62話「普段キレない人がキレると――怖い!」
「――ふっざけんなぁあああああ!」
夕美ちゃんの怒鳴り声が、悩み相談委員室の中に響き渡る。
「夕美ちゃん夕美ちゃん、口調が男っぽくなってるよ」
私は怒り狂う夕美ちゃんを、なんとか宥めようとする。
ここ最近龍に連絡が取れなくて、ずっと機嫌が悪かったのに、今日新たに爆弾が放り込まれちゃたせいで、夕美ちゃんの怒りまでもが爆発しちゃった……。
「なんであの馬鹿は、このタイミングで揉め事を起こすのよ!」
「私に言われても困るよ~!」
夕美ちゃんに睨まれた私は、恐怖から泣きそうになりながらも、なんとか夕美ちゃんをなだめる。
夕美ちゃんが怒り狂ってる原因は――神崎君が起こした暴力沙汰のせいだった。
なんでも――神崎君に対して、三年生数人が龍の悪口をめっちゃ言ってきたらしくて、とうとう我慢が出来なくなった神崎君が、一人で三年生達をボコボコにしてしまったみたい……。
そのせいで神崎君は謹慎処分、悩み相談委員の印象までもが悪くなってしまってる。
でも私は一言言いたい――『神崎君、よくやった!』――と。
だって、龍の事をなにも知らないくせに、悪口言う人多すぎるんだもん!
いくらなんでも酷すぎるよ!
最近なんか、とうとう学校に来なくなった龍と、同じタイミングで来なくなった花宮さんが、学校に来ずに淫らな生活をしてる――とか。
あの二人は紫之宮先輩を助けるために、頑張ってるだけなのに!
……………………そうだよね……?
まさか本当に二人で、いけないホテルとか行ってないよね……?
う~……違うってわかってても、なんだかモヤモヤするよ~……。
「二人とも、落ち着いて」
そう言って、山吹君が私達の前で苦笑いしていた。
「あれ? なんで私も含まれてるの?」
怒り狂ってるのは夕美ちゃんだけなんだけど……。
「桜井さんも不安そうな顔したり、心ここにあらずって感じだったからね。今から生徒会に行くんだし、切り替えないと」
「あはは――……」
私は図星をつかれて、苦笑いする。
そんな私の隣で、夕美ちゃんが重々しいため息をついた。
「えぇ、そうね……。どうせ会長からの苦言があるんでしょう……。はぁ……馬鹿二人のせいで、気が重いわ……」
そう言って、夕美ちゃんが部屋を出ていった。
その後姿を私と山吹君は追って、生徒会室に向かうのだった――。
2
「この度は申し訳ありませんでした!」
「「申し訳ありませんでした!」」
夕美ちゃんに続いて、私と山吹君も生徒会長に頭を下げる。
今回の神崎君が起こした不祥事を、同じ悩み相談委員のメンバーとして、誠心誠意謝罪していた。
なんで生徒会長に謝るのかと言うと、私達悩み相談委員は生徒会直属の為、私達が問題を起こすと、その責任は生徒会にいくからなの。
「その事はもういいの――だから、みんな顔を上げて」
私達は、白川会長の言葉に顔をあげる。
あれ……?
もういいって、神崎君の不祥事に対して怒る為に、私達を呼び出したんじゃないのかな?
私達が不思議そうに会長を見つめていると、会長は優しい笑顔で微笑んでくれた。
「今回神崎君は、黒柳君――友達の為に怒って喧嘩をした。確かに喧嘩は良くない事だけど……だからって、私は神崎君に対して怒ってないの。だって、友達の為に怒って喧嘩するなんて、素敵なことじゃない」
「か、会長!? 流石に生徒会長が喧嘩を奨励するような事を申すのは――」
白川会長の発言を注意しようとした、生徒会役員の女の子――私の友達でもある、みなを生徒会長が手で制した。
そして私達の方を向いた生徒会長は、真剣な表情になる。
「だから、今回みんなに来てもらったのは別の用事なの。先日水沢さんが提出してくれた、このボイスレコーダー。そして悩み相談委員の最近の活動を見る限り、あなた達は噂を止めようとしてるのよね? そして、今まで放置していたのに、急に噂を止めようとしだしたことと、それと同じタイミングで黒柳君が学校に来なくなった事を見るに、その噂を止めることが、楓を助ける事に繋がるのよね?」
私は白川会長の言葉に、流石会長だと思った。
私達はボイスレコーダーを提出した際にも、何も白川会長に話していない。
それは紫之宮会長の軟禁についてもだった。
もしかしたら、その情報は何処かで手に入れていたのかもしれないけど――だけど、龍の指示については何も知らないはず。
なのに白川会長は、状況資料だけで、正解を導き出した。
「その通りです。私達は黒柳龍君の依頼により、彼に関する噂を止めるように動いています」
白川会長の質問に答えたのは、夕美ちゃんだった。
紫之宮先輩に関することは触れなかったけど、白川会長には伝わったみたいだから、言葉の中にその事に関する答えもあったのかもしれない。
でも私は龍のように頭がキレるわけじゃなかったから、細かい駆け引きはよくわからなかった。
「その答えが聞けただけで十分だわ。みな――至急明日の放課後、全校集会を開く準備をして」
「全校集会!? 一体何をするつもりですか!?」
会長の言葉に、みなが驚きを隠せずにいる。
でも、私はみなに共感だった。
全校集会なんて、そうそう開けるものじゃないはずだよね……?
みなの質問に、白川会長がニコッと笑った。
「そんなにビックリすることじゃないよ。ただ――おしおきをするだけなの」
白川会長の言葉に、生徒会室が静まり返った。
誰もが息をのんでる。
あの『桐沢学園の太陽』とまで言われた優しい会長が、顔に出さないだけで、静かにキレていた――!
「か、会長……?」
みなが恐る恐る、会長に声をかける。
「ふふ――今まで彼等が過ちに気付いてくれる事を信じて待ってたけど……そろそろ教えてあげないとね? それに――私の大切友人を助けるためなら、一肌脱がない訳にはいかないわ」
わぁー……生徒会長から発せられる冷気のせいで、夏だと言うのに、体が震え上がりそう……。
会長の横で涙目になっているみなに、同情しちゃう……。
というか、他の生徒会役員の男子二人は、傍観せずに助けてあげればいいのに……。
でもこの雰囲気は無理かな~……。
だって、生徒会長めっちゃこわいもん……。
普段優しい人がキレると怖いって聞くけど、身をもって体感しちゃってるよ~……。
「――それならば会長、私達も準備していたものがありますので、協力させて頂けませんか?」
そんな重たい空気の中、口を開いたのは――相変わらず頼りになる、夕美ちゃんだった――。







