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片付けを終えて、床も拭いて、さくらさんは私の隣に腰かけた。ベッドが沈む。
「昔々、ひとつの連続殺人事件がありました。被害者は小、中学生の女の子ばかり。しかし、六年前を最後にして、同一犯によるものと思われる事件が起こらなくなります。以降、新たに証拠が出ることもなく、証言もなく、事件はコールドケースとなりました。とさ。さくらさん、知ってる?」
「ああ。表には出せないが、六年前、目をつけていた男が死んだんだ。殺人事件。逮捕者はないが、解決済み案件だ」
ベッドに置かれた手の、指を一本ずつ指先でなぞってみる。
「それって解決なの?」
「私たちにとっての解決は、公に犯人を逮捕することではないからな。詳細はわからないが、その事件の犯人は判明していたものの証拠がなかったか、死んだか、宮内部か軍部が身内に引き入れたかのどれかだろう。きっとね」
「司法部は?」
「司法部は確信犯を認めない」
「連続殺人犯を殺したのは、自らを正義と信じる人間ですか?」
「さて。わからない。それで、この話は何の枕になるのかな?」
息を吐いて、さくらさんの膝を枕にするようにして寝ころんだ。さくらさんの脈拍を感じる、生きている。英語の授業でやった例文を思い出した。教科書には載っていない、ロマンチストな軽音楽部顧問の先生が黒板に書いた例文だった。Let me feel your pulse. 生きている。生きているノイズを、殺したくなる。
「連続殺人事件の、本当の最後の事件。その当事者たる少女は、男と目が合った瞬間に、察しました。この男が、テレビが騒いでいる連続殺人犯だ、この男は私を狙っている、この男は、気づいていない」
「気づく……?」
息を殺すような抑えた声色でそっと尋ねる、いい相づち。梅影先生とかならこういうの乗ってくれないし静かにスルーされちゃう。ありがとうさくらさん、絶妙にテンション上がっちゃうよ。
「少女は、気づきました。顔も声も知らぬ初対面の男が連続殺人犯であることに。男は気づきませんでした。自らが獲物と定めた少女が、連続殺人犯であることに」
「……まさか」
「少女の失敗はひとつだけ。連続殺人犯である男に、捜査官がはりついていたと知らなかった。気づかなかった。考えなかった」
「それが、梅影さん……?」
「梅影先生はね。私が正当防衛でやっちゃったと思ったんです。それで、見ていたのに止められなかった自分を責めて、潰した。でも、バカですよね。私は前からこうだった。あの件でねじれたわけじゃない。あの人のせいで殺人鬼になったわけじゃない」
たぶん、本当は、とうに知っていただろう。気づいていただろう。だからこそ、私をそばに置いた。私が変われないから、せめて日陰ではあっても合法的に生きられる立場への道筋を用意した。梅影先生は、嘘つきだ。
「先代は自殺したんだって。さくらさん、レディ・グレイって、つらいのかな?」
「私がいるよ」
「さくらさんもバカだなあ」
さくらさんが髪を撫でる。頬に触れる。首筋をくすぐる。
梅影先生の声が聞こえた気がした。思い出しただけかもしれない。殺すのかと問う幻聴。こひぞつもりてふちとなりぬる。このまま私がさくらさんを好きになっていくなら、いつか溺れてしまうなら、殺される前に。




