『交渉』すれば助けると思っているのか?
第一章:魔獣に囲まれた村
--『交渉』すれば助けると思っているのか?--
あらすじ:あたりまえだよなあ?
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「ふざけんじゃねえぜ。今さら助けてくれって言われて、ホイホイ殺されに行けるかよ!」
いくら英雄の『ギフト』とはいえ、使ったことも無いのに、いきなり魔獣の群れに突っ込んでいくなんて自殺行為もいい所だ。
「なんだ?怖いのか?英雄の『ギフト』なんて持っているくせに。」
村長のジジイは挑発してくる。
「ふざけるなよ。『ギフト』を貰ったその日に封印したのはドコのドイツだよ!使ったこともない『ギフト』で魔物の群れに突っ込めるか!ああん?」
「ああ、そいつは悪かった。だが、オマエの『ギフト』の封印に関しては王宮から命令も出ている必要な措置だったんだよ。」
「その必要な措置のおかげで肝心な時に『ギフト』が使えねぇんだ。残念だったな。」
「だが、『爆宴の彷徨者』なら訓練しなくても使えると聞いたぞ。英雄は最初から最凶の英雄だったという噂だ。」
「オレは慎重派なんだよ。」
魔獣の群れに突っ込んだら死ぬだろう?常識的に考えて。
「そんな『ギフト』を取得していてか?誰もが恐れて絶対に選ばないようなモノを選んでおいて、どの口が慎重なんて言うんだ?」
「誰だって最初に道具を持ったら試すだろう?新しいクワを買う時に試しに振らないで畑を耕すヤツが居るか?オレは試さないと買わないね。」
「『ギフト』など授かってしまえば変更できないのだから、いきなり実践でも構わないだろう?」
「だから、余計に試さないと怖いわ!魔獣の目の前まで行って使い方が解らないとかシャレにならないだろ!?」
「ふん。そんな事を言って怖いだけだろう?」
このまま押し問答を続けていては、いつまで経っても平行線だ。いつ魔獣が結界を破ってくるか解かったもんじゃねぇ。タイムリミットは迫っている。
200年前の代物なんて当てにできるワケが無い。
だが、今の内に言える事を言っておないと、良いように利用するだけされて奴隷のような生活に戻されてしまうかも知れない。
譲歩してオレの要望を伝えてやるとする。これだけは譲ることができない。
「お前の孫で良い。嫁によこせ。そうしたら助けてやる。」
嫁。
それはオレの最大で唯一の希望だ。かわいい嫁にちょっとエッチな恰好をしてもらって毎朝優しく起こしてもらって一緒に朝食を食べる。畑仕事の途中にお弁当を持ってきてもらって、休憩がてらに一緒に食べて、ゴロゴロ転がりながらラブラブちゅっちゅして、夕方に帰ると温かい夕飯で出迎えてくれる。そして、夜は言わずもがな、星明りの続く限り愛し合う。
男の夢だよな。
それが、あろうことか『ギフト』のおかげでオレは嫁が貰えない状況になってしまっている。『爆宴の彷徨者』の封印さえ解ければ他は暴力で何とでもなるが、嫁だけは暴力で得てもラブラブ出来ない。
オレはイチャイチャしたいんだ。
「コピットはまだ9歳だぞ。ロリコンか?」
「うるせぇな!それ以上の年のヤツから受けた誹り中傷はトラウマなんだよ。コピットはそう言う事言わないからな。」
この『爆宴の彷徨者』を選んだ日からオレの周りから女の気配が消えた。それどころか目の前で堂々と悪口を言われる始末だ。村の女は怖いんだ。
「英雄の『ギフト』なんて頭おかしいんじゃない?魔獣殺しなんて野蛮なだけよね。」
「肉も毛皮も取れないのに、どうやって生活するのよ?ギャンブルなんてしてないで、生産的な『ギフト』を選んでコツコツ生活してれば良かったのよ。」
「死ねばいいのに。」
ちょっとでも反論すれば、わらわらと集まってきて口撃の袋叩きに会う。いや、手も足も出してきてフルボッコにされてしまう。そんなおっかないヤツ等を嫁にするなんて地獄に行くようなもんだぜ。
その点、コピットは他の女どもに遠慮してか話しかけてはくれないけど、フルボッコに参加してくる事もない。1度だけ、はにかんで笑ってくれた姿は忘れられないほど美しかった。
「ロリコンだな。だが、オマエなんかにやれんぞ!」
「なら、このまま死ぬんだな。全員死んでから英雄の『ギフト』を使ってオレだけ生き延びるから。」
魔獣と戦うにしても護るものが無い方が楽なんだ。護りながら同じ場所で戦えばどうしても後ろを気にしてしまうし、最後には囲まれてしまう。逃げながら1匹ずつ戦った方が有利に決まっている。
『ギフト』封じの首輪さえ何とかすればオレだけ生き残れるだろう。なに、他の奴らが村を護る為に魔獣と戦っているどさくさに紛れて鍵を盗めばいいのさ。
「な!今まで苦楽を共にしてきた村の仲間を見捨てるって言うのか!?」
「オレの扱いなんて人間以下の奴隷だったじゃねぇか。雑用は全部押し付けられて、結婚だって出来ないんだぞ!」
「そういう『ギフト』をオマエが選んだのだから仕方がないじゃないか!」
「だから、ジジイの孫をオレの嫁にくれって言ってるんだよ。そうすれば今までの事は水に流さないにしても、命だけは助けてやる。」
命を賭けるのだから、オレの最大の望みくらい叶えてもらいたいものだよな。オレの天使、コピットと結婚出来れば絶対に幸せになれるんだ。
それに、大氾濫が終われば、今度は首輪を付けられないようにさえ気を付ければ、オレは英雄の『ギフト』を使い放題になる。そうすれば後の事はやりたい放題だ。仕返しだって簡単だろ?
