17
だる。
おなかきもちわる。
がっこういかないと。
なぜ?
起きた。学校には行かなくても困らない。梅影先生がおどすから無意識に気にしていたのだろうか。死ね。でもちょっとヘルプ。
「うわっ、酷い惨状だな」
思ったら本当に来た。
ここはシティホテルの一室だったはずだが、どうやって鍵を開けて入ってきたのだろう。
「先生さあ、やっぱ私に何かつけてるんですよね?」
「居場所を隠したかったらケータイの電源くらい切っとけ」
「着替え欲しかったんです」
「ほら、呼ばれても頼まれてもないが持ってきてやったぞ」
梅影先生は顔をしかめつつ、茶色い無地の紙袋をベッドに放り投げた。紙袋はちょうど私のそばの空白、おそらくさくらさんがいたであろう場所に着地する。
ちらと覗いてみれば、中身は制服らしかった。助かる。コートは無事だが、制服は梅影先生の言葉通り酷い惨状。床に転がっている制服だったものの写真だけで十分売れそうとさくらさんは言っていたが、さすが上流階級の学校?
「こいつはクリーニングに……いや、切り裂かれてるのか。ゴミだな。一応聞いておくが、いったい何をしてたんだ、お前ら」
「見えるように見たら?」
「強姦殺人未遂にしか見えないな。その首の、手の痕、どうするんだ。スカーフでも巻いて授業に出るつもりなのか?」
何も考えてなかったとしか答えようがない。さくらさんは本当に遠慮なく好き勝手にしてくれたし、私はぼんやり、このまま死んでも未練はないなと思っていた。
梅影先生がベッドの端に腰を下ろして、ベッドが揺れた。
「先生、学校は?」
「二時間目の終わりまで休暇だ」
「今何時?」
時計も見ずに答える。
「ちょうど、一時間目が終わる頃だな。……それで、強姦殺人未遂の犯人はどこ行った?」
「仕事とか言ってたような?」
「そうか。目が覚めたならシャワーでも浴びてこい。見苦しい」
言われるまでもなく、乾いた諸々の液体を洗い流したい。ただ、ベッドから起き上がるのが面倒くさいのだ。いつも学校に行かない理由と同じで。それか、貧血気味かも。あちこち切られたし、腕刺されたし。痛い。まあいいや。
「結局、みんな仲悪いんですか? それともグルなの?」
「それを尋ねた時点で、お前、逃げ道がなくなったぞ」
「まだあったんだ」
「お前にできそうなやつなら五パターンほどな。派生と変化形も含めればそれ以上。ガキだな」
「で、どっち?」
少々苛立ちもこめてきつい口調になった。梅影先生は、ちらりと私を見て、目を細めて、また壁を眺める作業に戻った。案外、ただ目を向けているのではなくて、本当にアラベスクを見つめているのかもしれない。美術の趣味がある話は聞いたことがないが。
「これは試験だったんだよ。お前は合格。佐久良についても評価が下されているだろう。まあ、ターゲットに情報を漏らした以上、少なくとも今回は不合格だな」
「合格とは」
「お前の評価というより、こちらの都合だがな。レディ・グレイが死んだ。お前が跡継ぎだ」
自分の評価も先生の都合もレディ・グレイが何の称号なのかもわからない。推測はできるが、頭が働かない、どうだっていい。
「試験っていうのも嘘でしょ」
「ああ嘘だ」
「私死ぬの?」
「表向きは死んで、裏で暗殺者にってか? バカかお前、あんなのは嘘だ。生きてるほうがいいに決まってるだろうが」
嘘つき。梅影先生が嘘つきであることなんて、とうに知っている。あれを真に受けていた私は、作りものの色んな物語に影響を受けていたのだろう。そんなことはどうでもいい。私は。気づいてしまった。私は死にたくなかったのだ。未練なんかないが、死にたくはなかった。だってさくらさんが好きだ。もう少し一緒にいたい。これが未練か。