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放課後。補習の名目で梅影先生から呼び出され、図書館棟の一室でさくらさんについての調査資料を受け取った。読む。
佐久良春。二十六歳。警察庁の特殊捜査官。二年前に姉の美空を、連続殺人鬼の仕業と目される殺人事件により喪っている。
「この字面だと、さく、よしはる、って読めるよね」
「どうでもいいが、それが感想か? お前、特捜に目をつけられてるんだろうが」
長々続く文章にさーっと目を通したものの、新発見はない。
さくらさんは私を殺人鬼だと知っていて近づいた、身内を殺された刑事。ほぼ予想通りだ。
佐久良美空というと、たしか黒髪のきれいなお姉さんだった。子どもが出来て死にたいとか話していた。さくらさんのハンカチと色違いの同じものを持っていたのは彼女だ。姉弟だったとは、気づかなかった。彼女の顔がどんなだったか思い出そうと首をひねる。
「何だ?」
「……別に」
ぼんやりとしか思い出せない。雰囲気だけしか。人の顔を覚えるのは苦手なのだった。個々の判別だって苦手だ。覚えられないわけではないことは、日常に支障がないのでわかっているのだが。
「それで、どうする?」
私の悩みなんかはどうでもいいように、梅影先生が問う。
「別に、どうもしない。なるようになるだけでしょ」
「今は、か?」
「今は、です」
さくらさんの目的が復讐なのか捜査なのか知らないが、何も言われないうちに私からこの話題を出す理由はない。それに、もし責められたとして、お姉さんを殺したことを謝るつもりもない。
「トクソウってやばいの?」
「真っ当な警察じゃないことは確かだな。お前みたいなやつを監禁なり抹殺なりする組織だ。捕まったら最後、裁判もない」
「拉致はされてないけど」
「裁判なしに処刑だからな、冤罪には他所より厳しい。だから独善的なやつはあそこにいられない。外側から世界を観るような冷めたやつが多いな。それに単独行動が基本だから、もしかしたらまだ佐久良だけしかお前に目をつけてないのかもしれない」
なるほど。わからない。
「まあいいや。でもなんでお風呂だったんだろう?」
「お前の部屋は死角が少なくて、隠しカメラを仕掛けにくい。適度に掃除されているのは見ればわかるだろうしな。あれで無難な設置場所だったと思うぞ」
「へえ。ああ、そういえば冷蔵庫の中を見たとか言ってた。気にしてなかったけど、こっそりカメラの設置場所探してたのかな」
「かもな」
さくらさんのデータから目を離すと、途端に雑音がよみがえってきた。うるさい。同級生のみんなは部活動に励んでいるのだろう。私のようにどの部活動にも所属していない生徒は少数派だ。
「帰るのか?」
立ち上がった私に梅影先生が問う。頷いて返事代わり。梅影先生は何も言わなかった。