7話「犬猿の仲」
始業式が終わり、帰りのホームルームで喜島先生の話を聞いていると、隣の女子から手紙が回ってきた。
「黒柳君、なんか水沢さんにこの紙を渡してほしいって、言われたんだけど……」
俺がその手紙を受け取ると、周りの生徒達も気にしているようだった。
周りは俺と夕美が幼馴染だという事を知らないから、転校生がなんで俺に興味を示しているのか気になっているのだ。
俺はそんな周りの視線を気にしながら、折りたたまれている手紙を開いた。
『ホームルームが終わったら、屋上にきなさい』
手紙に書かれている言葉は、その一文だけだった。
しかし、俺にとっては、とんでもなく重い一文である。
これは暗に、夕美が俺に対して『逃げるな』と言っているのだ。
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そして、運命の時間がきた。
夕美はホームルームが終わると、さっさと教室を出て行ってしまい、俺も後を追いかけた。
俺は、屋上へと続く階段を昇る足が、凄く重たいと感じていた。
扉をあけると、夕美がゆっくりと後ろを振り返った。
「ちゃんと来たのね。」
俺を見る夕美の目は、とても冷たかった。
俺は冷や汗が流れるのを感じながら――
「俺がこの学園にいる事を、おじさん達から聞いたのか?」
と、もう逃げるのはやめて、夕美の眼をしっかりと見る。
「あら、久しぶりに会う幼馴染に対して、発する第一声がそれなの? 勝手にいなくなって謝罪も無いの?」
やはり、夕美の怒りは頂点に達しているようだった。
俺は何も返す事ができなかった。
「……お父さん達は何も教えてくれなかったわ。あなたがここに居る事を見つけたのは、このみよ。あの子、龍がいなくなってから毎日泣いてたわ。それで、あなたを絶対見つけるって言って、頑張っていたの」
俺はこのみが泣いていたと聞いて、罪悪感を抱いていた。
仕方なかったとはいえ、このみを傷つけてしまったのは俺だったからだ。
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屋上の階段付近に潜み、私達は二人の会話を盗み聞きしていた。
「なぁ、さっきから黒柳達、なんの会話してるんだ? 黒柳がいきなりいなくなったとか……」
神崎君が隣にいた私に、声を潜めて尋ねた。
「あまり言いふらしていい話じゃないから、それは龍に聞いて。ただ、あの二人は幼馴染なんだよ」
「え、幼なじみって、加奈ピンチじゃん。黒柳君を水沢さんに盗られちゃうんじゃないの?」
龍に手紙を渡した女子が、私を心配していた。
「いや、盗られるって――別に龍は私のでもないから」
私はちょっとムカッと来てしまい、冷たく言ってしまった。
そんな私にその子は怯えた表情をしていた。
「なんで、黒柳のとこばかり美少女が寄ってくるんだよ~」
少し大柄の男子が、うらやましそうに龍を見る。
龍の席の周りの生徒達は、龍達のことが気になって、私に付いてきた。
そんなことに龍達は気づかずに、話を進める。
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「龍、何があったの? あなたがこのみを置いていなくなるなんて、よっぽどの事があったんじゃないの?」
夕美は俺に対して怒ってはいるが、俺が意味もなく、自分達を裏切るはずがないと信じているといった目をしていた。
俺はあきらめて、紫之宮先輩との取引以外の事を全て打ち明けることにした。
紫之宮先輩との取引の事を話さなかったのは、先輩との約束もあるが、なんだか夕美に話してしまうと、ややこしい事になりそうだと思ったからだった。
――しかし、そんな事では夕美を誤魔化せるわけがなかった。
「龍、まだ大切なこと隠してるでしょ? 確かに普通だと納得出来る内容だったけど、これだけでは龍が、このみを残して行くなんてありえないわ」
元々、夕美は頭がキレる人間だ。
そのうえ、俺の事をよく理解している。
俺がこのみの事を自分自身よりも大切にしていて、何があってもこのみ第一で考える人間であることを、夕美は知っていた。
今の話だけでは俺がこのみを残して行く事は無いと、夕美は確信しているのだ。
誤魔化せないとわかった俺は、紫之宮先輩との取引のことを話すかどうか悩んでいると、思いもよらぬ人物が現れた。
「それは彼が私と取引したからよ」
声がした方を俺達が振り向くと、そこには紫之宮先輩が立っていた。
そして、その後ろに加奈達が居ることにも気づいた。
いきなり紫之宮先輩が現れた事に驚いてしまい、加奈達は隠れる事を忘れてしまったのだろう。
なんで先輩がここに……?
