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なぜに私?

令嬢もの好きです。

楽しんでいただけたら嬉しいです。



ここは、とある学園にある大広間だ。

学びの場には場違いなほどの大きなシャンデリアや美しいレリーフが壁を彩っている。

それもそのはず、ここはこの国の王侯貴族や裕福な商人の子供が通う王都の学園なのだ。


今、その複雑なモザイクとなっている大理石の床の上には、色とりどりのドレスやタキシードを着た卒業生たちが、学園最後のパーティーを満喫していた。

今日ここでは、卒業パーティーが行われているのだ。

彼らは卒業した後、正式に社交界にデビューすることとなる。


その大広間の壇上、麗しく微笑んで挨拶をしているのは、この国の第一王子であるルーイ・パライア殿下だった。


「紳士淑女諸君。素晴らしい卒業パーティーだった。楽しんでもらえただろうか」


彼は柔らかな黒髪に、青い瞳。鼻筋の通った、背の高い美青年だ。

傍らには、婚約者であるアデル・ハワード公爵令嬢がいる。ふわふわの金の巻き毛に、嘘のような小顔に配された柳眉と琥珀色の瞳、そして赤い唇が印象的な儚げな美少女だ。


(すごーく、すごーく似合ってるよ。お二人さん!!)


私は心の中で拍手喝采をした。このまま無事に卒業パーティーが終われば、晴れて窮屈な学園生活からはおさらばだ。この時をどんなに待ち望んだことか。


(やっと私は自由になれるのだ!)


一応、真剣にルーイ王子の演説を聞いているふりをすると、ふと王子と目が合った。一瞬、微かに青い瞳が細められた。それを見て、ぞわりと怖気が這い上がった。

途端に、嫌な思い出がフラッシュバックした。


(………いやな予感がする………)


王子の演説が終わりそうな気配を感じ、そろそろと端に寄って会場の出入り口を目指す。その間、王子は私から目を逸らしていない。ごくりと唾をのんだ。


「それでは、名残惜しいがこれでパーティーは終わりだ」


(よし!終わった!!)


これで堂々と帰れると、出口となる扉を振り返ったところで、再び王子の声が響いた。


「…最後に、一つ皆に伝えたいことがある」


私はぐっと足を止めた。ぎぎぎぎぎと王子のほうを振り返る。

相変わらず、王子は私を見据えているようだ。優雅に微笑んでいるのに、その瞳は全く笑っていない。


「皆に聞いてもらいたいのは、私の婚約のことだ。これまで私はここにいるアデル・ハワード嬢と婚約していたが、今夜かぎりでこれを解消したいと思う」


いきなり王子が婚約破棄を言い渡した。

少しざわめいていた会場が、しんと静まり返った。給仕も合わせると結構な人数がいるはずなのに、衣擦れの音一つしない。


沈黙を破ったのは、アデル様だった。


「まぁ、殿下。それはどういう…」


アデル様は信じられないといった顔でルーイ王子を見ている。

眉は顰められ、琥珀色の瞳は見開かれている。さすが令嬢らしく扇子で上品に口元を覆っているが、私からは見える。アデル様の震える唇の口角は上がっている。


(めっちゃくちゃ口元笑ってる!!やばい!!)


皆、凍り付いたように動かない。

衆目の中、王子はゆったりと微笑んで言った。


「私が真に愛するのは、あそこにいるリンデル・フォーン男爵令嬢だ」


ざっと周りの目が私を見た。


「な、なにをおっしゃっているのですか!?」


私は、思わず首を振って後ずさった。

とっさにアデル様を見ると、なんとも儚げな令嬢らしくふらりとよろめいて、エリック・ダグラスに抱き留められている。エリックは宰相の息子でダグラス公爵家の長男だ。

アデル様は小さくガッツポーズしている。


(は、謀られた―――――!!!)


私が大きな声を出したことで、周りもざわつき始めた。

良く見ようとこちらに近寄ってくる人たちもいる。


(こ…こういう時は…………!!三十六計逃げるに如かず!!!)


私は思い切りダッシュして会場から逃げ出した。


暗い廊下に走り出ると、ヒールを脱いで手に持った。

ドアを守っていた衛兵が目を丸くしている。


走るのにヒールはきつい。さらに今日はしっかりドレスを着ているのだ。重いうえに動きにくい。それでも私は走るのが得意だ。それは、下町で培った功績である。


令嬢の仮面をかなぐり捨てて廊下を駆け抜けながら、私は懐かしい下町を思い出した。


私は、リンデル・フォーン。

現フォーン男爵の姪に当たるのだが、学園に入学する二年前に養女となったため正式にフォーン姓を名乗っている。それより前は、名乗る名前も違った。住む場所も下町やスラムだった。私は孤児として生活していたのだ。


