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 別れた場所へ戻り、離れた位置で足を止めて様子を窺えば、まだそこには人が転がっていた。傘は近くに転がっていて、水が溜まってしまっている。

 首をかしげる。いったい何をしているんだろう、あの男の人。冷たい雨にうたれて、死体ごっこ?


 すぐそばまで近寄ってしゃがんで、観察する。目を閉じている。呼吸に乱れはなく、普通に起きている。死んだふりというか、寝ているふりをしているらしい。


「はじめまして」


「……はい。はじめまして」


 声をかけてみたら、あっさり口を開いた。寝ているふりをしていたわけでもないようだ。


「風邪を引きますよ」


「そうなればあなたの運気が下がる?」


「なぜ? 私には関係ないし、私のせいじゃないのに」


 私の傘を流れた雨粒が、閉じている男の目に落ちる。まつげに引っかかって、露のようにきらきらして。男はそれを振り払うようにきつく目を瞑り、ぱちぱちと、目を開けた。そして言う。


「聞いてくれませんか」


「何を?」


「恋人に、置いていかれてしまったんだ。ここでずっと寝ていたら戻ってきてくれないかなあなんて思ったり、いっそバカみたいに二人で逃げようと言えばよかったなあなんて思ったりして……」


「バカみたいですね」


「そうだね」


 あはは、と声をあげて男は笑った。つんつんとその頬をつついたり、肌に貼りついた髪をよけたりしても、返る文句はない。実はとうに頭がおかしいのかと思っておでこに手の甲をあててみたが、熱があるようには感じなかった。


「スカートじゃなくて残念」


「またアホみたいなこと言い出しましたね。スカートだったらこんなしゃがみかたしません」


 そんな感じの独白を心中でしながらここに寝ていたのだろうか。頭おかしいんじゃないのか。


「あ」


 なんとなく男を眺めていて、自分の間違いを見つけてしまった。思わず声が出た。

 白いビニール袋。ハンバーグの材料。これは、酷い失態だ。あり得ない失敗だ。お互いのことを忘れるためなら、少しでも関わるものすべてを、もちろんこれだって処分すべきだった。


「どうしたの?」


「いえ。ハンバーグが食べたいなあと思って」


「おや、そんなあなたに朗報です。ちょうど材料がある」


「ふーん」


「えっ冷たい……ああ、それに、いつまでもこうしていると風邪を引くかもしれない」


「だから?」


 家においでなんて私から言ってあげるつもりはない。だって赤の他人なので。いくら顔が好きだからって、声も好きだからって、何度はじめましてを繰り返しても一目惚れするだろうからって、だめ。だめなものはだめ。

 恋人を置いていこうとしたのは、忘れたいなんて言ったのは、終わらせようとしたのは、私じゃない。さっきのことはすべて茶番で、本当は一緒にいたいとか、好きだとか、そんな弁解の類いすべて何にも言わずに戻るつもりなら、私が許さない。


「……」


 さくらさんは困ったように微笑んでみせる。嘘をつきたくない人が口をつぐむなら、同じことの繰り返しになると判断するしかない。また離れようとしたりやっぱり惜しんだり、そんな繰り返しに付き合えるほど私は、きっと、執着できない。


「……こんなに面倒くさい人だと思いませんでした」


「幻滅した?」


「完全無欠の王子さまだと思っていたわけでもないです。そもそも私、ちょっと、大人に期待してないというか、なめているというか、そういう傾向があるので」


「ああ。知ってる」


 息をついて、さくらさんは体を起こした。服も髪も肌も、濡れているどころか水浸し。軽く搾ってからでないと歩きにくそうだ。


「さて。よければシャワーとタオルを貸してもらえないかな?」


「ふむ」


「お礼にハンバーグを作って差し上げます」


「その雨に濡れた材料で?」


「……」


 あっごめん。

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