第二章:もしも、転移したのが誰かの家だったら。
--第二章:もしも、転移したのが誰かの家だったら。--
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ちゅん。ちゅん。ちゅん。
気怠いまどろみの中、鳥の声が聞こえる。
ベッドの中のオレの顔に明るい日差しが差し込んできて温かい。
嫌に暖かい。オレの布団ってこんなに気持ち良かっただろうか?どうしてか半裸になっているみたいだが肌に触れる布地がサラサラして気持ちがいい。
まぁ、いいや、気持ち良いのだからこのまま、もうひと眠りしてしまおう。パンツ1枚しか穿いていないようだがオレの部屋にいる分には気にしなくて良いだろう。
オレがいつも起きるのは夜が明ける前の暗い時間だからな。こんなに明るいって事は完全に寝坊しているか、あるいは仕事が終わって二度寝したかのどちらかだ。寝坊していたのならオヤジがゲンコツで起こしに来ているハズだから、仕事が終わって二度寝しているのだろう。
間違いない。
オレがそう決めて寝返りをうつと、オレの隣から抱きつくように手が絡みついてきた。
あれ?オレってば結婚したっけ?誰かといっしょに寝るなんて小さなころに「寝小便するような子とは一緒に寝れません。」とオフクロに言われて以来だぞ。あれ以来、誰かといっしょに寝た事なんてないんだ。
もしかして夢でも見ているのだろうか?村中の女から嫌われていたから、オレの所に嫁に来る、いや、オレといっしょに寝てくれるヤツなんて居ないはずだ。
まぁ、夢なら夢でこの腕の温もりを堪能しようじゃないか。
オレの素肌を抱きしめてくる腕にそっと手を添えると、ちょっとゴツゴツしている。働き者の女の子なのかな。女の割には指が節くれだっていて、毛深い。
ああ、夢でも顔ぐらいは見ておきたいよな。コピットのような華奢な肢体じゃなさそうだが、可愛い娘だと良いよな。もしかすると、い、いっしょのふ、布団だし、キ、キスとかできるくらい近いかも知れないぞ。
さりげない風を装って相手を起こさないように気を付けながらオレは再度、寝返りをうつ。寝返りをうった拍子に目がバッチリと合うなんて事になったら恥ずかしいから目は閉じたままだ。
成功。しばらく経ったが、娘が起きた気配はない。よし。今度は目を開けるぞ。開けちゃうぞ!期待を込めて目を開けると、そこには優男が眠っていた。
慌てて、優男の腕から逃げようとするが、優男の腕はオレを捕まえて離さない。
「う~ん。クズラ。行かないでおくれよ。」
いや、オレはクズラなんて名前じゃねぇし、男と寝る趣味なんてねぇんだよ!優男の細い腕がオレの体を捕まえて離さない。なんでこいつは昼間っから全裸で寝ているんだ?硬くて熱いモノがオレのフトモモに当たっているんだよ。
いや、顔がちけぇんだよ!唇を尖らせるんじゃねぇ!
あ、いや、ちかい。近い!近い!近いんだよ!
ぶちゅ。
舌を入れるんじゃねぇ!
優男はオレの口の中を蹂躙した後に、ゆっくりと目を開いた。
優男とオレの口の間にかかる一筋の光る唾液。
目いっぱい開かれる優男の瞳。
いや、オレなんてハジメテだったんだゾ。
「なんなんだ!?君は。どうやって入ってきた!!?」
優男は全裸のまま立ち上がるとオレに向かって尋ねてくる。何も身に着けていないカラダの真ん中にぶら下がっているモノはオレのより大きくて元気だった。チクショウ!
