63話「噂の真実」
「いったい、なんなんだろうな?」
「こんな急に全校集会するのなんて、初めてだよな?」
「でも、白川会長が開いたってことは、別に変なことじゃないんじゃない?」
体育館の舞台袖に隠れて集められた生徒達を見てみると、やはり突然の召集にみんな戸惑っているみたいだった。
ここから声が聞こえるのは舞台袖付近の生徒達だけだけど、多分みんな似たような会話をしてるんだと思う。
でも、不満そうな顔している生徒が一人もいないのは、召集したのが白川会長だからだと思った。
白川会長は全校生徒の憧れであり、誰もが慕っている人だから、彼女が話すとなれば、みな嫌な顔ひとつせず集まるのが、桐沢学園の恒例だった。
私がそんなことを考えていると、生徒達が集まったことを確認した白川会長が、壇上へと姿を表した。
その直後に今までざわついていた生徒達が、シーンと静まり返る。
学園長が話すときでさえ、所々話をする生徒達が、白川会長が話をするときには、誰一人声をもらさない。
それからもわかるように、彼女は桐沢学園の生徒からすれば、それだけ偉大だった。
そんな彼女が何を言い出すのか――みんなそういう思いを心に秘め、会長の方を見ていた。
白川会長は一度集められた生徒全体を見回すと、笑顔を浮かべて話始めた。
「みなさん、お忙しい中急に召集してしまい、申し訳ありません。急な召集にも関わらず、これだけの生徒が集まってくれたことを、とても嬉しく思います」
会長が笑顔で話始めたせいか、先程まで緊張を含んだ表情をしていた生徒たちから笑顔が見えた。
おそらく、夏休みを控えたタイミングも相成り、夏休みの事を話すとでも思ったんだと思う。
白川会長は笑顔を絶やさず『さて――』と前置きして、続きを話始めた。
「みなさん、最近とても楽しそうに、ある生徒の噂話で盛り上がっていますね――」
白川会長がそう話した途端、先程まで笑顔を見せていた生徒達の顔色が変わった。
噂を流している心当たりがあるのか、冷や汗を浮かべている生徒も見える。
そんな生徒達を見渡しながら、白川会長は笑顔で話を続けた。
「もうすぐ期末テストがあるのに、みなさん随分と余裕があるみたいですね? そんなみなさんにご褒美を与えましょう。明日、全七教科の抜き打ち小テストを行います!」
「「「「「はぁ!?」」」」」
会長のとんでもない発言に、全生徒から驚きの声と、悲鳴に近い叫び声が発せられた。
その中には『どこがご褒美なんだ!』という声も、多く混ざっている。
白川会長はそんな声を全て笑顔で受け入れ、口を開く。
「もちろん、これだけでは寧ろ罰ですね。しかし、この小テストの成績が全体的に優秀だった場合、十月に行われる文化祭の日数を二日増やしてもらいます!」
「おぉおおおおお!」
会長のその宣言に、今度は歓喜の声が上がった。
文化祭の日が増えるというのは、普通なら無理そうだけど、あの白川会長が『やる』と言ったなら、実現することを疑う生徒は一人もいなかった。
「ただし――」
そう前置きした白川会長の顔が、今日一番の笑顔になる。
「小テストの点数が、平均点より下回った数が四教科以上の生徒には、夏休みの最初の二週間、補習を受けていただきます」
「「「「「はぁ!?」」」」」
地獄から天国、天国から地獄へと叩き落とされた生徒達は、頭を抱えていた。
元からわかっていたなら事前にテスト対策は出来るけど、今回は、明日急に抜き打ち小テストをすることを言われてる。
そんなテストで成績を残す自信がある生徒は、かなり少なかった。
そしてそれを言ったのは、白川会長だからね。
この人なら間違いなく、成績が伴わなかった生徒には補習をさせるということを、全生徒が理解してた。
だから、体育館の中は悲鳴で埋め尽くされてる。
そんな生徒達に、とうとう白川会長が笑顔をやめた。
あの優しい生徒会長が、怒りを含んだ顔をしてる事実に、生徒達は怯えた表情をしている。
