黎明の魔女
濡れた花の匂いがした。
雨の後の森。
湿り気を帯びた土と、濃厚な木の香り。
百年の昔から、ロー・クリスタスはこの森が好きだった。この森を抜けた先にいる、老いた魔女が好きだった。
偉大なるソーレナ――五百年の時を生き、衰えを知らない古の魔女。
自然、森を歩く足が速くなる。
気づくとロー・クリスタスは駆け出していた。
こがね色に輝く蜂蜜のような髪が、ひやりとした森の空気にふわりとなびく。
手に持った身長を超す巨大な杖は、まるで重さを感じない。
森を抜けると、目指す魔女の家があった。
うっそうとおいしげる森のなか、急にぽっかりと視界が開けて、柔らかな草原と薬草畑、ささやかな湖を抱く空間が、ロー・クリスタスを迎え入れる。
何本もの大樹が絡み合い、今も成長を続ける魔女の〝生きた家〟を前にしたとき、ロー・クリスタスを支配する感情は、まぎれもない歓喜だ。
面白い、と。
そう思う。
なんて面白い家だろう。
どうやって作っているのだろう。
前に来た時と――十年前だ――と、こんなにも形が違うなんて!
ロー・クリスタスの心は興奮ではち切れんばかりになる。
息を切らせてソーレナの家に飛び込んで、ロー・クリスタスは言った。
「聞け! 詠月! 我はこの十年、再びこの大陸を隅から隅まで巡ってきたぞ! 時には船に飛び乗って、幻の新大陸を目指したほどじゃ! しかしすんでのところで船が沈没してしもうてのぉ……いや、しかし心配には及ばぬぞ。なにせ我はルーデンスの魔杖に選ばれし、新しきを追う黎明の魔女じゃからのぉ!」
立て板に水のごとくまくし立てたロー・クリスタスは、飛び込んだ家の中からまるで反応がないことにふと気づき、おやと首をかしげる。
改めて室内を見回すと、そこにはロー・クリスタスが期待した魔女の姿ではなく、見慣れぬ男の姿があった。
「……なんじゃ、おぬしは? 犬か?」
「狼だ!」
返事があった。
純白の毛皮を持った狼の獣堕ちだ。
――いや、とロー・クリスタスは顔を顰めた。
違う。
この狼から、ソーレナの気配を感じる。
ならばこの狼は、行き場を失った獣の魂に取りつかれた〝獣堕ち〟ではなく、ソーレナが自らの意思で生み出した〝獣の戦士〟か。
「今時珍しいのう! 詠月がおぬしを作ったのか? 他者の介入を厭って森に引きこもった詠月が、一体何の気まぐれじゃ。さてはおぬし有能じゃな? 超有能な下僕じゃな?」
ロー・クリスタスはずかずかと室内に足を踏み入れ、状況が理解できずに混乱している狼の周りをぐるぐると回り始めた。
「お、おいなんだよ急に……! つーか誰だよ!」
「なんじゃあ? 自己紹介ならさきほど済ませたじゃろう。黎明の魔女じゃよ。名をロー・クリスタスという」
「名前がなげぇな……」
「はぁああ!? しっつれいな犬じゃのぉ! しかし我は率直さを愛する。許す! 尊敬と親しみを込めて、我のことはロスと呼ぶがいい」
「それで? その黎明の魔女たるロー・クリスタスが、偉大なるソーレナにどのようなご用向きで」
「や、やなやつ……! やなやつじゃぞ、おぬし! そんなんじゃ一流の下僕とは言えんぞ! 詠月にふさわしい下僕と言うのはじゃな、もっとこう、しゅっとしててシャララとしてて、礼節を重んじる感じの……」
「――ホルデム、客人かい?」
ふと、花の香りがした。
ホルデムと呼ばれた狼が振り向き、ロー・クリスタスも声の方に向き直る。
「ソーレナ! いや、客っつーか、なんか変なチビが……」
「黎明の魔女じゃと名乗ったじゃろー? 下僕なんじゃから、取り次ぎくらいまともにせんかこの三流」
子供のように舌を出してホルデムを罵り、ロー・クリスタスは姿を見せたソーレナに歩み寄る。
ソーレナの、足首まで届く豊かな金色の髪は小麦のようで、儚げなロー・クリスタスの髪と違ってどこか力強さを感じる。
ロー・クリスタスはソーレナのこの髪が好きだった。
深みのある柔らかな声も、月の色をした目も。
