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相撲小説「金の玉・四神会する場所」

金の玉外伝1 伝説の終焉 ー相撲小説「金の玉」シリーズ 4 ー

作者: 恵美乃海

既にアップ済の、

金の玉→四神会する場所→四神会する場所第二部

の続編です。


なお、オリジナルでは、シリーズ1 のラストに以下の文章が加わっておりました。

金の玉征士郎は、羽黒蛇との一番で再起不能となったが、生命を終えたわけではないということを明記しておりました。




武庫川部屋は閉鎖されることなく、又造はそれから、入門を志願する弟子を受け入れた。


武庫川部屋に入門した若い力士たちは、朝起きると、先ず、親方夫妻の居室に入り、挨拶をする。


そのあと、夫妻のひとり息子が日常を送っている部屋に入り、挨拶する。


征士郎は、この挨拶に対し、いつも機嫌よさそうに、にこにこと応じた。


やがて、武庫川部屋に稽古場が出来た。部屋は自前の土俵を持った。


親方夫妻は、あるいは息子の正気が戻る切っ掛けにならないか、との儚い望みをかけ、新しくできたばかりの稽古場に、征士郎を連れてきた。


征士郎は、しばらく土俵のほうを見やったかと思うと、怯えたような表情になり、その目からぽろぽろと涙が零れ落ちた。


夫妻は、もう二度と征士郎を稽古場に入れなかった。


 武庫川部屋は、間もなく移転する。今の武庫川部屋は、里井家の自宅に看板を掲げただけであり、金の玉征士郎も普段の稽古は、瀬戸内部屋で行っていた。


 新弟子が四人入門し、名古屋場所、全員無事に出世披露を果たした。

 秋場所は揃って、序ノ口として、番付に四股名が載る。


 親方は自前の稽古土俵を持つことを決意した。今の里井家の敷地にその余地はない。


 又造は、久しぶりに征士郎の部屋に入った。雑然としているが、征士郎が再起不能となった、その日のままにしている。征士郎は今も入院中である。症状によっては、自宅療養も検討されている。新しい武庫川部屋では、征士郎の居室も用意することになるだろう。

いずれにしても、この部屋は整理しなければ、ならない。


 又造は、征士郎の机の引き出しを開けた。

そこにおびただしい量の薬があった。

 

 それは、明らかに常用していたことが分かる、使用済の痕跡もあった。

 恐ろしい予感を胸に抱いて、又造は、その薬が何なのかを調べた。


 予感は当たった。覚醒剤に当たる興奮剤アンフェタミン。さらには、ステロイドもあった。


 金の玉征士郎の常人の常識を超えた集中力。そして人間離れした強さ。それは、元々の本人の性格、激しい稽古の成果であったろう。だが、ここにその秘密の一端が、あるいは大きな原因があったのか。


 又造は、我が子が哀れだった。我が一人息子の現状を思えば、このまま見なかったことにしたかった。

だが、それは許されないことだ。


 又造は、協会に報告した。


 数日後、この事実が公表された。

 同時に金の玉の、入門以来の三十五番の記録もすべて抹消された。

 金の玉征士郎の勝利の記録。そして対戦相手の敗北の記録も。

 

 輝ける伝説は終わった。賞賛の声は、批判の声に取って代わられたが、金の玉征士郎の現状により、その声は、それほど大きなものとはならなかった。


 以降、金の玉征士郎の存在は、相撲史の中で、タブー視されることになった。

もし、薬を常用していなかったとしたら、金の玉は、どの程度の強さの力士だったのだろうか。その疑問は残ったが、それは誰にも分からないことだった。


 人々は、金の玉征士郎のことは、もう注釈付きでしか語らず、やがて語られることもなくなっていった。

 金の玉征士郎の存在は、大相撲の正史から抹消されたのである。


 そのニュースが流れたとき、現役力士の中で、最も大きな衝撃を受けたのは、羽黒蛇と近江富士であった。


 金の玉征士郎は、羽黒蛇にとっては、おのれが経験した最高の対戦相手であり、近江富士にとっては、いずれは勝つと心に誓った最高の目標であった。

 もう土俵で対戦することは不可能になったが、かつてのその思いは、ふたりにとって、金の玉を心における聖域とも言える存在にしていた。


 聖なるものは、汚された。

 その聖であったはずの本人の過ちによって。


 だが、ふたりとも、金の玉を責める気持ちにはなれなかった。そこまでして、あの高みに至ろうとしたのか。

 そう思うと金の玉が痛ましく、ただ悲しかった。 


 ふたりが、そのニュースを知らされたのは、夏巡業の途上だった。

 翌日、期せずして、ふたりは、土俵の上で、それまでに無かったような激しい三番稽古を行った。


 それは、土俵周囲に居並ぶ力士たちが、新たに名乗りを挙げるのを憚らずにはおられないほどの、二人だけの世界があるかのような申し合いだった。


 近江富士の転換を図った新しい相撲も、羽黒蛇には、まだ通用しない。八番立て続けに敗れた。 

 だが、その八番の間、羽黒蛇は、近江富士が急激に力を付けているのが、はっきりと分かった。


 九番目、近江富士の立ち合いが決まった。羽黒蛇を押し込んだ。たが、羽黒蛇が土俵際から押し返す、 

 刹那、近江富士は、上手投げを放つ。

 決まったかに見えたが、羽黒蛇が下手から投げ返す。際どい相撲。

 だが、近江富士が勝った。

 近江富士は、稽古土俵ではあったが、初めて羽黒蛇に勝った。 

 この時、近江富士の右肩が破壊された。


 そして、羽黒蛇も数日後の破壊に繋がる、その身体への損傷を受けていたのである。




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