『串焼き屋』で腹ごしらえをしよう。
--『串焼き屋』で腹ごしらえをしよう。--
あらすじ:服は手に入れたが腹が減った。
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狙いをつけた店の後ろに回り込めるように路地に入る。美味そうな串焼きの匂いが目印になるが、村と違ってややこしい造りになっているから、ちゃんと真後ろに行けるように道を間違えないように気を付けないとならない。
まぁ、ややこしい街の造りのおかげで逃げられたようなものだ。ちゃんと考えて歩けば迷う事も無いだろう。
だが、こんな風に盗みを働くなんて初めてだから心臓の音がうるさい。知らない顔なんて無い村で盗みなんて働こうものなら、そのまま村八分で死活問題につながるからな。
だけど、どこだか判らない顔見知りも居ない街で金を稼ぐ手段もまったく思いつかないし、服も盗んだんだし、もう少しくらい盗んでも変わりはしないよな。
上手くバレないようにやれば良いのさ。
串肉を食って腹が膨れたら、もっとオレに合いそうな服を探したい。この服はオレには大きくて動きにくいんだよ。誰かに取り入って仕事を探すにしても冒険者になるにしても、不倫野郎の服は動きにくいし、丈の合わないような服を着ていれば怪しまれるに決まっている。
それにしても冒険者か。あまりなりたくない職業だ。
昔は未開の土地や森の探検なんかもしていたらしいが、今では使えそうな土地は探検されつくしているし、金目の物が獲れそうな森は『森の呟き』系の『ギフト』を持った狩人たちが管理しているから、冒険者の仕事なんて魔獣を駆逐しての遺跡荒らしか用心棒なんて荒事になる。
遺跡を荒らすにしたって森を通るときに狩人たちと揉めるって話は村でもよく聞くからな。
それに、一流の独立できるような冒険者はともかく、戦闘に使えるほどの『ギフト』を持つヤツなら安定した仕事を求めて衛兵や騎士になっている。
つまり、初心者が簡単に仲間になれるようなヤツだと戦闘に使えそうなロクな『ギフト』を持っていないことの方が多いから、魔獣や野党に襲われて命を落とす奴が多い。それでも誰かとパーティを組むなら縁故か有用な『ギフト』を持っていないと断られると旅商人のオヤジは言っていた。
商人になるにしても元手が無いし、農家に戻るにしても土地が無い。
それでも、オレを魔獣の群れに突き落とすような村に戻るなんて論外だ。
野盗やゴロツキになるよりはマシとは言え、オレに冒険者なんて仕事が出来るのだろうか。だが、『爆宴の彷徨者』の英雄も元はと言えば独りで稼げるような一流の冒険者だったらしいから何とかなるかもしれない。
『爆宴の彷徨者』を使ってなにが起きたのか、なぜ街来たのか、まったくわからないから、誰か知っているヤツに聞くまで使うのは控えておきたい。奥の手ってヤツだ。
そうと決まれば何か武器も欲しいな。剣なんて持ったことも無いからやっぱり槍か。独りで戦うなら弓なんて持っていても魔獣に詰め寄られたら終わりだしな。だが、槍を持った英雄なんて聞いた事もない。やっぱり剣を使えた方がカッコいいだろう。
考えながら路地を歩いていると心臓の音も落ち着いた。
よし、うまい具合に屋台の裏側に出る事が出来たようだ。
サイズが合わなくて上手く走れそうにないから靴は脱いでおこう。逃げる時に転んだら一大事だ。捨てるにはちょっと早い。石畳とは言え普通に歩くには砂を踏んだりして痛いからな。靴の紐と紐を結んで首から下げてなるべく動かないように固定してやればいいだろう。
足音を立てないように静かに近づいたが、店のオヤジは気づいていないようだ。
「いらっしゃい!いらっしゃい!」
肉を焼きながら大声を上げて一生懸命客寄せをしている。オレに気づいているそぶりも見せねぇ。ククッ。自分で大声を出しているからこちらの音に気付きにくいのだな。
客に指摘されると困るから大通りからも見えにくい位置を意識して移動しよう。深呼吸をしてタイミングを見計らう。屋台の荷物なのか木箱が積んであって上手い事身を隠せるから助かるぜ。
あとはオヤジが隙を見せるまで、ここでしばらく待つつもりだ。
「串肉~!串肉~!美味しいテテの串焼きだよ~!」
テテか。少しばかり肉は硬くて獣臭いが濃い目に味を付けて食うと美味いんだよな。腹の虫が騒ぎそうになるが、ここは串肉のためにもぐっとこらえなければならない。
「おうオヤジ。3本くれ。」
ほとんど待つこともなく屋台に客が現れた。繁盛している店なら余計に味に期待できそうだ。
「へい、毎度。銅貨18枚ですよ。」
「15枚でどうだ?」
客が値段交渉を始めるが、まだオレは動かない。客の視線がこちらを向くかもしれないし、客が声を上げれば店主のオヤジがすぐに振り返ってしまうだろう。もう少し我慢する。
畑を荒らすビッカツだって寄って来るところを叩くより、食い荒らしている時を叩いた方が仕留めやすいからな。畑を荒らされたくないから追い払う方が多くなるんだが。人間だって同じことだ。串焼きを盗むにしたって、もう少し値段交渉が進んだ頃の方がアイツらが熱中していて盗みやすいだろう。
「嫌ですね、うちは美味しいんですよ。そこらの安売りと間違えないで下さいよ。」
「ちっ。16枚。」
「お客さん、すでに安くしているんですよ。これ以上は3本くらい買ってもらったって無理ってもんですよ。」
「ちっ、解かった。18枚でいい。」
「ありがとうございます。お客さんだけ17枚にサービスしときますよ。内緒ですよ。」
だいぶ客のあしらいが上手いが、オレが真後ろに居るのにも気が付かないで、のんきに商売をしていやがる。もうちょっと向こうを向いてくれればやりやすそうなのだが。
「ありがとうございました~!!今後もごひいきに!」
焼きあがった3本の串肉を客に渡して代金を受け取ると、オヤジは客に大きな声で礼を言って受け取ったばかりの銅貨を革袋に納めるためそっぽを向いた。
今だ!
オヤジの体がオレとは反対の方を向いていて、串肉までの動線ができる。その一瞬をを逃さないようにオレは姿勢を低くしたまま飛び出すと、火に掛けられた串肉を3本ほど掴む。
ゴスン。
「まったく。オレの串肉を盗もうとは、太てぇヤロウだ。」
薄れていく意識の中で、店主のオヤジの手に棍棒が握られているのが見えた。
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次回:盗みがバレれば『石牢』に入れられる。