話は、私の生まれる前に遡る。

私の父親はカティック伯爵家の次男フェルマー、母親はフォーン男爵家の三女カレン。


父親と母親は、幼いころからの婚約者で、誰が見ても相思相愛のカップルだったようだ。

しかしカティック伯爵家が没落してしまったところから悲劇は始まる。


当たり前だが、父親フェルマーと母親カレンの婚約は破談になった。

しかし、カレンは幼いころからの婚約者であるフェルマーを忘れられず、またフェルマーも没落して庶民となってしまってもカレンを手放すことができなかった。

隠れて逢瀬を続ける二人に業を煮やして、私の祖父に当たる当時のフォーン男爵はカレンを年の離れた伯爵の後妻にすることにした。


引き離されることになった二人は、とうとう駆け落ちしてしまった。


その時に、親身になって付き添ってくれたのはフォーン男爵家の侍女マリーと侍従ボブ。


四人は、なんとか逃げ延び街に下りて暮らしていたようなのだが、所詮お坊ちゃまとお嬢様。持ち出したお金は尽きてしまい、あっという間に暮らし向きは悪くなったという。

マリーやボブ、フェルマーが働いて稼いだお金をやりくりして、私が産まれて数年はなんとか過ごせていた。

だが、なんと父親のフェルマーも母親のカレンも、その侍女マリーと侍従ボブすらも流行り病であっさりとこの世を去ってしまった。


残されたのは、私と侍女マリーと侍従ボブの娘であるエレナだけ。


幸い近所の人が孤児院を紹介してくれたが、そこの院長がろくでもないおっさんだったので、手籠めにされる前にエレナと共に脱出した。


そこからは、帰る家もなく頼る人もいない私たちは、スラムへ行くしかなかった。

私もエレナもまだ八歳だった。お互いの髪を切り、少年に身をやつした。それに名前も変えた。私はデール。エレナはエレンと名乗った。


母親の死の間際、何かあったらフォーン男爵家へ行くようにと男爵家の家紋の入った指輪を渡されていた。エレナも両親から同じような内容を書いた手紙を預かったらしい。

だが、こんな子供の言うことを信じてもらえるか怪しく、また孤児院送りにされる可能性を考え、私たちは男爵家に頼らないことにした。

困窮していた時でさえ、何も便りが無かったのだから。


幸いにも、スラムでは子供だけで生計を立てているグループに入ることができた。


リーダーは少し年上の少年だった。流れてきた私たちの面倒を見てくれたが、その代わりに仕事をしなければならない。彼らは主にすりやかっぱらい、クズ集めで日銭を稼ぐのだ。

私は足が速くすばしっこかったので、よく人に当たって逃げる役をやらされた。

転ばせた人を起こす際に財布をすったり、散らばった荷物を回収するのは別の子供がやる。


自慢ではないが、私たちは捕まったことは無かった。役割分担がしっかりしており、逃げるルートや落ち合う場所も毎回変えていた。リーダーは優秀で目端がきく少年だった。


ある時、大通りで獲物を品定めしていたら、あまりこの辺で見ない身なりのいい男が歩いてきた。きょろきょろと周りを見ており、いかにも街並みに慣れていない様子だった。


リーダーが目配せして、今日の獲物はあいつだと示した。

その時、別の人物を選んでいたら、私はこんなことになっていなかったのだろうか。


私は帽子を目深にかぶり、その男の前に躍り出てぶつかった。

「おじさんごめんよ!!」

「うわっ」

どんと体が当たり、男が尻もちをつくのが目の端に映った。


ちらりと目が合った瞬間、その男が目を瞠った。

「カレン様…!?」

「…!」

一瞬、足が止まりかけた。それは母親の名前だった。

「デール!!」

路地からエレナが私を呼び、我に返って慌てて路地に逃げ込んだ。

リーダーが、男を愛想よく引き起こしているのが見えた。

これで仕事は終了だ。落ち合う場所に向かってエレナと走った。


だが、いつまでたっても落ち合う予定だった倉庫に、リーダーは来なかった。他の子供も集まらない。

不審に思って、ねぐらに帰ろうとした時だった。

先ほどの男が、倉庫に入ってきたのだ。

エレナが驚愕に目を見開いて固まった。ひっそりと私はエレナに耳打ちをする。

「どうやらリーダーに売られたらしいね。時間をかせぐから、エレンは逃げて」

「だめだよデール…!」


こそこそ話す私たちを見て、その男はしゃべり始めた。


「待った。逃げようとしないでくれ。君たちはこの名前に聞き覚えはないか」

「「…?」」

「カレンとフェルマー。マリーとボブ」

「!!」

私たちは、びくりと体を強張らせた。エレナが私の腕を握る。

それは、私たちの両親の名前だったからだ。


男は私たちの様子に表情を緩めた。

「心当たりがあるようだね。それに、君たちはデールとエレンと名乗っているようだが、本当はリンデルとエレナじゃないのかい。髪も短いし、男の子の格好だが、二人とも女の子だろう」

すっぱりと言い当てられてしまい、逆に落ち着いてきた。

「…あなたは誰?」

「これは失礼した。私はフォーン男爵家の執事をしているジョンと言う。君たちを、ずっと探していたんだ。ここには、とあるところから情報を得てね」

「…一体、今更なんで…」

「本当は、時々君たちのご両親と連絡を取り合っていたんだ。ご両親は、ずっと男爵家の援助を拒んでいてね。しばらく疎遠になっていたところ、あの方々が病となり亡くなってしまったことを知ったんだ」


