69話「決着」
「さて――もう今日のお見合いはおしまいで良いか?」
そう言って、紫之宮社長が山中さんを見る。
「そうですね、ただ――今日の庶民の食事はどうでしたでしょうか?」
山中さんは紫之宮社長の言葉に同意したと同時に、お昼に出た食事について尋ねた。
「ふむ――正直、予想より遥かに美味しかったな。きっと、腕の良い職人が作ったのだろう」
「えぇ、そうです。良ければ、その職人に労いの言葉をかけて頂けると、僕としても有難いのですが、いかがでしょうか?」
「ほぅ……なるほどな。きちんと周りの者にも配慮が出来るとは、やはり君はしっかりしているな。うむ、構わない呼んでくれ」
「ありがとうございます――では、今ここに」
山中さんはそう言うと、手を叩いて使用人の人を呼んだ。
そして、料理を作った者を呼ぶようにと告げる。
――ここからは、いよいよ俺の出番だ。
使用人の人が俺を呼びに来ると、俺はそれに従ってついていき、楓先輩達の部屋の襖を開けた。
「この度は私めの料理をお召し上がりくださり、ありがとうございます。料理職人の黒柳龍です。以後、お見知りおきを――」
俺は両膝をつき、そう言った後に丁寧に頭を下げた。
「な――!」
俺の姿と名前を確認した紫之宮社長が、驚いた声を出す。
楓先輩は安心したような笑みを浮かべ、山中さんも素知らぬふりをしている。
あの紫之宮社長を相手にしていたのに、何事もなかったような態度を示している山中さんは凄いと思う。
「どうされましたか、紫之宮さん」
山中さんはそう言って、紫之宮社長の様子を心配する。
「貴様、裏切ったのか!?」
そんな山中さんに対して、紫之宮社長が怒鳴り上げた。
もうこれで、紫之宮社長は冷静さを失ってしまった。
俺が紫之宮社長から引き出したい言葉を述べさせるには、こうするのが手っ取り早い。
この人がその言葉を言う確率も、楓先輩の話を聞いた時点で、紫之宮社長を追い込めば確実に言うと確信した。
「僕の方から説明をさせて頂きます。まず、これをご覧下さい」
俺はそう言って、俺と山中さん――そして、紫之宮会長が関わった書類を見せる。
そこには、これからの紫之宮財閥と山中財閥の関係に対しての契約が書かれている。
これは、この男が楓先輩を使って手に入れたかった内容だ。
「これで山中さんは僕を切ることが出来なくなったんです」
「ふざけるな! トップの私を差し置いて何を勝手に契約している!」
「いえ、実質トップはあなたかもしれませんが、あくまで紫之宮財閥の表向きのトップは、紫之宮会長です。彼の決定は他の会社の人間からすれば、覆しようのない物です」
「わからぬ! 何故貴様などに、父さんが味方をするのだ!」
そう、紫之宮社長とすれば、そこが不思議だろう。
だから俺は、本来の順番は逆だが、それらしい理由を述べる。
「紫之宮会長には僕の実力を示して認めてもらいました。そう、あなたが言う紫之宮財閥に相応しい男かどうかを示したんです」
「ありえない! 少なくとも、父さんには貴様の学園での噂を耳に入れている! なのに、何故認められるのだ!?」
「あぁ――そう言えば、あなたが僕を認めないと言って主張した理由が、僕が学校で色々な女性に手を出してる男だと言われてるからでしたね。だけどそれは、僕の事が気に入らない人間が勝手に言い触らしたものだと言う事を、学園側が既に認めています。もし僕の言葉が信じられなければ、学園か、僕の相手だと言う女の子にでも確認とって頂いて、結構です」
「何という事だ……」
俺の言葉を聞いて、紫之宮社長が頭を抱える。
これで、この人が俺を否定する主張の根拠が消えた。
だが、これではまだ紫之宮財閥に相応しくない人間だと言われるだろう。
俺はお金など一切持っていないのだからな。
「僕はあなたが楓先輩を使って手に入れようとした物を、何一つ犠牲にすることなく手に入れました。そして、紫之宮財閥がイメージキャラとして欲しがっていたのに、未だに話を付ける事が出来ていない春川さんとも、僕は交渉を成立させました。彼女は全面的に僕に協力してくれるそうです」
「馬鹿な……! どれだけお金を積もうと、首を縦に振らなかった子だぞ!? どうして貴様などが了承を得る事が出来る!」
「僕は彼女の心と向き合い、了承を得ました。あなたは相手の事を価値観でしか見て居ない。相手の心を見ようとせず、お金で解決する手段しか知らないあなたには、無理だったって事です」
「言わせておけば……! こんなもの――!」
俺の言葉に等々怒りが頂点に上ったのだろう――紫之宮社長が俺の見せた契約書を破り捨てた。