ソーレナはすべてが完璧だ。あらゆる面で美しい。
ロー・クリスタスの虹色に輝く目が、ソーレナの前ではなお色彩を増すようだ。
「久しいのう、詠月の」
「ついこの間会ったばかりさ、黎明の」
促されて、ロー・クリスタスは植物の根で作られた椅子に腰を下ろす。
「ホルデム、お茶の用意を。黎明のは、この森に外の知らせを運んでくれる大事な鳥だ。おまえが町で買ってきた、甘い菓子も出してやるといい」
ロー・クリスタスは愕然とする。
「よ……詠月が客人にお茶と菓子じゃと!?」
「そこ、そんなに驚くところか……?」
「当たり前じゃ三流下僕! 十年前に我がここに来たときは、我が手土産と茶でソーレナをもてなしたんじゃぞ! ここを訪れる魔女はみなそうじゃ。ソーレナは客をもてなさない」
ソーレナは笑った。
「大げさだねぇ。用意がなかったから何もしなかっただけさ。客人はいつも前触れなくやってくる。けれど、ホルデムが外からいろいろ調達してくるようになったからね。突然の来客にも対応できるようになった。それだけさ」
たった十年――永遠に変わらないと思っていたソーレナでさえ、変化する。
毒気を抜かれたようになってぼんやりとしているロー・クリスタスの前に、ホルデムが不機嫌そうにカップを置いた。
酸味をふくんだ、香草のさわやかな香り――たたえる色は鮮やかな深紅。
む、とロー・クリスタスは一瞬黙る。
こくりとお茶を一口のんで、ふうん、と言った。
「――貴族か、おぬし」
ホルデムがぎょっとする。
「なんで――!」
ロー・クリスタスは杖をホルデムに突きつける。
「まず、所作が美しい。まっすぐに伸びた背筋は叩き込まれた教育のたまものじゃ。獣の姿に変じればなおのこと、その骨格に合わせて姿勢は歪むが、おぬしにはそれがない。この香草は森では生えていないものじゃな。南の方の産出品じゃ。これがどういったものか知っておらねば、わざわざ買い付けはせんじゃろう? こんな、たった一杯が下級労働者の日給に匹敵する香草をのぉ」
とうとうと語って、ロー・クリスタスはもう一口お茶を飲む。
「まあ、それだけならちょっと奮発してしまっただけかもしれんが、抽出時間も湯の温度も完璧じゃ。完璧な状態で供された茶を飲みなれておる証拠じゃな。しかもこの茶は貴婦人の間で根強い人気があるものじゃから――」
パキン、とロー・クリスタスは指を弾いた。
「貴婦人の茶会に頻繁に招かれる身分の男。商人か貴族じゃな。そして我が部屋に飛び込んだ時、一瞬腰の剣を探す仕草をしたことを考慮すると、おぬしは貴族じゃ。おまけに相当な女たらしじゃなぁ!」
沈黙。
そして、ソーレナの笑い声がはじけた。
「見事じゃないか、黎明の。この短い時間で、あたしの知らないことまで言い当てるなんてねぇ」
「面白いじゃろう? これ、酒場でやると大盛り上がりなんじゃ。無駄に三百年、旅を続けてはおらんでな。多少のことなら一目見れば読み取れる。驚いたか三流下僕? 我を尊敬したか? 褒めたたえるか?」
「焼き菓子を没収する」
「いやじゃー!」
すっと伸びてきたホルデムの手から、ロー・クリスタスはあわてて焼き菓子を守る。
「ホルデム。いじめるのはおやめ」
「俺は惚れた女の前で過去をぶちまけられたんだぞ? それこそいじめじゃねえか」
「おまえの過去がどうだろうと、あたしは何も気にしやしないよ」
それはそれで傷つくぞ、という顔をして、ホルデムは「お嬢さんの様子を見てくる」と言い残して部屋を後にする。
「……お嬢さん?」
「孫がいたみたいでね」
「何!? 五十年も修業しておいて、急に魔女なぞ嫌じゃと家出した、あのはねっかえりが戻ってきたのか!?」
「いいや、孫だけさ」
ふと、ソーレナの表情が悲しげに曇った。
魔女狩り、という言葉がロー・クリスタスの頭に浮かぶが、口には出さずに飲み込んだ。
「――魔法が広まっておるな、詠月」