ジョンは悔しそうに眉根を寄せた。

「そこで、慌てて君たちを探したら孤児院に入ったと聞いた。なのに、訪ねたころにはすでに君たちはそこから出て行ってしまっていた。遅くなってしまったが、これでもほうぼう探したんだよ。当主は君たちを屋敷に迎えたいと思っているんだ」

「本当に…?」


私たちは顔を見合わせた。これが本当なら、このスラムから抜け出すことができる。

エレナの顔が輝いた。私は、ジョンを見つめなおした。

「私たちは男爵家に入るの?」

「正確には、男爵家の一員となるのはリンデル、あなただけだ」

「なんで…っ」

「それはそうでしょう。あなたの母親であるカレン様は男爵家のご息女。だがマリーもボブも従者だ。…けれど、当主は二人に感謝していてね。エレナ、君もメイドとしてだが男爵家で引き受けようと思っている」

「でも…」

男爵家に引き取られれば、身分が変わってしまうと言うことだ。今まで通りとはいかない。

エレナはひっそりと首を振って笑った。

「いいの。両親からも、そう聞いているし。元々はデールを男爵家に連れて行くようにと言われていたのだもの…。この場所から大きなお屋敷に行けるのよ。喜ばなくちゃ!」

「そうだけど…」

「一応、確認しておきたいのですが、何かカレン様の遺品など持っていませんか?」

「持ってる…」

私は、首の紐に通した指輪を見せた。ジョンは家紋を確認すると、微笑んだ。

「確かにこれはフォーン男爵家の家紋です。リンデルお嬢様、帰りましょう」

「…ひとつ聞かせて。なぜ私に目を付けたの?」


ジョンは少し驚いた顔をしたが、ふっと目を細めた。

「あなたの目も髪も、顔の作りもカレン様の幼いころにそっくりでしたので」

「そう…」

私は、短い髪をくしゃりと握って目を閉じた。確かに、少し特徴的だ。

私の髪の毛はストロベリーブロンド。瞳は明るいグリーンだ。

スラムの孤児としては派手な色味だから、いつも帽子をかぶっていたのに。よくあの一瞬で見分けられたものだ。


「では、さっそくフォーン男爵家へ」


私たちは、ジョンと連れ立ってスラムから出て行った。

その時、私たちは十歳になっていた。


それから、初めて現フォーン男爵と会ったが、彼は母親であるカレンの兄であった。つまり私の伯父にあたる。すっとした紳士で、人当たりが良くとても優しい人だった。

その奥方も、とても温かく私たちを迎えてくれた。


私たちは本当に歓迎され、すぐに私は正式にフォーン男爵の養女となった。


男爵夫妻には、息子が一人いた。ヨセフと言うが、これもまたいい奴だった。

突然でてきた従妹、そして義妹となった私の世話をかいがいしくやいてくれた。

彼はその時すでに十八となっており、学園を卒業後は男爵家の領地運営を勉強するという。婚約者もいて結婚も問題ない。

つまり、男爵家にはわざわざ私を養女にとらなくても、後継ぎがしっかりいるのだ。

それなのに、孤児となった私たちを探してくれていたのだから、本当にいい人たちだ。


彼らは、私を令嬢として教育しなおすため、家庭教師もつけてくれた。

それは、男爵の奥方と母親の姉である伯母だった。

二人とも見た目ははんなりおっとりしているのに、めちゃくちゃ厳しかった。

下町訛りが出ようものなら、二人ともひんやりとした冷気をまとって何度も言い直しさせた。

姿勢や立ち居振る舞い、貴族の付き合い、上流階級で一般常識とされるもの全ては、この二人に叩き込まれた。


断っておくが、フォーン男爵家では厳しく教育はされたものの、嫌味を言われたり、いびられたことは一度としてない。


それもこれも十二歳から学園に通うためだった。

王侯貴族や裕福な商家からお坊ちゃまやお嬢様が集まってくるこの学園。

六年制で、幅広い知識を学ぶ。と言ってもそれくらいなら、自宅で家庭教師を雇えば済むことなので、ここに集まるのは小さな社交場という側面が大きい。

男性なら、有力な家の子息と交友を持てば出世につながるし、女性ならいい婿ゲットのための狩場となる。


私は、厳しくも温かく接してくれる男爵家にいられればそれでいいと思っていたが、養女を学園に出さないのも外聞が悪いらしい。

それに本当に好意で入学させてくれようとしているのだ。断れない。


ただ、二年余りで叩き込まれた令嬢の仮面は、すぐはずれてしまいそうになる。

本当にこの六年は辛かった。なんとか留年しなかったことは僥倖だった。

この学園を卒業さえすれば、あとは男爵家でゆっくりと過ごし、田舎の貴族とお見合いでもして結婚しようと思っていた。


断じて王妃になりたいなんて思ったことは無い。

自分から王子の関心を引こうとしたこともない。

本当に心当たりがない。


これっぽっちもない!!


なのに、なぜいきなりご指名なのだ!!



お読みいただきありがとうございました。

毎日投稿して、四話で終わります。



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