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 雨が降っている。放課後の保健室には人が来ない。いや訂正、滅多に人が来ない。とはいえ今は、私と鏡先生しかここにいない。


「はい、どうぞ召し上がれ」


「いただきます」


 鏡先生がいつも推してくる味噌汁に口をつける。このインスタントの味噌汁は甘いから好きじゃないと何度言っても、当たり前ではあるが私のための別の味噌汁を用意してくれたりはしない。


「鏡先生。軍部っていうのは、何をしてるんですか?」


「“令嬢”になったそうね、おめでとう、椿坂さん。軍部はね、特に何もしてないのよ。とりあえず平和だもの。だからおやすみ中、特別なことは何にもないわ」


「ごまかさないんだ?」


「この学校ではね」


 梅影先生に出会って、進路が決められて、何だろうとは思っていたけど、この学校は先生も生徒も色々あるらしい。王族も通う学校に殺人鬼を放り込むなんて尋常じゃないけど、殺人鬼の入学程度、異常ではない学校なのだろう。


「それより。面白い恋バナがあるって聞いたわ? 教えて?」


「何も面白くないですよ」


 鏡先生がどこで何を聞いたのかは知らないが、面白い恋バナとかいうのはない。一目惚れした人が、私の殺した人の弟で、かつ警察官で、私を憎んでいて、殺しあうこともできずに離れただけ。いや、まだ離れたのかどうかすらわからない。また明日会うのかもしれないし、会わないのかも。


「ドロドロしてないの?」


「してないですね」


「三角関係もないの?」


「ないと思いますけど」


「ヤンデレもいない?」


「あの、先生、三次元に何を期待してるんですか?」


「泥沼」


 ハートを語尾につけるような言い方で、鏡先生は口もとに笑みをかたどった。こういう顔をすると、人を簡単に騙したり殺したりしそうな人に見える。


「そうだ、椿坂さん。うちが目をつけてた子が上に取られちゃって、代わりにいい子がいないか探してるんだけど、令嬢やめてこっちに来ない?」


「軍部に?」


「たくさん殺したいならこっちのほうが楽しいと思うの」


「数じゃないんですよね」


「ざーんねーん……」


 何だろう、鏡先生ってこんな人だっけ。もっと普通に、小学校の時の保健室の先生と同じような、ほんわり優しい感じだと思っていたのだけれども。中学の先生はキツい人だったので思い出したくない。小学校からずっと保健室に入り浸ってるとか内緒だよ。


「……ねえ、椿坂さん。司法部の男はやめた方がいいと思うわ」


「なぜ?」


「軟弱だから」


 数じゃないからなんて数を稼いでいる私が言っても意味がないと思いながら、考えていた。司法部の男は軟弱。さくらさんは軟弱だろうか。冷たい指先は、鋭かったけど、でもたしかに、このまま何もはっきり言わずにフェイドアウトするつもりなら、たしかに。

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