それに、加奈達もついてきていたのか……?
俺が先輩に声をかけようとするが、それよりも早く先輩が言葉を続けた。
「転校生の名前と顔写真を見て驚いたわ。まさか、ここまで黒柳君を追ってくるとはね。それで新入生の方も調べてみると、やっぱり彼の妹も居たわね」
俺はその言葉に驚かなかった。
夕美が転校してきたのに、このみがついてきていないわけがない。
前の食事会で先輩が俺に対して『このみ達と会いたい?』と聞いたのは、これが理由だったのか。
「あなたは龍が居なくなる少し前に、龍のことを私に聞いてきた人ね? ……そう、やはりあなたが関わっていたわけね」
夕美は先輩の事を睨みつける。
「いや、紫之宮先輩は俺達の事を助けてくれた人なんだ。だから、そんな睨みつけるな」
俺は夕美の事をなだめるが、夕美の怒りはおさまらない。
「助けてくれたって何? 人の素性を探るような人間が、正しいことをしてるなんて思えないわ」
「全く……幼なじみがいなくなったから追いかけてくるって、あなたストーカーかしら? そんなにも黒柳君の事が好きなの?」
先輩はわざと、夕美が怒る言葉を選んでいるようだ。
「違います! 好きじゃありません! 私はただ、このみが龍に会いたがっていたから、ついてきてあげただけです。このみのためであって、龍に会いたかったわけではありません!」
普段、冷静で物静かな夕美が、ここまで怒る姿を俺は初めて見た。
しかも、普段と違うのは、どうやら先輩も同じようであった。
いつも人に厳しく接する人ではあったが、相手を挑発するようなことをする人間ではない。
しかし、今の先輩は思いっきり夕美を挑発していた。
どうやら、夕美の存在が気に入らなくて、ちょっかいを出しているみたいだ。
頭が良く、冷静沈着といった面で似たような性格をしている夕美と先輩は、気が合うかと思えば、どうやら犬猿の仲であるようだ。
いや……同族嫌悪か……?
「――そう、じゃあ、あなたは口を挟まないでくれない? 彼の面倒は私が見てるの。つまり、今はもう彼は私の物なの」
「「「えぇ~!?」」」
驚きの声を発したのは、加奈についてきた三人だった。
どうやら彼らは、今の発言を俺と先輩が付き合っているものと、受け取ったみたいだ。
「ちょっ……紫之宮先輩、なんでそんな紛らわしい発言を!?」
「なんで? 事実じゃない。私、結構黒柳君のお世話してるわよ?」
「いや、確かにお世話になってますが、言い方ってものが……」
「へぇ~?」
「龍の裏切り者!! 女たらし!!」
俺がゆっくりと後ろを見ると、ゴミでも見るかのような目をした夕美と、泣きそうな顔で怒ってる加奈がいた。
そしてその後ろでは、クラスメイト達が電話をしていたり、スマホをタップしていて、俺と紫之宮先輩が付き合っている、という情報が流されている事を察した俺は、膝から崩れ落ちた。
「俺……なんも悪い事してないじゃん……」
――そして、次の日学校に行った俺は、学校中の男子から総スカンをくらい、女子たちからは質問攻めを受けるのであった。