「森の大氾濫が終われば、また役立たずに戻るヤツに、かわいい孫をやれるか!」
「交渉決裂だな。精々、残りの人生を楽しみな。あと数日は有るんじゃないか?」
オレはガマンして最大限の譲歩をしたんだ。エライだろう?虐げていたヤツラを救う代わりの希望を言ったんだ。それすら断るんだったら、見放しても良いじゃないか。これ以上の譲歩はない。
あとは、魔獣に襲われているどさくさにコピットを手に入れる事だけを考えれば良い。
それも無理なら諦めて、新しい街で『爆宴の彷徨者』を使って英雄になって新しい女を探せば良いんだ。どうせ村が無くなれば他の街に行かなきゃならないしな。
オレの計画は完璧だ。
「クソッ!村の宝をくれてやる。それでどうだ?」
「こんな小さな村の宝なんて、どうせ大したものじゃ無いさ。オマエ等が全滅してからゆっくりと頂けば良いんだよ。」
「な、何と悪劣な!昔はやさしい…いや、かわいい…ちがうな。えっと、えーっと、そうだ、勇敢な子だったじゃないか!」
「あれだけ言いよどんでおいて、どんだけオレが可愛くないんだよ!?」
「…仕方ない。コピット、宝箱を持ってこい。宝を見ればお前の気持ちも変わるだろう。」
すると、隣の部屋からコピットが鎖で厳重に封印された箱を持ってきた。
すごく軽蔑した眼をしている。
どうやら今までの話を隣の部屋で聞いていたようだ。終わった…。オレのかわいいコピットと結婚する夢は、ここで終わってしまった。いくら交換条件で強制的に嫁にしたって、オレが優しくしてやれば、可愛い笑顔を見せてくれると思っていたんだ。
だけど、今のコピットの瞳には光も無く、ただただ汚い物を見るような目でオレを見てくる。9歳の小さなコピットに見上げられているのに、見下されているとしか思えない。
絶望しかない。
「コレが村の宝だ。コイツをやるから村を救ってくれ。」
封印された箱は9歳のコピットの小さな手に収まるくらいの小さな箱だった。
小さくて、そしてコピットが軽々持っているんだから、どうしても重そうには見えない。少なくとも金銀財宝が詰まっていて一生遊んで暮らせるような感じはしない。
コピットはオレに箱を手渡すと、汚物に触れるのを避けるように素早く手を引っ込めて逃げて行った。これで村でオレを避けない女の子は居なくなった。コピットより幼い娘はオレに近づくことを母親に止められている。目の前で言われたんだ。「アレに近づいたらダメよ。」って。
遠目ではにかむ可愛いコピットが、最後の希望だったのに…。
もう、こんな村なんて滅んでしまえばいい。
「オマエの好きな『爆宴の彷徨者』の英雄の愛用品だ。」
ジジイの言葉に絶望に沈むオレの耳がピクリと反応した。
「なんで、こんな辺境の村に英雄の物が有るんだよ?」
この村は、国の一番端っこで、その向こうには大きな森と山ががあるだけで、交流があるような場所もない。つまり、世界の端っこだ。英雄が来るとは思えない。
「ここに立ち寄った英雄が「新しいのを見つけた」と言って置いて行ったそうだ。」
厳重に鎖で封印された箱。もしも、これが本当に『爆宴の彷徨者』の英雄の愛用品だったなら、オレにとってすごいお宝だ。
ゴクリ。
唾を飲む。
「どうだ、興味が有るだろう?言い伝えでは『爆宴の彷徨者』を使う時に、コレが無いと即死してしまうらしいぞ。」
「即死?」
言葉を失くしたオレにジジイはさらに言い寄ってくる。
村が全滅した後にゆっくりお宝を頂けば良いと思っていたが、即死して『爆宴の彷徨者』を使えないとなると話は変わって来る。
「なにも王宮からの命令だけで、オマエの『ギフト』を封印していたワケじゃない。この言い伝えが有ったからこそ、心を鬼にして『ギフト』を封印していたのだ。オマエを殺さないために、あえて首輪を付けさせて守っていたのだ。」
ジジイはそう言うとポケットから2本の鍵を出してきた。
「オマエが村を助けてくれるのなら、王命に背いて首輪と箱の封印を解いてやろう。」
鍵はオレの首輪と英雄のお宝の箱の2本。
オレの命がかかわっているなら、選択肢は無い。
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次回:さいしょの『逃亡』