だしぬけに切り出したロー・クリスタスに、ソーレナは頷いた。
「ああ……黎明の。ついに旅歩くおまえの耳にも届いたかい……」
「耳はいい方なんでのう。ゆえに、十年ぶりに立ち寄った。のう、詠月の。おぬしはあれが嫌いじゃろう?」
「嫌いではないよ。あたしの生きた五百年をひっくり返す、おそろしくもいとおしい、可能性に満ちた技術さ。状況が違えば喜んで受け入れる。だけどねぇ」
「ああ、いささか〝はやすぎ〟るのう」
広まり方が速すぎる。
そして、広める時期が早すぎる。
〝魔法〟――それは一人の魔術師が、一冊の本とともにもたらした、世界の均衡を崩す新しい技術だ。
長い時間と煩雑な儀式と大きな危険がともなう〝魔術〟を簡略化し、ある種の才能さえあれば誰にでも、手軽に扱えるように改良したそれは、無力ゆえに虐げられてきた人々に無尽蔵の力を与える。
「どうする気じゃ? 詠月の」
「どうもしないさ。あたしはそういう魔女じゃない。この森でひっそりと生き、望まれれば薬を作る。今まで通りさ」
「じゃが、世界はそれを許しはせんじゃろう。おぬしはこの国で最も高名な魔女じゃ。多くの魔女が魔法を覚え、戦う力を得て戦争を始めたら、国はまずおぬしの首を取りに来る。たとえおぬしが魔法に関与していなくても――じゃ」
ふむ、と。
ソーレナは、同意とも相槌とも取れる声を上げて、ゆったりと目を閉じた。
「だからと言って、あたしには戦えない。当然ここから動けもしない。あたしはこの国が、国として存在する前からこの森にいた。この国の成長を、この森で見守ってきた」
「詠月の……」
「――黎明の。古いなじみだ、頼まれてくれるかい?」
「嫌じゃ」
唇を突き出して、ロー・クリスタスは即答した。
「嫌じゃ、嫌じゃ。我にその台詞を吐く者は、みな我を置いて死んでいく。お断りじゃぞ、我は。そんな最後の頼み事なんぞ、詠月のから聞きとうない」
「そうかい? では、黙ろう」
「それはそれで嫌じゃー!」
叫んで、ロー・クリスタスはテーブルに突っ伏した。
そして、
「言え」
と促す。
「この先何が起こっても、この国を憎まないでやってほしい。どれほど耐え難いことが起ろうと、またこの国に立ち寄って、旅の話を聞かせてほしい」
「詠月のに……か?」
「そう、詠月の魔女に」
「そんなこと、頼まれんでも当然じゃろー? なんじゃもう、てっきり自分の死後はこの国を頼むとか、べったべたなことを言い出すのかと身構えてしまったではないか」
ふにゃりと笑って、ロー・クリスタスは机に頬をくっつけたままソーレナを見た。
ソーレナは微笑みを浮かべて、くしゃりとロー・クリスタスの髪を撫でる。
「――しばらく、この国を離れておいで。きっと大きな戦争が起きるだろう。おまえは強い魔女だけれど、戦いにはあまりに不向きだ」
「言われずとも、我もきなくさいのは大嫌いじゃ」
お茶をぐいと飲み干して、ロー・クリスタスは立ち上がった。
「では、そろそろお暇するとしよう。その前に、あのホルデムとかいう狼と、おぬしの孫でもからかっていくかのぅ!」
「手加減してやっておくれ。二人ともまだ未熟だ」
「ちょっとつつくだけじゃよ、心配しぃじゃのー。ではな、詠月の。戦争が落ち着いたころにまた会おう」
「ああ……達者で、黎明の」
わずか、茶を一杯飲む間の時間だった。
ロー・クリスタスは満ち足りた気持ちで森を後にし、ソーレナに言われた通り国を出た。
――それから、わずか数年後だ。
ソーレナが火あぶりで殺されたと、風の噂に聞いたのは。
++++
世界は。
なぜ、こんなにも退屈なのだろう。
退屈で、退屈で仕方がない。
なぜ、自分はこうも長く生きているのだろう。
この先どれだけ生きるのだろう。
幾度も人生に絶望した。生きることに疲れ果てていた。
今もそうだ。
ソーレナの死はあまりにつらく、苦しく、ロー・クリスタスの心を蝕んだ。
指先から零れ落ちて行った、あまたの命。
果たせなかった約束。