ただ、そんな事は端から想定しているため、渡したのはコピーだ。
原紙は俺が未だに持っている為、関係ない。
「紫之宮会長は、これで僕の事を認めて下さいました。あなたは、それでも僕が紫之宮財閥に相応しくないと?」
「当たり前だ! 貴様の様な借金に埋もれて育ってきた奴など、認めるわけにはいかない!」
「なら、どうしますか?」
「無論、貴様の事は排除してやる! それに山中財閥もだ! 私を裏切った事、後悔するが良い!」
そう言って、紫之宮社長は山中さんを睨む。
山中さんは、相変わらず素っ気ない顔をしていた。
全面的に俺を信じてくれているからだ。
俺は怒鳴り散らす紫之宮社長を静かに――そして、今から潰す対象として見る目を向けた。
「……いいんだな?」
「は?」
「あんたの今の言葉、自分の全てが失われる覚悟を持って言ったんだろうな?」
「どういう事だ……?」
俺の様子が変わった事に、紫之宮社長は顔をしかめる。
「相手の人生を潰しにかかるという事は、自分の人生を潰されても仕方ないと言う事だ」
「はっ――! 貴様の様な小僧に何ができように! たかが、山中財閥と手を組んだくらいで、図に乗るなよ! その程度、紫之宮財閥の力をもってすれば造作もない! それに、楓はこちらの手にある! お前がどれだけ言おうが、楓は私の言う事を聞くしかないんだよ!」
「へぇ……そこまで言い切るという事は、何か契約でもかわしたのか?」
「そのとおりだ! お前が現れなかったあの日、もう一時間貴様を待つ代わりに、来なかった場合私の見込んだ男と婚約する事になっている! そしてその契約を破ればどうなるかは、楓がよく知っている!」
俺はその言葉に笑う。
紫之宮社長はそんな俺の様子を見て、より怪訝な顔をした。
「何がおかしい……?」
「いや――なに、あんたの負けが決まっただけだ」
「は……?」
俺の言葉が理解できない紫之宮社長は、首を傾げる。
ただ、その意味を理解するのにそんな時間はかからなかった。
「――そこまでじゃ!」
そう言って襖を開けて現れたのは、紫之宮会長だった。
会長には、俺や佳織とは別の部屋で一部始終この見合いを見届けてもらった。
そして、これが俺の狙いでもあった。
俺達の話では、あくまで紫之宮会長は保険と言う事で話がついていた。
しかし、それは嘘までとは言わないが――十中八九、俺はこういう展開になると思っていた。
紫之宮社長に軟禁されているのに、楓先輩が大人しくして、何も抵抗をしていないという情報を聞いていた俺は、楓先輩が何かの条件を飲まされている事を読んでいた。
俺に本性を現す前の楓先輩ならともかく、今の楓先輩は運命に抗う事を決めた。
その時の意思が強かったことを、俺は自分の目で確認している。
それなのに楓先輩が抵抗していない事が、俺にヒントをくれた。
そして、俺はその時点で自分の実力を示すだけでは、足りないと考えた。
おそらく紫之宮社長を追いつめた所で、何かしらの理由で楓先輩を盾に使われると思ったからだ。
だから、紫之宮会長を味方につける策を最優先にした。
それが、アリアさん達との取引にも繋がる。
紫之宮会長を味方につけるには、このままでは紫之宮財閥の経営が傾くと言う、危機感を確実に与える必要があった。
そしてそうならない様にする唯一の道が、紫之宮会長が俺の味方に付き、俺と紫之宮社長を完全に対立させない事だった。
だが、最初から紫之宮会長を土俵に上げても意味が無い。
それでは、俺の力を紫之宮社長に示した事にならないからだ。
だから、それだけだと紫之宮会長は動いてくれない。
そのため、俺は紫之宮社長が楓先輩を契約で縛っているという言葉を引き出す事にした。
紫之宮社長がそんな契約を娘に押し付けた事を知れば、紫之宮会長は絶対に怒ると思ったし、俺の力ではもうどうしようもなく、紫之宮財閥を潰しにかかるという事を会長に理解してもらえるからだ。
「お前と言う奴は――娘にそんな事をして恥ずかしくないのか!?」
紫之宮会長が、紫之宮社長を怒鳴る。
「ですが父さん、これも会社の為なんです!」
紫之宮社長は紫之宮会長に負けない様に大きな声を出した。
だが、紫之宮会長はそれにただ呆れるだけだ。
「お前のその会社の為という事が――会社を倒産に導いてるんだ、バカタレ!」
「は……?」
「そこの黒柳と言う少年はな、紫之宮財閥を潰すためにかなりの根回しをしておる。それに、あの平等院の人間とも手を結んだ。このままでは、紫之宮財閥が四方から攻撃を受け、潰されるのは目に見えておるわい!」
