『魚』ぶぜいがオレから逃げられると思うなよ!
--『魚』ぶぜいがオレから逃げられると思うなよ!--
あらすじ:潮だまりに3匹の魚がいた。
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潮だまりに居る魚はオレを見ても逃げることなく悠然と泳いでいた。まるで、人間に慣れていない。森の奥の渓流に行くと魚が逃げないことがあると狩人のおっちゃんが言っていたが、ここの魚も人間に慣れていないのだろう。
オレは静かに魚に近づくと魚の背中に向けて手を伸ばす。
つるん。
チクショウ!思った以上に魚が素早いし、滑って簡単に捕まえられそうにねぇ。
2度3度と試すが、魚はオレの手の隙間をあざ笑うかのように抜けて逃げてしまう。まぁ、魚だって食われたくなくて必死になるわな。しばらく追いかけていると近寄っただけで逃げられるようになってしまった。チクショウ。
仕方ない。次の作戦だ。
昨日登った木の側から石を拾ってきた。イタヨくらいの小さな獣だったら石を当ててやれば捕まえられるから、近寄れない魚でも石を投げつけてやれば獲れるんじゃないか。
バス!ドボン。
魚をめがけて投げつけた石はまっすぐに飛んでいくのだが、水面に当たると失速して魚まで届かなかった。そうだな。当たり前だなよな。水の中だと動きにくくなるから、石も当然落ちるよな。
そうだ、槍ならどうだろう?行商人の話だと、水の中に潜って槍を投げて魚を捕る方法があるそうだ。船の上からだったかも知れない。どうせ潜るほど深くも無いし船だってあるわけないから、どうでもいいがな。
もう一度、木の根元まで戻って探すと槍にするのに良さそうなまっすぐの木の棒を見つけた。おあつらえ向きに切れた先が斜めになっていて魚を刺すにはちょうど良さそうだ。少し石にこすりつけて整えてやれば十分に魚を刺すことができるだろう。
気持ちよさそうに泳いでいる魚に狙いをつける。
ふふふ。近寄れなくなったとはいえ逃げ場のない潮だまりだ。オレにだって当てられるさ。はやる気持ちを抑え込んでゆっくりと狙いをつけて思いっきり投げつける!
バスん。ぷかん。
木でできた槍は水に突き刺さると魚の手前で勢いを失って水面に浮かび上がってしまった。そりゃ、そうだよな。木は水に浮くんだから、先端に重たい刃物でも付けなければ浮いてしまうよな。
仕方がない最後の手段だ。
村では禁止されていて出来なかったが、ここでやる分には問題なかろう。
オレはもう1度木の側まで次の道具を探しに行く。今度はなかなか見つけ辛かったが、オレが手で抱えられる一番重たい岩を見つける事が出来た。
ガチンコ漁法。
水際にある岩に、高い位置から岩を落としてガチンと大きな音を出させる。そうすると魚はびっくりして気絶してしまうらしい。
コイツが村で禁止されていた理由は魚が取れ過ぎてしまうからだ。ガチンコ漁法を乱発すると魚が取れ過ぎて川から魚が居なくなってしまうのだ。
その点、今回は大きな海の小さな岩場の一角だけを狙ってやるのだ。こんなに大きな海ならば獲れるだけ獲っても魚は減らないだろうし、まぁ、さっきの3匹以外は見逃してやっても良い。魚はすぐに腐ってしまうからもったいない。
それに、肥料にしないなら気絶しているだけだし、そのうち目を覚まして逃げるだろう。
それよりも、岩を探すのに手間取った。昨日のように潮が満ちて魚に逃げられるのは嫌だから、岩を抱えてさっきの潮だまりに急いでやらなきゃならない。
お、いたいた。まだのんきに泳いでいやがる。
岩が一段高くなっている場所に乗ってオレは大きな岩を頭の上にできるだけ高く掲げる。できるだけ大きな音をだしてやった方が魚が気絶しやすいだろう。
「ふんっ!」
踏ん張って体を浮かせながら目標になっている岩にオレの掲げた岩をぶつけてやる。
ガチン!!!
ぷかぁ~!ぷかぁ~!ぷかぁ~!
やった!魚が浮いてきた。これで久しぶりに肉が食える。海の魚の肉なんて食ったことはないが、行商人がワザワザ村まで売りに来るくらいだから美味いに決まっている。
あの大きさの魚を3匹も喰えば腹が満腹になる事は間違いない!