名前も思い出せない誰かの声。
生きるとは、なんだ。
終わりのない日々のなか、カラカラに乾いた喉で水場を探す獣のように、生きる理由を必死に探した。
「笑え……笑え、笑え……生きることはなんと素晴らしい……この喜び、すべて、この世に生きてこその……」
楽しいことを、もっと、もっと楽しいことを。
どこかに、誰か、どうか、少しでもいいから、生きる意味を見出せる瞬間を。
ロー・クリスタスは立ち上がろうともがいた。
死を願うまどろみから。
どれほど望んだところで、死の安寧など得られないのだから。
そんな契約を、した。
してしまった。
愚かだった十五歳のロー・クリスタス。
魔女にあこがれ、力に焦がれ、杖の悪魔に魂を売り渡した。
その結果が、今だ。
死を奪われ、生きる理由を探し求める、享楽の亡霊――それが黎明の魔女であり、ロー・クリスタスという存在だ。
二百年の生に飽きたあの日、ロー・クリスタスは杖の破壊を願って、死を渇望してソーレナの森を訪れた。
だが、答えは否だ。
魔女にルーデンスの魔杖は壊せない。
「話をしよう」
ソーレナは言った。
自分はこの森から動けない。外の話をしておくれと。
以来百年、ロー・クリスタスはソーレナを楽しませる物語を求めて世界を歩いた。自分が心から笑える話に出会った時、息を切らせてソーレナの元に走った。
だが、今は立ち上がり方も思い出すことができない。
どうすればいい、どこを目指せば。
淀んだ沼のように停滞したこの世界で――。
その時。
殺戮が、世界を覆いつくした。
無数の悪魔が地をかけ、空を舞い、人間の血肉を哄笑とともにまき散らしながら、北の地へと進軍していく。
後に〝北の災厄〟――あるいは単に〝大災厄〟と呼ばれる、大陸の北半分を破壊しつくした出来事だ。
草原のただなかで、血の絶望に染まる世界を見ながら、気が付くと、ロー・クリスタスは声を上げて笑っていた。
見たことのない景色だった。
想像もしなかった事態だった。
世界の崩壊が起った――ならばその後、起こるのは変革か。
「――旅の、話を」
はたと、ロー・クリスタスは約束を思い出す。
果たせなかった約束――どれほど耐え難いことが起ろうと、またあの国に立ち寄って、〝詠月の魔女〟に旅の話をするという。
ソーレナの死後、〝詠月〟を継いだ者がいる。
そう、孫がいたはずだ。
ソーレナと同じ髪と瞳の色を持つ魔女が。
ぞわりと、心が動いた。
何年も前に見たきりの、あの子供は今、どうしているだろう。
どんな風に育ち、どんなことを話すのだろう。
この世界の変革に、どう向き合うつもりだろう。
知りたいと思った。
そうだ、まだ知らないことがある。知りたいことがある。話したいことがある、伝えたいことがある
ロー・クリスタスは走り出した。
ああ――偉大なるソーレナ。
「我が友よ。我は生きるぞ。おぬしの血筋を見届ける。おぬしの愛した、かの国を」
+++
「で……また来たのか……? ロー・クリスタス」
「うむ。久方ぶりにおぬしの茶が飲みたくなってのう」
「一年前に来たばっかじゃねえか」
「一年会わねば久しいと言っていいじゃろー?」
「そりゃ、普通の人間ならそうだけどよ……」
町でばったり出くわした金髪の小さな魔女に、ホルデムは頭を抱えた。
ソーレナの孫娘であるアルバスが、ウェニアス王国に魔法学校を開いたその年に、急にロー・クリスタスがことあるごとに現れるようになった。
旅歩く黎明の魔女であるロー・クリスタスは、普通、同じ場所にとどまらない。
ソーレナにそう聞いていたはずなのに、なぜかここ数年、ロー・クリスタスは定期的にウェニアス王国に顔を見せるようになっていた。
「して、アルバスは? まだ学校に閉じこもって、あれこれ仕事をしとるのか?」
「お嬢さんは忙しいんでな」
「よくないのー! さ、さ、この我が愉快な話を持ってきた。さっそくアルバスめを仕事机から引きはがし、この我と楽しくおしゃべりしよう」
