4
自分はちゃちゃっとシャワーを浴びて、さくらさんに譲る。壁の厚さと防音が売りのワンルーム。私がシャワーを浴びている間、さくらさんは玄関で突っ立っていたようだ。リビングへどうぞと言ったのに、玄関にだけ雨の名残が水溜まり。
髪の水分を拭いながら、さくらさんに着てもらえそうな服を探す。たしか、梅影先生のスーツがあった気がする。梅影先生は太りぎみだが、背の高さや肩幅なんかはさくらさんと同じくらいだし、小さいならともかく大きい分には着られなくもないだろう。
「あーあった」
若干カバーにほこりが積もっているようにも見えるが、クローゼットの扉に隠れるくらい端に、探し物を一式見つけた。未開封のシャツ、パジャマ、下着や靴下、歯ブラシなんかも。お泊まりセットと梅影先生の字で書かれた、こんなものがなぜ家にあるのだったか記憶にないが、まあいいか。
聞こえなさそうと思いつつ浴室のドアをノックする。
「さくらさん、着替え見つけた。タオルと一緒に置いときます」
シャワーが止まった。
「ありがとう」
「こちらこそ」
答えて、そのままドアを閉めると、シャワーの音がまた。さくらさんは、隙だらけだ。カーテン越しに、殺人鬼がいますよ。
いたずらはせず、ドアを開けて、浴室を出た。殺人鬼に身内を殺された刑事が、執念で正体を掴んで、復讐のために接触した。そんなドラマみたいな話は降って湧いては来ないのだろうか。
冷蔵庫から牛乳を出して、コップに注ぐ。そういえば食べ物がない。飲み物はコーヒーと紅茶が棚にあったはずだが、さくらさんにはお茶請けなしでご容赦願おう。牛乳を飲みほしてから、浴室に向かって声をかける。
「さくらさん。コーヒーと紅茶どっちが好きですか?」
どん、どん、と浴室のドアが二度叩かれた。コーヒーかな。
「コーヒー?」
どん。一度。コーヒーでいいだろう。私の声が聞こえているなら、さくらさんもしゃべってくれれば十分聞こえるはずなのに、口が塞がっているのだろうか。シャワーを浴びながらにして口が塞がっている。どんな状況か想像してみたが思いつかない。
コーヒーをいれるためにお湯を沸かす。何だか、にやけてしまう。自覚はないが、実は一人暮らしが寂しかったのだろうか。
浮わついた気持ち、うきうきしている、たとえば今なら空も飛べそうな。空から見下ろせば、ゴミばかりが転がっている世界も、きらめいて見えるかもしれない。星屑が夜空に輝いているように。