43話「優秀なカード」
「はい、それでお願いします」
俺はそう言って、受話器を下ろす。
これで準備が出来た。
失敗はもう許されない……。
「ねぇ」
このみ達の元に戻ろうとすると、花宮が声を掛けてきた。
先ほどこのみを甘やかしたことに対する、苦言を言いに来たのだろうか?
しかし、それにしては雰囲気が暗い。
となると、二人っきりになって話しかけて来た事を考えても、あの話か……。
「医者に何か言われたか?」
俺がそう尋ねると、花宮はコクンっと頷いた。
「やっぱり症状はかなり進行しているらしいの。今回かなり強い頭痛薬を使ってくれたらしいんだけど、それは使う毎に効果がなくなるんだって……。それに、手術をするなら早くしないと手遅れになるって……」
「そんな事今更だろ」
俺はそう言って、花宮に笑いかける。
時間が無い事はわかっていた事だ。
むしろ倒れてもなお、まともに動けているだけよかった。
俺が花宮の横を通り過ぎても、花宮がこちらについて来る気配がない。
その事を疑問に思った俺が花宮の方を振り返ろうとした時、背中に花宮がもたれかかってきた。
「花宮?」
「ねぇ……上手くいくよね……?」
花宮が発した声は弱々しかった。
「どうした急に?」
「あのね……クロヤンが目の前で倒れて、何日も目を覚まさなかったら、クロヤンの死を実感して怖くなってきたんだ。笑うよね……前にクロヤンが手術を選ばないのなら、それを尊重するとか言っておいて、いざ死が近づいてきたら、怖くなってるなんて……」
俺は花宮にどう声を掛けようか悩んだが――
「今とあの時とでは状況が違うだろ。今の俺は生きる事を望んでいる。花宮が俺の望みを尊重してくれている事に変わりないし、何より死を恐れるのは人として当然だろ? むしろ他人の死をなんとも思わない人間の方が問題だ」
思っていた事をそのまま花宮に伝えた。
もっと優しい言い方をするべきだったかもしれない。
だが、これで花宮が何を思うかはわからないが、言い繕った言い方をしても、花宮には伝わらないだろう。
「ごめんね……正直に言うけど、何度考えても私達が勝てる未来が見えないの……」
なるほどな……。
花宮は情報収集と情報の正否を見抜くことに長けている。
そして、その情報を元に相手の行動を予想する事が出来る。
その花宮が、今持つ情報から俺達は勝てないと結論を出した。
俺と花宮は得た情報を共有している。
つまり花宮は、今持つ情報だけでは活路が無いと言いたいのだろう。
「まぁ、そうだろうな」
俺は花宮にそう答えた。
今こちらにあるカード、今から手に入れようとしているカードだけでは決定的な決め手に繋がらない。
春川さんの件にしても山中さんの件にしても、紫之宮財閥が絶対に必要としているわけではない。
だから普通に跳ね返される可能性があるのだ。
「そうだろうなって……、クロヤンには見えてるんだよね? 大丈夫なんだよね?」
花宮は縋るような声を出してきた。
俺はその声に、花宮の方を振り返る。
そして、俺は花宮の質問に答えるのではなく、別の質問をする。
「……なぁ花宮……俺はお前にとって頼りになる存在なのか?」
「え?」
花宮は俺の言葉に一瞬キョトンっとしたが、すぐに口を開いた。
「うん、もちろんだよ。私はクロヤンに助けてもらったんだから」
俺は花宮の言葉に頭を掻く。
花宮からそんな風に思ってもらえるのは嬉しい。
だけど、花宮は俺の事を過信しすぎている。
「俺は今までに何度も失敗をして、その度に後悔をしてきた。多分これからも俺は、自分の選択に後悔をしながら生きていくのだろう」
「クロヤン……」
「なぁ、花宮。そんな俺が、紫之宮財閥を本気で潰しにかかると言ったらどうする?」
花宮は俺の言葉に驚いた表情をする。
俺は花宮から目を逸らさない。
本気でそう考えていると伝えるためだ。
「そんな事出来るの……?」
「もう策は考えてある」
「でも、そんな事をしたら愛さんが……」
「心配いらない。本気で潰しにかかるが、紫之宮財閥が潰れる事にはならないだろうし、潰すつもりもない」
「……? え、何それ矛盾してるじゃん。てか、最早支離滅裂だよ。もう脳が正常に判断を下せなくなっちゃったの?」
花宮は本気で心配したような目を向けてきた。
理解しづらい事を言っている自覚はあるが、そんな風に思われると心にくるものがあるな……。
「まぁ、その時が来ればわかると思うよ。ただそのためには、俺一人じゃあ無理なんだ。花宮、お前はもちろんの事、いろんな人の力が必要になる」
「正気なの……? そんな事に力を貸してくれる人達が居るとは思えないけど……」
「そこは俺の領分だろ? 花宮はよく頑張ってくれたんだ。俺もその花宮の頑張りに答えないとな」
俺はそう言って、花宮に笑いかける。
花宮は安心した様に、ホッと息を吐く。
ここからは一つでも間違えれば終わりだ。
失敗を取り戻す時間もなければ、策もない。
何より失敗をすれば、協力してくれた人達に迷惑がかかることになる。
「それに花宮のせいで、もう絶対死ぬわけにはいかないからな」
俺は嫌みを言うみたいに、花宮に告げる。
「ん? なんで私のせい?」
「お前が手術の事をこのみに話したからだろう? もしここで俺が手術をうけれずに死んだりすれば、このみは一生自分を責める事になる。そんな枷をこのみに背負わせたくない。だったら、なりふり構っている暇はないんだよ」
「ふーん……つまりあれだね。私のおかげで覚悟を決めて、周りを巻き込んでまで勝つ事にしたんだね!」
こいつ……。
俺は花宮を責めたつもりなんだが、ポジティブな捉え方をしやがった。
いや、花宮が言ってる事もあってはいるのだが……。
おそらくこのみが手術の事を知らなければ、どれだけ効果が高かったとしても、周りを巻き込む手を使わなかっただろう。
周りを巻き込んでいなければ、最悪俺の命だけで済んだからだ。
だが、その最悪と考えられる俺の命も、絶対に失うわけにはいかなくなった。
しかし、俺が言いたかったのは、このみを責める様なことはするなって事だったのだが……まぁ、花宮の事だ。
俺が言いたい事をわかってて、話を逸らしたんだろう。
ならば、わざわざ言う必要もないか。
情報収集に長けた花宮。
一度見たり聞いたりした事を忘れず、頭も切れる夕美。
他人から親しみを持たれやすく、誰とでも仲良くなれるコミュニケーション能力をもつ加奈。
見た目からは想像できない演技力を持つこのみ。
すぐ近くにさえ、これだけの優秀な人材がいる。
後は彼女達の力を俺がどう活かせるかだ。