「他の生徒を噂話で馬鹿にする余裕があるんです。当然、これくらいのことはやれますよね?」
体育館内はシーンとしてしまった。
先程の悲鳴じみた叫び声をあげる生徒すらいない。
それだけ今の白川会長が、怖いということ。
そんな生徒達を見て、白川会長が大きなため息をついた。
会長がこんな姿を生徒の前で見せるのは、私の記憶では初めてだった。
「みなさん、それが嫌ならよく聞いてください。あなた達が無責任に噂話をしている生徒についての事実を話します。まず、彼は噂をされている女の子達と、誰一人として彼氏彼女という関係ではありません。――逆にみなさんにお尋ねしたいのですが、彼と噂されている女の子達は、彼の妹、幼なじみ、中学からの友達です。そんな子達と仲良くするのはおかしいことでしょうか?」
そんな会長の問いかけに、一人の生徒が手をあげた。
全員がその生徒に視線を集める。
白川会長がその手をあげた生徒を指名すると、その生徒が口を開いた。
「確か噂の女の子には、副会長や別のクラスの女の子もいたと思いますが、それについても昔からの知り合いだったという事でしょうか?」
これは事前に会長が信頼する生徒にそうするようにと、手配していたことだった。
「副会長は中学からの知り合いと聞いております。ついでに今流れてる噂についても触れておきましょう。彼女――紫之宮楓さんは今、家の用事で学校には来れておりません。そして黒柳龍君、花宮佳織さんは、それに関わっており、学校に来れていないのです」
「なんで紫之宮家と関係ないはずの二人が、紫之宮家の事に関わって学校を休むんですか?」
「花宮さんは、紫之宮副会長の従妹です」
その言葉に生徒達がざわつく。
一番大きくざわついてるのは、花宮さんのクラスだった。
『こんな発表を勝手にしていいのか?』と思うかもしれないけど、事前に龍達には、このみちゃんを通じて確認していた。
それはこの後の発表についても――ね。
ただその時に――『なんであの男は私の連絡には出ずに、このみの連絡はすぐとるのよ!? 帰ってきたら、覚えてなさいよ!』――と、夕美ちゃんが相変わらず怒り狂ってたけど……。
私が昨日の夕美ちゃんの事を思い出して、震えている間にも、白川会長の話は続いている。
「そして黒柳君についてですが――先程私は、黒柳君は誰とも関係を持っていないと言いましたが、彼は紫之宮副会長の事を心から好いています。そしてそれは紫之宮副会長の方も同じです。ただまだ付き合っていないだけです。ですが、お互いを思っていることには変わりありません。だから、黒柳君は彼女の為に動いているのです」
「えぇええええええええええ!?」
まさかの白川会長から伝えられた衝撃の事実に、みんなが驚きを隠せずにいる。
……あれ?
みんな、龍と副会長が付き合ってるって噂も知ってたはずだよね?
なんで、驚いてるんだろう?
私が首をかしげていると、私の横にいた夕美ちゃんが、こっそりと教えてくれた。
「副会長と龍の事は面白半分で噂されてただけで、誰も本当だとは思ってなかったのよ。だって、あの桐沢学園の月――孤高の美少女で知られる副会長ですもの。まさか男性を好きになってるだなんて、誰一人思ってなかったのよ」
あぁ……そうなんだ……。
これ、本当に全校生徒の前で言ってもよかったのかな?
白川会長は全てを否定すると嘘に聞こえるから、ある程度の事実は認めるべきって言ってたし、龍が了承したのなら、間違いないんだけど……。
あれ?
そういえば、龍が紫之宮副会長の事を好きなことを言ってもいいかは確認とったけど、紫之宮副会長が龍の事を好きというのを発表していいかは聞かなかったよね?
ということは、これは白川会長の独断なおかつ、龍にはわざと確認をとらなかったのかな?
……まぁ、白川会長がすることだから大丈夫だよね!
私は謎の白川会長に対する信頼で、それ以上考えることをやめた。
だって、龍や紫之宮先輩に怒られたくないもん!