「ダメだ。お嬢さんは忙しい。用件なら俺が聞く」
「ちょっとくらいいいじゃろー? さみしいんじゃよー! 構ってほしいんじゃよー! 年寄りのお願いは聞いとくもんじゃぞー!」
ロー・クリスタスはホルデムの腰に抱き着き、迷子の子供のようにわざとらしく泣き出した。
そんなロー・クリスタスを、ホルデムは乱暴に引きはがす。
泣き落としがきかないと見て、ロー・クリスタスは急にがらりと表情を変え、挑発的な表情でホルデムを睨み上げた。
「よほど、我をアルバスに近づけたくないとみえるのぉ? なんじゃ? 怖いのか? 大事なお嬢さんを我に取られるのではないかと気が気でないか」
「そうだ」
あっさりと認めた。
事実、そうだ。
過去に二度、ホルデムはアルバスをみすみす他者に奪われた。
ソーレナに「守ってくれ」と頼まれたアルバスを、守ってやることができなかった。
二度と、奪われない。
「急に現れて信頼しろなんて言われても、無理な相談だ、ロー・クリスタス。ソーレナがあんたをどう思ってたかは聞かされてる。だが、そのあんたはお嬢さんが一番苦しんでるときにそばにいなかった」
「返す言葉もないのう」
ロー・クリスタスは苦笑する。
「しかしだからこそ、こうして国々を渡り歩いては、役立ちそうな情報を集めてきてるのではないか。認めてくれてもいいじゃろ? こんなに頑張ってるんじゃし」
「別に他国の情報なんて、あんたに頼らなくても集められる。城には千里眼持ちだっているんだ」
とはいえ、ロー・クリスタスが持ってくる情報は、いつも何かしら役に立つ。
得た情報を処理する能力が群を抜いているのだ。
アルバスが百の情報を集めて得る答えを、ロー・クリスタスは十見ただけで導ける。
「そう言わんと! 会いたいんじゃよー! ソーレナの孫にー! 我にとっても孫みたいなもんなんじゃからー!」
「だれがてめぇの孫だ! 図々しい! ソーレナに謝れ!」
「そしておぬしの子でもない。でしゃばりすぎじゃぞ、ホルデム。我と関りを持つかどうかはアルバスめが決めることじゃろう? 独り占めはよくないぞ」
ホルデムは鼻の頭に皺を寄せた。
「……帰れよ、ロー・クリスタス。もう話すことはない」
「そう怖い顔をするなホルデム。せっかくの男前が台無しじゃぞ? ほれ、フォーミカムで人気の菓子屋から土産を買ってきたんじゃ」
にっこりと笑って、ロー・クリスタスは麻袋をホルデムに押し付ける。
「もので釣ったってお嬢さんには会わせねぇぞ」
「そう言うと思って、実はもうアルバスとは会ってきたんじゃ」
今はその帰りじゃ、とあっさり言われ、ホルデムはその場で膝から崩れ落ちた。
「なんだったんだ今までのやり取りは……! 何だったんだよ……!」
「ちょっとしたじゃれあいじゃ、じゃれあい」
ホルデムはすっかり毒気を抜かれて脱力し、押し付けられた麻袋の中身をのぞき込む。
――いかにも、ソーレナが好きそうな。
「聞きたいじゃろ? おぬしが知らなかったころのソーレナの話。はようこれに合うお茶をいれておくれ」
「そりゃ聞きてぇけど……俺だって仕事が……」
「さぼってもバレやせんじゃろー? 三流なんじゃから」
「うるせぇよ!」
ロー・クリスタスの頭に軽く拳を落とすと、ロー・クリスタスは「痛い!」と大げさな声を上げる。
「……夜、ソーレナの森で」
ホルデムは言った。
ロー・クリスタスは笑う。
「ソーレナの森で」
合言葉のように言って、ロー・クリスタスはホルデムに背を向けた。
やれやれ、とホルデムはため息を吐く。
三百年を生きた、古の魔女。
ソーレナの古い友。
その、いっかな変わらぬ笑顔の裏に、どれほどの慟哭があったか――。
わかってはいるつもりだ。
それでもアルバスから遠ざけたいと考えるのは、独占欲なのだろうか。
麻袋から焼き菓子を取り出して、一口かじる。
あの日、ソーレナとロー・クリスタスに入れた茶が、よく合いそうな味だった。