オレは急いで浮かんできた魚に手を伸ばした。気絶しているだけだからな。放って置いたらそのうち目を覚まして逃げてしまうだろう。
潮だまりに入って魚をつかみ上げると、大きさがコピットの腕ほどもあって弾力も良い感じだ。潮だまりのない場所に、とりあえず1匹を置いて手のひらサイズの石で頭を殴ってトドメをさした。これで喰いそびれる事も無くなった。
あと、2匹。
今度は両手に1匹ずつ持ち上げて最初にトドメをさした魚の場所に戻ろうとしたのだが、最初にトドメをさした魚が居なくなっている。
あれ?殴り方が足りなかったのだろうか?
息を吹き返して魚が逃げてしまったのかもしれない。そう思った瞬間、足元を何かが通り抜けていった。
ヌルリ。
いや、潮だまりの中の生き物は全部気絶しているはずだ。
ガチンコ漁の最大の特徴は無差別に全ての生き物を気絶させてしまうのだ。気絶していない生き物なんて居ないはずだ。
何だったんだ、今のヌメっとした感触は。
ヌルリ。
まただ、また何か足に触れたぞ。
恐る恐る足元を見ると、そこには赤茶色いネレヒルのような、いや、それよりももっと大きく長い物がうごめいていた。
キュッ!どばん!
オレがあわてて足を動かすとそのネレヒルのようなモノは足に吸い付いて来てオレを潮だまりに沈める。待て待て待て待て、こんな大きさのネレヒルに吸い付かれたら一瞬で干上がってしまうぞ。
水を掻いて一目散に逃げようとするが、ネレヒルは根を張ったかのようにオレの足と岩の隙間を結び付けている。おいおいおいおい、ネレヒルなんてせいぜい親指くらいの大きさしか無いハズなのに、海のネレヒルはでかすぎないか?
じっくり観察している暇もなく、岩の隙間からもう1本ネレヒルのようなモノが伸びてくる。
そして、さらにもう1本。
もう1本
オレの体に襲い掛かってくる。
「何本居るんだよ!?」
潮だまりをうごめきまわる無数のネレヒル。いや、ネレヒルなんてもんじゃねぇ。8本の触手はすべて同じ岩の隙間から出てきている。
「チクショウ!」
手近に落ちていた石を破れかぶれに岩の隙間に投げつけると岩が突如赤くなった。見るみる間に8本の触手もすべて赤くなっていく。チクショウ!岩に擬態してやがったんだ。コピットの頭が優に10個ほど入りそうな大きな丸い頭から8本の触手が伸びてきている。
真っ赤になって本性を現したそいつはオレに向かって無数の黒い眼を見開いた。
「チクショウ!気持ち悪い生き物だ!」
オレの足に取り付いた触手には無数の口があるかのように吸い付いて来て痛みが増してきやがる。治癒の魔法をかけてやるが一向に痛みは治まってくれない。
化け物と引っ張り合いをしていると、触手の数が不意に減った。
チャンスだ!
オレはそう思うと化け物に背を向けて近場の岩に噛り付くように飛びついたが、岩に到達するより早く化け物の引っ張る力が強くなってしまう。
振り返れば化け物も近くの岩に触手を伸ばして引っ張っているではないか!マズイ。あの吸い付く触手で岩に取り付かれたらどう考えたってオレが引っ張り負けてしまうじゃないか。
触手は1つの岩に取り付くと、今度はもっと先の新しい岩に触手を伸ばし始める。そのたびにオレは化け物の方へと引き寄せられて無様に潮だまりに落ち、そして岩にぶつかり、最後には海の端まで引き寄せられてしまった。
化け物はもはや海の中だ。
これ以上は、怪物に海の中に引きずり込まれてしまう。ヤツはオレを捕まえて窒息させて殺す気でいるんだ。そう考えている間に海に引きずり込まれてしまう。
踏ん張りがきかなくなったオレの体に8本の触手が絡みついてくる。
手を足を封じてもがく事さえできなくなって、海の底へと引きずり込まれていく。
触手が体にまとわりついて締め上げて昏い底へと沈んでいく。
締め付けられて体から空気が絞り出されていく。
空気が口から洩れて、気が遠くなっていく。
オレは無意識の中、『爆宴の彷徨者』を使った。
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次回:新章/本物の『奴隷』にするんじゃねぇ!