「みなさんは知らないと思いますが、黒柳君はこれまで生徒会役員でもないのに、入学当初から紫之宮副会長の手伝いとして、行事の準備を手伝ってくれていました」
「それは紫之宮副会長を好きだからという――言うなれば下心があったんじゃないんですか?」
「確かにそれを否定する根拠はありませんね。しかし、逆に考えれば一人の女性のために、彼は貴重な時間を労してまで手伝いしていたともとれませんか? 彼が苦学生で、バイト付けの日々を送っていることを知っている生徒は少なくないでしょう。それなのに彼は、行事があればその手伝いをしてくれていました。それが紫之宮副会長の為だったとすれば、そんな女性がいるにも関わらず、他の女性に手を出すと思いますか? それが紫之宮副会長のためでなく、ただ手伝いをしていただけだとしても、彼はあなた方を含めた全校生徒のために、汗水流して手伝いをしてくれていたと言うことになります。それが内申点に響かないということを知りながらです」
白川会長はそういうと、一度生徒全員の顔を見渡し、また口を開いた。
「私はそんな彼に悩み相談委員長になってもらうようにお願いしました。これまで、悩み相談委員のお世話になった生徒も多いですよね? その時に対応してくれた彼はどうでしたか? 真剣に話を聞いてくれたんじゃないんですか?」
白川会長の言葉に、数十人の生徒が下を向いた。
私が知っている顔ばかりだったけど、彼等が龍に対する悪い噂を流していたとは思えない。
多分、自分達は助けてもらったのに、龍が悪い噂を流されていることに対して、傍観を決め込んでしまった事に対する負い目だと思う。
「ある日そんな彼に対して、悩み相談委員をやめさせてほしいという話が私のところに来ました。私は仕方なく彼にその話をすると――『そうするべきだと思います』と、彼は文句ひとつ言わずに了承してくれました。副会長が『こんな時期にやめるということは、問題があったと見られ、内申点が下がる』と言ったのに、彼は『内申点の為にやっていたんじゃないので、問題ありません』と言って、退いてくれたんです。そこには現生徒会役員全員が立ち会っていたので、信じられないかたは確認していただいて問題ありません。この事から、私が何を言いたいかわかりますか?」
白川会長の質問に、返答する生徒はいない。
全員が下を向いて、ただひたすら会長の言葉を聞いていた。
「彼は、本当にみなさんの為に仕事をしてくれていたんです。そして、悪い噂が流れていて、自分がやめないといけなくなっても、文句ひとつ言いませんでした。その時の彼の気持ちは私にはわかりません。しかし、あなた達は彼と同じように、困っているなら助けたいと思っていた相手に、そのようにいきなり裏切られて、笑って身を引けますか? 私にはそんなことはできません。なのに彼は、みなさんのためだと言って、笑って身を引いてくれました。なぜあなた達は、そんな彼にこんな仕打ちが出来るのですか!? 今もなお、こんな無責任な噂話を流すことにより、彼は苦しんでいるんですよ!?」
今まで凛とした声で話していた白川会長の声が、最後らへんには震えてて、叫びにも近い声に変わっていた。
白川会長の声が、どれだけの生徒の心に届いてるのかわからない。
ただ、うるさいと思ってる人――こんなのは芝居だと思ってる人もいるのかもしれない。
いくら白川会長の言葉とはいえ、説教をされて素直に受け入れられるかというと、そうではないのかもしれない。
でも――それでも、涙を浮かべている生徒が複数人いるのが、私からは見えた。
「とはいえ、私からそれだけを聞いても信じられないかもしれませんね。一度だけ、彼が付き合ってるように見せていた女の子がいます。彼女の話にも耳を傾けて下さい――」
白川会長がそう言ったのを確認し、私は今まで手を繋いでいた華恋ちゃんを見る。
「華恋ちゃん、がんばってね?」
「うん――!」
華恋ちゃんは私に笑顔を向けると、手を離して壇上へと歩いていく。
私達が駄目元で頼んだお願い事を、華恋ちゃんはOKしてくれた。
彼女が話してくれるのは、龍がどうして華恋ちゃんの彼氏役をしていたかということ。
それはつまり――自分がいじめられていたという、本来なら打ち明けたくないことを打ち明けないといけない。
でも、今の彼女からはそんな事を打ち明けないといけないという不安よりも、頑張ろうという思いが伝わってくる。
気が弱くて、いつも私や龍の背中に隠れてくっついていたのになー……。
そんな華恋ちゃんがこんな風に頑張ろうとしてるのは、やっぱり龍の為なんだろうなー……。
華恋ちゃんも龍の事が大好きだったもんね……。
好きな人の為に変われるって、凄いなー……。
――――あの人見知りの華恋ちゃんが、こんなにも頑張ろうとしてるんだ――私も負けてられないよね!
私は白川会長と入れ替わるように壇上に立った華恋ちゃんを見ながら、自分のやらなければいけないことのために、一つ大きな深呼吸をするのだった――。







