『丘の上』のボス
--『丘の上』のボス--
あらすじ:魔獣のボスがいた。
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魔獣のボスは日当たりの良い丘の上でくつろいでいた。
その体はオレの背丈の倍以上もあって白銀に光る毛並みが風になびいている。そして、寄り添うように群れる十匹以上のメスたちに、ハーレムを守るように取り囲む更に多くの魔獣たち。それはのんびりとしていて、オレ達が魔獣の被害で苦しんでいるなんて事に気が付いてさえいない様だった。
ボスを倒すために群れの薄い所を一直線に走っても、その間に何匹もの魔獣を越えて行かなきゃならねぇ。森の奥までくるのに半日かかっているのだ。1回で仕留めないとまた同じ道を魔獣に怯えながら歩いてこなきゃならない。
だがしかし、ボスの居る場所まで辿り着ける気がしねぇ。
「思った以上に数が多いですね。」
「フン。力の強いヤツの所にメスが集まる。それだけ強いボスだって事だろう。」
オレ達がいるのは丘の始まる手前。つまり森のはじっこの草むらの中から顔を覗かせて魔獣を見ながらノブイの感想にジィちゃんが解説を入れてくれた。
ボスは丘のいちばん上にいるのだから、ヤツまで辿り着くためには魔獣を避けつつ丘を登って行かなければならない。ヤツが森の中に居てくれれば木々の間を隠れながら進むとか、木の上で待ち伏せをして下を通った時に飛びつくとか方法が有ったかもしれない。
だが、ヤツは見晴らしの良い丘の上に、どっしりと構えて、取り巻きを無視して近づく方法が見当たらねぇ。
「エサを探しに丘から降りてくるのを待ちますか?」
「自分でエサを探しに行くか怪しいな。ハーレムを形成するヤツの中にはメスにエサを獲りに行かせるのもいる。ボスが降りて来なかったらここで1晩を明かすことになるぞ。」
魔獣だって腹が減るだろうからエサの時間を狙うのは良い案だと思ったのだが、ノブイの考えをジィちゃんがバッサリと切ってしまった。たしかにオレだって魔獣が何十匹も寝ている場所で野営なんてしたくない。
オレもボスのような生活がしたかった。オレが遊んでいる間に女たちがせっせと働いてメシまで用意してくれる生活なんて理想だよな。羨ましい。
「だったら、どうするんだよ?」
ボスに向ける羨望をジィちゃんに悟られないようにしたら、声が興奮してしまった。
「ここに魔獣の眠気を誘う香がある。貴重なものだから普段は使わないが、なに、こんな時こそコイツの出番だろう。」
ジィちゃんはそう言って背負い袋の中から1つの袋を取り出した。人間には無害で匂いもほとんど感じられない特別なお香だそうだ。
「相手は丘の上に居るんだぜ、届くのかよ!?」
ボスの毛並みがなびいているから風は有るだろうが見えるとは言えボスは丘の高い位置に居る。
「少々危険だが風の魔法を使う。なに、直接、魔獣に当てないようにすればバレずに済むだろう。たとえボスが眠らなくても、周りの連中さえ寝てくれれば魔獣の影を辿って近づきやすくなるだろ?」
ジィちゃんがニッコリとほほ笑む。その笑顔が何よりも頼もしく見える。
「悪いがオマエも手伝ってくれないか?なに、あっちからでも魔獣のボスが倒れる所は見れるだろう。報告には困らないはずだ」
そう言って、ジィちゃんは風上を指さす。ジィちゃんとノブイと2人で魔獣の風上へ行き香を焚く。魔獣が眠った頃を見計らってオレが横から突撃する作戦だ。
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オレは魔獣の様子を見つつ、ジィちゃんとノブイが風上に行くのをハラハラしながら眺めている事しかできなかった。魔獣が首を上げるたびに心臓がドクンと震える。ジィちゃんとノブイが森の茂みを揺らすたびに生きた心地がしなかった。
丘は森にぽっかりと、木が生えていない場所が畑10個分ほどあって、その真ん中の土が山になって盛り上がっているんだ。ジィちゃんが指し示していた風上は丘を四分の一ほど回った場所で、オレの居る場所からも見る事が出来る。
「丘の縁にそって風上に行く。ちょっとばかり待っていてくれ。」
そう言って魔獣のクソの絡みついたオレの髪を撫でてくれたジィちゃん。
「あっちで高みの見物ですよ。」
最後に冗談を言って指を立てるノブイの笑顔。
そいつ等を思い出しながら、ただ待つことしかできなかった。チクショウ。
魔獣のボスは群れを引き連れて丘の上にたむろしているが、森の中にだって他の魔獣が居るかもしれねぇし、魔獣じゃ無くたってネレヒルが木の上から落ちてくれば大変な事になる。
もしもネレヒルが落ちて声を上げてしまったら、丘の上の魔獣もジィちゃんたちの存在に気が付いてしまうだろう。
時間が経つのがもどかしく思っている所に風上から小さな煙が上がるのが見えた。ジィちゃんたちは上手く火を熾すことができたようだ。森の端の樹の下からかすかにだけど、オレの目にははっきりと見えるんだ。
後は、くつろいで寝そべっている魔獣たちが、そのまま眠ってくれる事を祈るだけだ。
丘は広さもあるし魔獣が眠る香だって貴重なモノなのか1袋しか無かった。判断を誤るな。焦れば魔獣が眠る前に突入することになってしまうし、遅ければ魔獣が目を覚ましすリスクが高まってしまう。
丘の端の風上の魔獣があくびをする。上手い具合にお香が聞き始めているようだ。もう少し丘の上の方まで、出来ればボスにも眠ってもらいたいのだが。
オレから1番近い魔獣も眠りについたようだ。その次も、そして、その次も。魔獣がどんどん頭を落としていく。これなら少しずつ魔獣の影に隠れながらボスに近づくことが出来るか?
そう思っていた矢先だった。魔獣のボスがむくりと起き出した。でけぇ。立った姿は家の高さを優に越しているかも知れない。
風上に向けて鼻を突き出して匂いを嗅いでいる。ジィちゃんとノブイが居る方向に鼻を動かして、慎重に匂いを嗅いで、走り出した。
「やめろ!!」
居ても立ってもいられなくて、オレは思わず茂みから体を出してしまう。だが、ボスはオレを一瞥すると、何事も無かったかのように走り続ける。
ボスのあの巨体なら瞬く間にジィちゃんとノブイの居る場所にたどり着いてしまう。そうすれば、後は…。
「彼らを助けて欲しければ願いなさい。教えてあげたでしょ?」
オレの首輪から女の声が聞こえた。
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次回/終話:『悪魔の囁き』