「いや、オレだって知らねぇよ!」
オレだってどうしてこんな場所にいるかなんて知らねぇ。記憶を辿れば、うっすらとジジイに石垣から突き落とされたことだけが思い起こされる。
「オレがイイサヨォ家の三男と知っての狼藉か?」
「知るかよ!だいたい、ココがどこかだって判ってねぇんだ!」
オレが他人の家に入り込んでしまっている、という事だけは解る。ココはどう見てもオレの家には見えないし、ベッドだって上質すぎる。ファーストキスを奪われたのはオレだが、どう考えたってオレが泥棒に入ったと思われるに決まっている。
手近な窓から逃げようと開けると、そこには地面が無かった。この部屋は2階に有るらしい。窓の上に優男の服らしいものがひらひらと舞っている。
「どこに逃げようと言うんだい?」
優男が股間をいきり立たせながらオレを睨んでくる。口元は逃げ場を見つけられなかったオレを嗤うかのように歪んでいる。
チクショウ!2階だって構うものか!村で煙突の掃除をやらされた時にはもっと高い場所から落ちたじゃねぇか!あれに比べれば大した高さじゃねぇ!オレは真下に出っ張っている庇に向かって体を窓から投げ出した。
幸い、狭い路地だから向こうの家の壁との間に手をついて体が地面に落ちるのを防ぐことができる。手がレンガにこすれて痛いのは治癒の魔法をかけて無理やり誤魔化す。
「あ!おい!待て!!ホンネン!変なガキがオレの部屋に侵入した!捕まえろ!!」
男は落ちて行ったオレを見て窓から身をひるがえすと、部屋の中に戻って行った。マズイ。中に他にも人間が居るみたいだ。さっさと逃げないと追手が来てしまう。
ずり落ちながらオレは庇に足をかけると、今度はオレの重みに耐えられなかった庇が壊れていく。チクショウ!地面にしたたか背中を打ってしまったが、治癒の魔法でもう一度誤魔化す。
とにかく逃げないと!
駆け抜ける狭い路地に光が差し込んでくる。
あそこを抜ければ一気に逃げやすくなる。
勢いよく路地を駆け抜けたら、そこは大きな通りがあった。村では見られないような人数の人間が荷物を持って歩いている。行き交う人々に混じって何台もの馬車も通り過ぎていく。あちらこちらに屋台が出ていて良い匂いを漂わせている。
そして、そこにいる人々からの注目を一斉に浴びるオレ。
パンツ1枚しか穿いていないオレ。
突き刺さるような視線とは裏腹に、オレの肌を優しい風が撫でる。まるで裸でいる事を再認識させるかのように。
「変態だ!変態がいるぞ!」
「パンツ1枚の変態だ!」
「シミが付いているぞ!」
凍り付いた時間が動き出すと、たちまち大通りが大騒ぎになる。
チクショウ!シーツくらい盗んでくれば良かったぜ!
オレは踵を返すと、元来た路地へ走り出す。大通りに居るような数の人間を相手に逃げおおせるなんてできやしねぇ!
ドゴス!
「ふん。捕まえたぞ。オレに恥をかかせてくれた礼をたっぷりとしてやろう。」
丸太のような腕に殴られてオレは鼻血を出しながら狭い路地に叩きつけられた。優男の隣には丸太のような腕を持った男が平然と立っていた。
大通りの大勢の人間が見守る中、丸太のようなしこたま殴られてオレは気を失った。
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「ほらズク、『お手』だよ。」
四つん這いになったままオレは優男の靴のつま先に手を添える。
「次は、『お代わり』。」
反対の手をつま先に添える。
「最後はいつも通り、『おねだり』してみようか?」
いやらしい目をした優男がオレに最後の命令をしてきた。この命令が出たらオレは優男に向かって屈辱的なポーズを披露しなければならない。
『ズク』と言うのはこの街で一般的なペットの名前らしい。
この優男は貴族だった。あの部屋はコイツが街に出た時の隠れ家で、女と密会をするために使われていたそうだ。嫁以外の街の女と。
大男にしこたま殴られて顔が変形したオレは背中に奴隷の焼き印を入れられて、奴隷の首輪も付けられて厳重に魔法も『爆宴の彷徨者』も使えないように封印されている。
ご丁寧に尻尾まで付けてくれて、あちこちに引きずり回されてはブゥブゥと鳴かされて屈辱的な芸をやらされている。そして、女に飽きたといった優男はオレを蹂躙…いや、この話は止めよう。
とにかく、オレはこの優男が飽きるまでペットとして生かされる事だろう。
貴族様のペットEND
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よかったな。オマエを可愛がってくれる人間が現れたぞ!
「いや、男じゃねぇか!」
ペットだってよ。いいな、私もペットのように甘やかされて生活したい。
「いやいやいや、優男の世話をしてたのはオレだぜ?下の世話までさせられて…って何を言わせるんだ!?」
いや、そう言うのには興味が無いんで。勝手にやっていてくれ。
「じゃぁ書くなよ!」
そもそも、書き出しの時はペットになるなんて予定では無かったんだよ。それがいつの間にか立派なペットに成長してくれて…。
「成長じゃねぇ!」
じゃあ、ジョブチェンジ!?
「ペットは仕事じゃねぇ!」
まぁ、死ぬ予定だったんだけ、生き残って良かったね。
「死んだ方がマシだったぜ!」




