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 朝ごはんにも毒なんかは混じっていなかった。待っていても来ないことはわかっていたが、玄関を見つめていたら、思ったよりも時間が多く過ぎていって、遅刻。


「おはよう、椿坂さん」


「おはようございます」


 生徒指導室より先に保健室に行くと、鏡先生しかいなかった。甘いにおいがしている。


「何か食べてます?」


「うふふ、飴をね。椿坂さんもひとつ食べる? イチゴと、ブルーベリー、ラズベリーがあるわ」


「いらない」


「そう?」


 時計を見ると、もうすぐで授業が終わる時間だった。次もここにいてもいいが、次はたしか英語。それも梅影先生の文法の。これもあと一度でも休むと単位が足りないやつだ。梅影先生の顔を見たら腹が立つからあまり出なかったらこんなことになっていた。


「じゃあ。行く」


「はい。いってらっしゃい」


 保健室を出て、生徒指導室に向かった。先に階段をあがるか、先に廊下を進むか。迷って、後者にした。何となく、階段のほうが寒いような気がする。


 美術室も家庭科室も、この廊下の教室は今の時間は空いているようだ。誰もいない廊下を歩く。帰りたい。寒い。家で布団の中にいたい。お風呂でもいい。


「椿坂!」


 呼ばれて振り返る。

 梅影先生だ。保健室のほうの階段を降りてきたらしい。駆け寄ってくるので待つ。がんばれメタボ、昔みたいにスリムになればイケメン先生としてモテるかもよ。


「何、梅影先生」


「お前、遅刻したから、今日、一二時間目、授業が変更で」


「落ち着け」


 息が整うのを待っていると、授業終わりのチャイムが鳴った。


「今日、授業変更があって、お前の英語、単位足りなくなった」


「えっ」


「留年。まあそれは冗談で、今回は変更前の時間割通りの教科でカウントするから、もうこれからは無遅刻無欠席で来いよ」


「えー」


「もしくは就職?」


 どうせいまだ誰もいない廊下だったが、梅影先生は小声で耳元に囁くように言った。


 就職。私の所業が知られて、この高校に入るよう決められて、その頃から誘われていたことだ。永久就職の話。表向きには死んで、殺し屋として生きていくこと。梅影先生は国の機関だと言うが、怪しいことこの上ない。


「それと、例の男だが」


「口出しする気?」


「いや。好きにしろ。少し調べてみただけだ。確認するか?」


 目を細める。それはつまり、さくらさんの素性を調べたということか。顔も名前も知らないはずの人間の情報をどうやって。


「まだ私に何かついてる?」


「こちらはつけてない。やつは仕込んでいたようだが」


「わかった。後でね」


 さくらさんが何か仕掛けていた。おそらく部屋にだろう。探られているのは想定内であるが、それなら私も少しは探ってみるべきだろう。そういえば、梅影先生が、さくらさんが何か仕込んでいたと知っているということは。


「先生?」


「おう何だろうか」


 背を向けかけていた梅影先生がぎこちなく振り返る。怪しい。


「部屋に誰か入ったんですか。私が呼んでない人が誰か」


「痕跡は消させたし、お前気づかなかったんだからいいだろ? 風呂場に隠しカメラ仕掛けるやつのほうが重罪だろうが」


「私ルールでは違いますね」


 だって私は、家ではほとんど明かりをつけないのだ。それはもちろん、お風呂の時も同じだ。真っ暗。


「たしかに、あのカメラじゃ暗がりは映らないだろうな」


 ざわめきが近づいてきて、授業が終わったことを思い出した。梅影先生は上階を見上げるように視線を天井へ向け、息をひとつ吐いて、顔を切り替えた。


「それじゃ、無遅刻無欠席な」


 面倒くさいと思いつつ、自業自得であるとも理解していて、だからこそ面倒くさい。帰りたい。もしや担任からもう一度この話を聞かされるのだろうか。

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