本物の『奴隷』にするんじゃねぇ!
--本物の『奴隷』にするんじゃねぇ!--
あらすじ:8本脚の悪魔に海に引きずり込まれそうになった。
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「うわつちちちっ!」
鋭く焼けつくような痛みにオレは跳ね起きた。
背中から鋭い痛みと共に焦げた肉の匂いがしてきたので、慌てて浄化の魔法をかける事も忘れて治癒の魔法をかけ続ける。それくらい痛かったんだ。
「ああ、起きたか。」
誰か居るようだが構っているヒマなんてねぇ。荒れた大地を転げまわりながら全力で治癒の魔法をかけるが一向に直る気配がねぇ。
仕方ねぇ、『爆宴の彷徨者』を使って逃げるんだ!『爆宴の彷徨者』を使えば例え腕を魔獣に喰われたって綺麗に治ってしまったんだ。魔女が言ってた周りを巻き込んで爆発するのは気になるが、構っていられるか!
だが、いくら『爆宴の彷徨者』を使おうと念じてみても一向に発動する気配も無ければ、背中の痛みが治まる気配もねぇ。なんなんだよ、チクショウ!
「魔法と『ギフト』を封じているから、しばらく痛むだろうが我慢しろ。」
「って、魔法も使えないのかよ!」
転げまわるのを止め、声を上げて痛みに耐えながらうっすらと目を開くと前にのんびりとした太った男が立っていた。デブは仕立ての良い涼しそうな服を着てその手には棒を持っている。腰ほどの長さの鉄の棒の先端には丸く大きな何かが付いていて鉄なのに燃えるように赤くなっている。
「ああ、コレか。奴隷用の焼き印だ。」
睨みつけるオレをよそに、男はなんでも無いかのように大きな焼き印の先端をオレの鼻先に突き付けて髪の毛をちりちりと焦がしやがった。棒の先端には鉄板が貼り付けられていて複雑な魔法陣と隷属の文言が書かれているみたいだ。
奴隷用の焼き印。
聞いたことがある。今の奴隷はオレが村で付けられていたような首輪型の封印を使われるのだが、昔は焼き印を使って奴隷を封印していたのだそうだ。
今は人道的な観点からごく少数の、例えば極悪人や違法な成り行きで奴隷になった者が焼き印で封印をされることがある。
首輪でも焼き印でもそうだが、本格的な奴隷の封印は魔法や『ギフト』だけにとどまらず、魔女がやったように行動まで封じる事ができるんだ。種類にもよるが封印を掛けたヤツの許可が無ければ動く事だってできなくなる。
焼き印で封印された奴隷は運よく解放されても、奴隷として一生を約束された者となる。それは焼き印にはっきりと屈辱的な文言として鏡文字で書かれていた。
だってそうだろ?首輪と違って一生消せない焼き印は一生残ってしまうし、解放されたと言うのも言葉だけで、その焼き印の力は残ったままになってしまうんだから、主人だったヤツの言葉には一生逆らえないだろう。
「オレが何をしたって言うんだよ!?」
オレは何もしていない。奴隷になるのは犯罪者か戦争に負けたヤツだけだ。串焼きを3本盗んだような軽い犯罪程度じゃ罰金を払えば済むくらいで、焼き印を押されるような奴隷になるわけが無い。そもそも、この男がオレを奴隷にできる理由になんてならねぇ。
「こんな荒野の真っただ中で首輪をして寝てるんだ。犯罪者が逃げ出してきたのだろう。善良な一庶民としてオマエを捕まえるのは、まっとうな理由だと思うがね。」
背中に激痛を感じながら周りを見回すと、そこには何もない赤い大地が広がっていて、男が率いているだろう馬車が6台とそれに続く荷物を担いだ人の列があった。ほかには岩しか転がっていねぇ。
チクショウ!『爆宴の彷徨者』のヤロウは今度はマジで何もない場所にリスポーンさせやがった!太陽は赤く染まり風の吹かない大地には陽炎が湧いている。人どころか、動物も虫もぺんぺん草さえ生えていねぇ!
「キョロキョロしやがって、自分がどこにいるか思い出したかね?次は自分が誰のモノになったのか思い知ってもらおう。」
「なっ!」
男はそういうと、口笛をぴゅ~っと軽く鳴らした。
その途端、オレの体は力を失い壊れた人形のように大地に崩れ落ちる。さっき焼かれたばかりの焼き印が地面にこすれて声にならない悲鳴を上げる。
「まぁ、つまりオマエはオレのモノになったんだ。」
「ふ、ふざけ…。」
オレが言い終わる前に男がまた一つ口笛を吹くと今度は言葉さえ封じられた。チクショウ!こんなに厳重な封印なんて聞いた事ないぞ。魔女の封印だって首から上は自由だったんだ。
「こんな場所で女のパンツ1枚って事は大方間男でもしていてバレたんだろう?オレは奴隷商をやっているんだ。まぁ、オマエが売れるまでの短い付き合いだし、オレの事は旦那様で良いぞ。」
チクショウ。奴隷なんて昔の遺物だ。人が人を売れるわけがねぇ。逃げてやる。こんなデブの奴隷商になら、まだ魔女に捕まっていた方が良い匂いがしているだけマシだったぜ。今までだって逃げて来れたんだ。隙を見て絶対に逃げ出してやる!
そうさ、何かの拍子に『爆宴の彷徨者』さえ使えるようになれば逃げだせるんだ。
「だんまりか?挨拶くらいしたらどうだ。オマエに奴隷印を押すために貴重な薪を1本使ってやったんだ。新しいご主人様にお礼を言って当たり前だろう?」
よく見れば、デブの隣には1本の炭になった木が落ちていた。きっとアレを燃やしてオレの背中に奴隷の焼き印を押したのだろう。
だが、挨拶だろうが媚びだろうが、コイツの奴隷印がオレの口を封じているんだ。声を出せるわけがねぇんだ。そんな事は忘れたかのようにコイツはオレの腹を蹴とばして来る。
「少し、お仕置きをしようか。」
男は後ろに居た護衛にオレをひっくり返させると魔法を使った。
塩の魔法。
オレの背中に焼き付けられたばかりの奴隷の印に、あろうことか塩の魔法を振りかけやがった。声も無くのたうち回る事も出来ずに痛みだけが加速していく。
「ああ、悪い、悪い。そう言えば口を封じていたんだな。」
昏くなる意識の中に男の嗤い声が響いた。
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次回:村で『行商』すれば嗤われるに決まっているんだ!




