらしい。海辺で体が動かなくなった時は驚いたが、逆に海に近づかなきゃ死ぬことも無いだろう。人に会ったら恥ずかしい事を吹聴されそうだが…。
それより、何か食いモノを探そう。高い所に木の実が生っているが登るには骨が折れそうだ。元気な時ならともかく、今は早急に何かを口に入れて腹を満たしたい。木の下の物を探そう。
砂浜と森の間には何やら食えそうな草もある。イクズラに似ているから食べられるのかもしれない。だいたい、似たような葉は食えるんだ。ついでに、腐った倒木の皮を剥がしてみると、そこには丸々と太った幼虫も居る。
ふん。ちっとばかり少ないが、簡単に食べ物が手に入るじゃないか。
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砂浜に大きな葉を重ねて小さな水たまりを作ると、隣に作った焚火に入れた石を木の棒を使って投げ入れる。焼けた石が塩水を焦がしてジュワっと音がすると瞬く間に冷たい水が沸騰する。中にはイクズラの葉と幼虫が入っている。
最初の頃は鍋が無く苦労した。魔法で水球を作って焚火の上に浮かべ続けるなんて魔力の消費が激しい事をしていたのだが、焼けた石を使う画期的な方法を思いついてからは、途中で疲れて生煮えの状態で食べるという事が無くなった。
スープを煮立たせている間に、焚火をどかして砂を掘る。中には大きな葉で包まれたガトウイモが埋まっている。砂浜には面白い形の流木がたくさんあって、平らな板が簡単に手に入るから、火傷をしないで砂を掘ることができるのだ。
木に刺して焼いて中まで火が通っていなかったり、砂が冷えるまで待って冷たくなったイモをかじる事も無くなった。熱いイモが食いたくて土の魔法で四苦八苦していた頃が懐かしい。
土の魔法で焼けた砂を移動させるのに疲れた時に、砂の魔法でイモの下の砂を操った時は、オレは天才だと思ったものだが、結局、板を使って掘る方が疲れなくて済む。
当時は魔法の消費が激しすぎて1日に何度も疲れて倒れていたんだ。
オレは今日、20日ほど住んでいた砂浜を出ようと思っている。
最初の2.3日は声をかけてきた魔女も諦めたのか最近は声を聴かない。パンツも黙ったままだ。オレはヤツ等から解放されて好きなように生活することができていた。
イモが見つかったのが大きい。メシに困ることが無くなった。
だが、鍋もナイフも無い生活は不便極まる。魔法か木の枝か石か。それくらいしか使えるものが無いのだ。20日の間に人の影を見る事は無かったから、人の居る集落を探しに行こうと思う。
何か便利な道具を分けてもらえれば良いのだが…。
べ、別に人恋しくて誰かに会いたいとかじゃねぇんだからな!
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そろそろ冬になる季節のハズだが、寒くなる気配が無い。
暖かいのは良いことだ。雪かきをする必要が無いし、暖を取る薪を集める苦労も無いからな。この程度の寒さならこの間、ワナにかかった魔獣の毛皮で十分に暖をとれる。
砂浜伝いに歩き回ったが、どうやらここは島らしい。人間を探して10日目にいつも焚火をしていた場所に戻って来た時には愕然としたものだ。あれから、島のあちこちを歩き回ったり中央の山に登ったりしてみたが人の気配は感じられなかった。
昔話に出てきた無人島、という物だと思う。
まぁ、人が居ないなら魔女の言うオレの恥ずかしい事を言いふらす作戦は使えないわけで、オレは晴れて自由になったという事だ。
泣いてなんてないからな!
人間は見つけられなかったが、代わりに赤い砂を手に入れた。コイツには鉄が混じっている。土の魔法で精錬してやると鉄を取り出す事が出来たのだ。少し柔らかい鉄だがオレは道具に不便することが無くなった。ナイフが作れれば木の皿だって深いスープボウルだって作れるのだ。
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シトウケの星が同じ場所に戻ってきた。つまり、1年が過ぎたという事らしい。
鉄が作れたので、家を作った。
ナイフを作れるんだから斧だって作れるよな。釘だって作れる。槍を作って魚を獲る事も覚えたし、肉も喰える。蛇の肉は美味いんだよ。
オレは大工じゃねぇから見よう見まねで作ったが、なかなかいい出来だと思う。
ココが玄関で、ここがリビング。オレの部屋だってあるし、ベッドも大きい物を作った。
万が一でも女の子が来る事があるかもしれない。
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オレの髪に白い物が混じり始めた。
あれから何年経ったのだろうか。
イモの栽培に成功し、食料に困る事は無くなっていた。この島の暖かい気候で1年中イモを栽培できるのだから植える季節を考える事も、飢える心配もしなくて済んだ。
元々が農民だからな。オヤジの手伝いをしていたから畑仕事で苦労する事は無い。
だが、結局は嫁が浜に流れ着いてくるようなことは無かった。
浜には色々な物が打ち上げられてくる。大きな魚だったり、財宝の入った箱だったり。どこかの船が難破でもしたのだろうか?オレは大金持ちになったんだ。金に困る事は無くなった。
もっとも、この島では金を使う相手なんて居ないんだがな。
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オレの髪が真っ白になった。
最近、『爆宴の彷徨者』を使うかどうか迷っている。
誰でも良い。声が聴きたい。
だが、オレは迷っている。人がオレを受け入れてくれるのか?
もう一度、パンツ1枚から始められるのか?
『爆宴の彷徨者』を使えばオレはこの島で作ってきたすべてを捨てなければならない。
便利な道具も、住み心地の良い家も、大きくなった畑も。そして、流れてきた財宝も。
筋肉も衰えて、しわくちゃになって、何も持たないオレを受け入れてくれる人が居るのだろうか?
オレが街に入った途端、人はオレを拒絶するかも知れない。
ずっと独りでいたオレが人間と会話をすることができるのか?
それでも、オレは人の声が聴きたい。
『爆宴の彷徨者』を使うか迷っている。
孤独な老人END
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魔法って便利。
「そうだな。鉄まで作れるとは思わなかったぜ。」
もともと、ここの魔法は『武器屋の勇者様』の世界の魔法と共通だから大したことはできないはずだけど。まぁ、あの時から鉄の精錬に魔法を使える設定だからね。
「塩の結晶が作れるなら、鉄の抽出もできるんじゃねぇってアレか?」
そうそう、四元素魔法にした時に使い勝手の悪かった土魔法を活用しようとして、塩魔法なんて作ったんだけど、思った以上に便利だった。まぁ、元は転生した人間が生活できるようにするための魔法だからね。塩は生きるのに必要だよね。
「嫁も魔法で作れないのか?人間の営みには必要だと思うんだが。」
嫁はオマエの人生に含まれていません。
「オレはイチャイチャしたいんだよ!」