「そんな……」
紫之宮社長は、紫之宮会長の言葉に膝をついた。
会長の言葉を疑わないのは、会長が言う事だからなのか、俺がこれまで動いてきた結果を先程示したからなのかは知らないが――彼の戦意は喪失したとみていいだろう。
俺は一度会長にアイコンタクトで、後は任せてほしい事を伝えると、紫之宮社長と真正面から向き合う。
「紫之宮社長――別に、楓さんを下さいとか、僕を紫之宮財閥の人間にしてほしいとお願いするわけではありません。僕にチャンスを頂けないでしょうか?」
俺はそう言って、紫之宮社長に頭を下げる。
俺の行動に、周りのみんなが驚いたのが気配からわかった。
この行動は、みんなには言ってなかったもの――そして、俺が最初から決めていたものだ。
「なぜ、貴様が頭を下げる……? 私は、完全に負けた。貴様がわざわざ私の許しをこう必要がないだろ……?」
紫之宮社長が戸惑いの声を出した。
俺はそんな紫之宮社長に首を横に振る。
「俺はこんな頭ごなしのやり方が正しいとは思いません。だから、あなたには俺という人間をこれから見て頂き、その上で紫之宮財閥に相応しい人間かどうか判断して頂きたいのです。今までは俺と向き合って頂けなかったので、あなたが僕に目を向けてくれるようにしたかったんです」
そう――これが、俺の考えだった。
頭ごなしで紫之宮社長を屈服させるやり方は、紫之宮社長が他の人間にしている事と変わらない。
俺はそのやり方が正しいとはどうしても思えなかった。
他の人間を頭から抑えつけて言う事を聞かせるのではなく、お互いに実のある取引をした方が、将来的には自分の為になると思っているからだ。
自分の会社と同じように、取引相手の会社も成長していく。
その際に、昔から仲良くしていれば、それだけで融通が利く。
そして、取引相手の会社が良くなるという事は、それだけ質が良い物が手に入りやすくなるという事だ。
それは、頭ごなしで相手を抑えつけるやり方では無理だと言える。
なぜなら、頭ごなしに抑えつけられた相手は、不利な条件のせいで苦しい経営を強いられ、技術を伸ばす方にお金をつかえなくなってくるからだ。
その結果破産などしようものなら、貴重な取引相手を一つ失うという事になる。
そんなの俺から見れば、愚の骨頂だ。
だから、俺はここでも紫之宮社長とは別のやり方をとる。
「……本当にそれでいいのか?」
俺が言った言葉に対して、紫之宮社長がそう尋ねてきた。
「もちろんです。僕はそれ以上を望みません」
「わかった……。その条件を認めよう」
「ありがとうございます!」
俺の条件をのんでくれた紫之宮社長に、俺は頭を下げた。
これで、長かった問題が片付いた……。
「龍君――!」
俺達のやり取りを黙ってみていた楓先輩が、俺に抱き着いてきた。
俺はそんな先輩を抱きしめ返す。
「すごい、すごいよ! 本当にすごい!」
楓先輩は何故か凄いを連呼していた。
俺はそんな先輩の頭を撫でると、先輩は嬉しそうに身をゆだねてくれた。
――俺が先程居た部屋の方を見れば、襖を開けた佳織が嬉しそうに笑っていた。
あいつにも凄く苦労をかけたな……。
佳織がいなければ、楓先輩を助けることなど、叶わなかっただろう。
「それじゃあ龍君、今からアメリカに行く準備をするか?」
「アメリカ!?」
紫之宮会長の言葉を聞いた楓先輩が、驚いた顔で俺の事を見上げてくる。
そういえば、楓先輩には話をしていなかったな……。
まぁでも、由紀さんから聞いた事によれば、楓先輩は俺の病気については知っているらしいしな……。
後で、きちんと説明をする必要があるだろう。
ただその前に――
「出発は明日にしてもらえませんか?」
――と、紫之宮会長にお願いした。
「どうしてじゃ?」
「今日は、楓先輩と行きたいところがあるんです」
「なるほど……よし、明日朝一飛び立てるように手配をしておこう」
「ありがとうございます!」
俺は紫之宮会長に頭を下げた。
そして、楓先輩の方を見る。
「楓先輩、その恰好のまま行くわけにはいかないので、普段の私服に着替えて僕と出かけてくれませんか?」
楓先輩の今の恰好は、お見合いの為の着物だった。
その状態であの場所に行くわけにはいかない。
「うん、わかったけど――アメリカ……」
「その話は後でしますよ」
楓先輩は俺の言葉に頷いてくれながらも、やはりアメリカ行きの事を気にしていた。
俺はそんな先輩に後で説明する事を約束し、彼女と一緒に楓先輩の家に行き、彼女が着替えるのを待つのだった――。







