オトコの『タマシイ』
--オトコの『タマシイ』--
あらすじ:女に動物扱いされたから『爆宴の彷徨者』で逃げ出した。
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ざっざ~ん。ざっざ~ん。
太陽の日差しが閉ざした瞼を突き破りオレの瞳を刺激してくる。赤く染まるまぶたを開けると、目の前にでっかい水たまりがあった。
「何だこれ?」
夕暮れの赤い太陽の中に、足元から視界が届くかぎりの遠くまで赤い水が溜まっていて、そして赤く染まる空と交わる線だけがかすかに見える。水は押しては引いての繰り返しで、タライの水のように落ち着くことは無さそうだ。
「これが、海と言うヤツなのか?」
崩れやすい白い砂が歩きにくいが興味があって水辺に近づいてみると、打ち寄せる水に足をすくわれてしまった。
ざっぱーん。
頭から水をかぶってしまったが行商人が言うように確かにしょっぱい。これが海水と言うヤツらしい。
右を見ても、左を見ても、白くて植物が生えていない砂地、確か砂浜とか言っていたな、が続いていて、後ろを振り向くと、遠くに見た事もない木が生えていた。
「やった!あの女から逃げられたぞ!ザマァ!!」
周りを見渡してもあの森の植物は無さそうだ。どうやらあの首輪では『爆宴の彷徨者』を止める事は出来なかったみたいだ。
四つん這いにしてネレと同列に、いや、ネレ以下の扱いを受けそうだったのだ。首筋をネレに噛まれることにビクビク怯えずに済むんだ。
「あ~、やっと起きたか。」
あの女の声が聞こえてビクッとする。
さっきから、周りを見渡しているが、女どころか人っ子1人見つけていない。あの忌々しい夜の影響で幻聴でも聞いたらしい。
「空耳か?」
「あ~、ホッとしている所済まないが、キミの首を見てくれ。」
あの女に着けられた首輪か?今まで『爆宴の彷徨者』で持って来れたのはパンツだけだったから、首輪だって外れているハズだ…。恐る恐る首に触れると、そこには確かな革の感触があった。
「キミのシミの付いたパンツが特別製なのは見て解ったから、その首輪も同じもので作っておいたんだ。いや、まさか、『爆宴の彷徨者』の使い手だとは思わなかったから『ギフト』を封じる能力まで付けていなかったよ、まいったね。アハハ。」
耳を澄ますと首輪から声が聞こえてくる。チクショウ!逃げられたと思ったのに!
「何で出来ているんだよ!?」
「その首輪に使われているのは、動物のタマシイだよ。パンツの方は男のタマシイみたいだけどね。」
「タマシイ?なんだよそれ?」
「知らないのか?人間でも動物でも死ぬと肉体から離れてタマシイだけになる。それは天に昇って行って初めて死んだことになるのだが、稀に誰かに捕まってしまったり地上に残ってしまったりするんだ。そのタマシイを編んで作られたのが、その首輪とパンツだって言う事だ。」
女に言われてパンツを見下ろす。
「よっ!」
パンツが喋った!!
男の野太い声で気軽に挨拶をされた。
「気味悪がるかと思って、今まで黙っていたけどな。オレは死ぬ前に心残りが有ってタマシイがパンツになってしまったんだ。」
「いや、パンツになりたい心残りってなんだよ!?」
「そりゃ、幼女のパンツになりたかったんだよ。男のロマンだろ?」
「知らんわ!そんなロマン!!」
「先代の『爆宴の彷徨者』英雄に使われてからは、男も良い物だと思っている。」
「いや、そんなカミングアウトしなくて良いから!!」
「そのシミは英雄との思い出のシミだ。」
「消しておいて欲しかったんだけど!」
タマシイになってまで生きながらえて、幼女のパンツになりたかったとか、ワケが解らない。
「お楽しみのトコロ悪いんだけど、私の話を聞いて貰っても良いかな?オモラシ君。」
「だから、オモラシ君じゃねぇ!」
「いや、盛大に漏らしていただろ?」
「いや、あれは良かった。オレのカラダに溢れんばかりのオマエの温もりが広がって、本当に充実した気分になれて新感覚だった。」
「パンツは黙っていろ!」
ションベンを浴びて喜ぶなんて変なパンツもあったものだ。
「それでね、オモラシ君。アナタに探して来て欲しい物が有るのよ。」
「イヤだね。なんでオレがお前の探し物なんかに付き合わなきゃならねぇんだ?」
「あら、オモラシ君にも関係ある話よ。『爆宴の彷徨者』の英雄の愛用品だからね。」
その言葉にオレの耳がピクリと動く。
だって英雄の愛用品だぜ。このシミの付いたパンツだって、無ければオレは『爆宴の彷徨者』を使うたびに衆人環視の元にJrを無防備にさらさなければならないんだ。
パンツが変態の男のタマシイだったとしても、あの街の時のように女に見つけられてJrを見られてしまうよりはよっぽどマシかもしれない。
そうだ、オレには見られて悦ぶなんて性癖は無いんだ!絶対!!
それどころか、英雄の愛用品が服ならば、変態オトコパンツとオサラバ出来るかもしれない。
「聞かせてみろ。」
「人にモノを頼む態度じゃないでしょ?お姉様はどうしたの?」
首輪から聞こえる声に女の見下すような瞳が思い出される。チクショウ!ビビってんじゃねぇぞ!オレ!!
「ふん。もう、オマエから遠くに離れた場所に居るんだ。脅したって屈したりしないぞ。」
そうだ、ここはあの女の森じゃ無いし目の前に女は居ない。あんな拷問はもう2度と受けることは無いんだ。
「ふうん、そう言う事を言うんだ。」
と、女はパチンと指を鳴らした。
ドサリ。
糸が切れたかのようにオレの体が砂浜に崩れ落ちる。なんだ?全然力が入らない。
「意味もなく首輪を付けるわけワケ無いでしょ。その首輪には魔法や『ギフト』を押さえる効果こそ付けられなかったけど、私の意志でアナタの体を動かなくできるように能力を付けてあるのよ。そうじゃ無きゃ、危なすぎて1人暮らしの女がオマエになんて近づけないわ。オモラシ君。」
「チクショウ!あの夜の拘束はこの首輪の効果だったのかよ!」
「そうよ。手も足もヒモで縛ったりしてなったでしょ?気付くのが遅すぎるわよ。」
だが、どうせあの女は近くに居たりしないのだ。あの日のような拷問具は付けられない。
「ふん。魔道具なら魔力が切れるのを待てば良いんだよ。」
「あら、オモラシ君は海に居るのよね?海は初めて?海には潮の満ち引きって言うのが有って、海の水位が変わるのよ。」
水位ってのは川の深さと同じ事だろ?村で用水路を掘らされた時に聞いたことがある。水の貯まり場の水位がもう少し欲しいとか言って、その部分だけ深く掘らされた記憶がある。
「なに?水の深さが変わったってオレには関係ないだろう?」
「あら、海をまったく知らないのね。良い機会だし、しばらくそこで反省してもらおうかしら。また後でね。」
それっきり、オレが呼んでも首輪から女の声は聞こえなくなってしまった。
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次回:恐怖の『海』




